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第七十九話 恋は盲目



「あのさぁ……良い感じに和解しそうな雰囲気を出しているけど、私がそれに納得できるはずがないよね?」





 私の怒りが籠もった声が、誰に聞かれることなく室内に響く。









 お兄ちゃんと泥棒猫の片割れである『パトリシア』。二人はそれまでの諍いを乗り越えて、ただ一人の少女を救う為に力を合わせていこう、と誓い合っていた。


 これが普遍的な物語であれば、感動的なシーンの一つに数えられるだろう。





 だけど、だけど。そんなの納得できるはずがない。お兄ちゃんは私の物なのだ。





 私はあの時の――大切な家族の一人が忽然と消えてしまった絶望を忘れはしない。





 私の家族構成は、両親にお兄ちゃん。そして私という変哲もないものではあったが、家族の絆は他の家庭にも負けない程であったと自負していた。


 しかしそれもお兄ちゃんが姿を消す前まで。





 大学に進学をしたことを機に、兄は一人暮らしをしていたのだが、その日は珍しく実家に帰ってきていた。


 久しぶりに顔を合わせる兄は少しだけ大人びた雰囲気に変わりつつも、昔からの優しい性格は何も変わっていなかった。





 大学で何を勉強しているだとか、一人暮らしをして初めて苦労したことだとかを、たくさん夕食の席で話してくれた。


 そのどれもが、まだ高校生である私には新鮮で興味深く、また兄自身の話し方もあり面白く聞くことができた。





 ただ私の知らない所で、だんだんと変わっていく兄に寂しい思いを抱きつつ、その変化を間近で見ているだろう顔も知らない人間達に嫉妬してしまった。





 それでも楽しそうに話す兄の姿を見ることができれば、私は幸せであった。


 兄妹仲が良く、昔から兄の背中にくっついて行き、ほぼ四六時中と言っても良い程べったりだった。





 しかしそろそろブラコンも卒業すべきだろうと考えていた。


 これからは兄にも恋人ができ、社会人となり家庭を作っていくはずだ。そこに必要以上に関わる妹の存在は、非常に邪魔になってくるに違いない。


 けれどこのままの日々が続くのであれば、問題なく私達はただの仲の良い兄妹で終わるはずだった。





 そんな未来が決定的に変わってしまったのは、兄が帰省してから一晩経ってからであった。


 母の手伝いで朝食の準備が終わっても、兄は起きてこない。母に起こしてくるように言われ、兄の部屋に向かい扉の前から声をかけたが返事はない。





 それに違和感を覚え、ドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、扉を開けてみると中には誰もいなかった。


 室内には、ゲーム画面が起動したままのパソコンが一台あるだけだった。





 それからの日々は、私にとって――私達家族にとって地獄に等しかった。





 兄が暮らしていたアパートに帰っている様子はなく、何日経っても姿を見せることはなかった。


 警察の協力を得ても成果は芳しくなく、両親の顔は日に日にやつれていき、元気な表情を見ることはなかった。





 そんな色彩が消えたような日々を過ごす中、私はふと兄の部屋を訪れる。兄が消えた時から何の変化もない部屋の端には、何故かパソコンが起動していた。





 何かに導かれるようにパソコンの画面を覗き込んだ私の目に映ったのは、以前兄が熱中していたゲームのタイトル画面。





「……『闇の鎮魂歌』だっけ?」





 記憶に残されていた単語を呟くが、誰も答えることはない。気まぐれで『ニューゲーム』を選択した瞬間。


 私はそのゲームに酷似した異世界に飛ばされ、その脳髄には兄が失踪した一連の経緯が刻み込まれた。


 まるで神様のような上位者に、脳みそを無理矢理に弄られてしまったような不快感があったが、復讐の対象が分かった私は久しぶりに満面の笑みを浮かべた。





「あはは……! そういうこと……! 事実は小説よりも奇なりって言うけど、ゲームの世界に引きずり込まれるって! 待っててね! お兄ちゃん。絶対に探してみせるから」





 その前に原因となった二人の『泥棒猫』を始末する予定を立て、力をつける為に奔走した。飛ばされた場所が人類の生存圏から遠く離れた所で、魔物が跋扈する地獄ではあったが不思議と私が襲われることはなかった。





 体の底から溢れてくる謎の力――闇属性の魔力の力を自在に操れるようになった私にも、この世界で初めての友人(魔人)ができたりし、遂には当初の目的の為に行動を開始した。





 紆余曲折、まさか男であるお兄ちゃんが女の子になるとは思っていなかったが、無事に友人の協力もありお兄ちゃんを手元に確保することができた。





 それなのに、それなのに。





 どうして、どうして。





「――どうして私の方を見ずに、あの女達に笑顔を向けるの!?」





 ――私の体は無意識の内に動いていて、目の前で手を取り合う二人の少女に目掛けