第32話 土産
1544年(天文13年)4月 越後国 黒滝城付近
「やはり殿の申す通り、この辺りから分水し海に流すのが効果的かと」
「水越殿、しかしそれでは莫大な銭がかかるのでは?」
「貞勝、銭の事は良い俺がなんとかする」
眼前には、悠々と流れる大河信濃川が流れている
この辺りの人々は大川と呼んでいるそうだ
正にその名の通り大きい、この大川はここから新潟平野を横断する形で複雑な河道をを形成して日本海へと流れて行く
「それならば銭の事は申しませぬが、されどあの山を越えられるので?」
「確かにそれは難問なのですが・・・・・」
測量機を片手に持ち、考え込んでいるのは水越勝重、越中の神保家の家臣だった男だ、戦場ではそれ程パッとしないが土木の適性が有り街道整備や築城特に治水を得意としている男だ
先日越後の乱の時に春日山城下を流れる関川の改修をを任せたのもこの勝重だ
難工事が予想されたその工事を勝重は予定の半分以下の工期で完成させた
その功により小隊長格から中隊長格へと昇進させ
今回この信濃川の治水という大工事を勝重に任せる事とした
此処より日本海までは凡そ9キロ程だ
信濃川の中流域では此処が最も近い
近くには越後の乱で上杉君達が立て籠もっていた黒滝城が有る
その9キロ余りを掘削し信濃川の新たな河道とする
本来は新潟平野を流れるはずの河口の位置を付け替えると言うことだ
おそらく最初の平野部分は何とかなるだろうが、問題は日本海までの最後の2キロ程が山地となる事だ、重機も何もないこの時代に人の手だけであの山を掘削する事が果たして可能なのか?
・・・・・・いっそダイナマイトでも作成してみるか・・・・?
ニトログリセリンはおそらく作成できる
しかし良いのか?
ダイナマイトの発明は戦争をより苛酷に激しい物に変える
・・・・・・所詮は道具、使い方次第か・・・・どの道後300年もすれば実用化される
その時日本がその技術を持っていなければそれは大きな問題となる
さっさと実用化して軍事転用はなるべく遅らせる
その時が来るまでは長尾家で製造法は秘匿として管理していけばいい
土木工事や鉱山などでは重宝する事だろうな
「良い。勝重その案でいく、此処を掘削し大川の水を海に流す。俺が責任を取る、存分にやれ勝重!」
「!?畏まりました!この命に代えてもやり遂げて見せまする!」
しかしこれは思った以上の大工事となりそうだ、どの位の工期となるか想像も出来ない程だ
この分水工事が無事に終わったとしても現状の新潟平野は信濃川が運んで堆積した土砂により水が堰き止められ広大な湿地帯を形成し、農民達は船に乗って農作業をしている程だ
そうやって苦労した育てた稲も2~3年に一度は起こる大雨で湿地帯の悪水が溢れ駄目になる
話を聞いた農民はこの辺りの田を【田植え有っても刈り取り無し】の穢田と呼んでいた
この悪水もなんとかせねばならない
うん、長い戦いとなりそうだ
しかし、何としてもやり遂げてやるやる
これは、俺が未来を生きる日本人達に残せる貴重な遺産となるはずだから
1544年(天文13年)4月中旬 越後国 春日山城
「殿お待ち申しあげておりました、この禅棟先程出雲より戻りまして御座います」
信濃川の視察を終え春日山に帰ると腹黒坊主が待っていた、この腹黒坊主には尼子との交渉を任せていた、その報告で春日山に来たのは理解出来るし当然の事だ
しかし・・・・・・・
春日山城の謁見の間
簡単に言えば殿様が家臣と面会する部屋だな
主君として威厳を示さねばならないので
それなりに高価な襖や陶磁器等も飾られている
それなりというかかなり格式が高い部屋なんだが
上座の俺の前で頭を下げた禅棟の後ろには
謁見の間を走り回る子供達、それを追う警備の兵
泣き喚く子供、それをあやしている女中
隣の者とひそひそ話す子供、それを大声で嗜める年嵩の子供
厠に行きたいと言い、急いで女中に連れて行かれる子供
うん・・・・・子供だらけだ
その数は100人程か
これ・・・・・・・どういう状況?
全く想像も出来ないがこれでも最高権力者だ動揺は家臣に見せる事は出来ない、取り敢えず数ある疑問を封印、見なかった事にして対応する事にする
「ご苦労だったな禅棟、して首尾はどうであった?」
「はっ!無事に尼子家当主尼子晴久様とお目通り叶い、当家の隠岐領有お認めになられました、その詳細で御座いますが・・・」
ドヤ顔で堂々と報告する禅棟、その姿は流石元大宝寺家筆頭家老なだけあって中々の風格で有る・・・・しかし禅棟の後ろから剃り上げた禅棟の禿げ頭を『よしよし』と撫でる5歳位の幼女の存在が禅棟の風格を帳消しとしている
側に控えていた美雪が堪らず吹き出しているいた
俺もやばかったが、なんとか堪える
それにしてもこの状況で顔色一つ変えぬこの腹黒坊主、確かに唯者で無い
名前:土佐林禅棟 男
・統率:68/72
・武力:23/25
・知略:88/90
・政治:91/95
・器用:60/70
・魅力:80/88
適正:謀略 外交 政務
能力もこんな感じだ
政治や知略が高い上に魅力も高いその上に京の幕府や公家とも繋がりをもっているという、信濃侵攻後に出羽から挨拶にやってきた禅棟を手薄な上杉君の下に付けて外交局で使う事にした、日本全国を駆け回らせ外交官として扱き使う予定である
そして最初の仕事として新航路の中継地として隠岐を領有したい俺は、その交渉に禅棟を尼子に送って交渉にあたらせたのだが、当初想定していた予算の半額以下で尼子との交渉を纏めてきやがった、島一つ丸ごと、しかもこれで越後→隠岐→対馬と南方へと出る航路が完成するそんな重要な島が実質的に2万石(10億円)で手に入ったのなら安い物だ
あ・・・禅棟の長い報告に飽きたのか禅棟の禿げ頭を撫でていた幼女が禅棟によじ登り『きゃはは』とご機嫌にしている、将来きっと大物になりそうな幼女だ
隣に居た千代が吹き出した
うん・・・・此処までよく耐えたよ
側に控える者も殆ど撃沈しているが
この腹黒坊主は平然と報告を続けている
何故だか『笑ったら負け』の様な気分なので俺も平静を装った
頬がぴくぴくと震えるが我慢だ・・・・
「・・・・そうかご苦労で有った、これで越後より海外への道が開けた。良くやった禅棟!ところで・・・・その童達はどうしたのだ?」
やっと禅棟の報告が終わったので気になっていた事を聞いた
正直尼子家云々の報告よりそちらの方が、いい加減気になっていた所である
「実はですな・・・・」
禅棟の話を聞けばこの子供達は尼子家の居城月山富田城を訪れた帰り道尼子領境湊で売られていた者達だったようだ、此処には居ないが他にも大人の者達も居たらしい、要は人身売買で売られていた子供達だった
現代の日本人には信じ難い話であるが、俺はそんな話を聞いても驚かない
何故ならこの戦国乱世の日本ではそんな事は日常茶飯事、そこら中で起きていることだからだ
尼子家に限らず、信玄やそして謙信もそういった人身売買を行っていたというならば、中小の国人衆等も当たり前の様に行っていただろう、そしてそれが戦の貴重な収入源となって戦費や褒美として与えられた
それ程にこの時代の日本の倫理観は崩壊している
先年尼子晴久は月山富田城の戦いで周防の大内義隆を破ってその余勢を駆り石見に侵攻している
大方この子供達はその時敗れた国人衆達の領に住んでいた者達だろう
俺はそういった人身売買で売られた者達を既に全国展開を達成した日ノ本屋に居る情報局の面々に命じて老若男女問わず買い付け越後に送らせている
別に人道的観点だけでしている訳じゃ無いぞ
家は慢性的に人手不足なのだ彼等には将来大いに長尾家に貢献して貰う予定だし
実際に越後、信濃を平定後の内政地獄を乗り越える事が出来たのも学舎で学んだ彼等の貢献も大きかった
きっと将来の長尾家、日本を背負う者達となってくれると思っている
それに買い付けに当たって掛かる費用もそれ程では無いのだ
平均で100文(1万円)程、安ければ子供や老人等は20~30文現代の価値にして2千円~3千円であるこんな値段で人が買えてしまうのである
それを聞いた時は流石に愕然とした
莫迦げていると
勿論長尾領では既に人身売買など禁止にしている
もう少し力を付けて長尾家の影響力を増す事が出来たなら
帝に奏上して全国に禁止令を出して貰う
そうして逆らう奴や関わった者達は皆捕えて蝦夷やシベリア送りにしてやろうと考えている所だ
そんな俺の行動や考えをこの目敏い腹黒坊主は悟っていたのだろう今も
「仏に仕える身としては哀れを感じざるを得ずに~」
「とてもこの様な幼子を見捨てる事はできずに~」
とか涙ながらに語っている
その語り口は流石と言って良い
側に控える美雪や千代は涙ぐんでいるし
泣いてる女中や、控えている者も子供に同情の視線を禅棟に畏敬の眼差しを送って居る者いる
大した役者である
要は子供達を出汁にして俺に自分の功績を吹聴しているのだ
此処に大人の者が居ないのも同情を集め易い子供が都合が良かったからだろうな
まぁだからと言って
残念な事に、俺はこう云う男は嫌いじゃない
出世欲の塊の様な男では有るが、それは逆から見れば向上心が高いとも言える
他人を蹴落とした訳でも無ければ誰にも迷惑すら掛けていない
寧ろ多くの者達を結果的に救っているのだから
「うむ。良くやったな禅棟、皆も禅棟を見習うが良い。ご苦労だったな、下がって良いぞ。」
「ははぁ、有り難きお言葉、身に余る光栄でで御座います!」
一応褒めておいた、しかし『下がって良いぞ』と言っているのに
一向に下がる気配無い
ん?まだなんか用事が有るのか?
と思ったのだが・・・・・・はぁ~、そうか
「・・・・・うむ忘れておったな、今回の手柄により禅棟お主を小隊長格より中隊長格へと昇格とする、これからも励め。」
そう伝えたら
「有り難き幸せ!今後も長尾家の為に尽くしまする。」
そういって今度は俺に書状を渡して、あっさりと帰って行った
ホントに良い根性してるな・・・・・この腹黒坊主は
にしても何の書状だ?
書状には、【追加経費】と書かれており、しっかりと奴隷買付分の料金その明細が記されていた
『はあぁ~』と内心で溜息を付きながら顔を上げる
100人程の小さな瞳と眼が合った
・・・・・・・・・・どうすんだよこれ!




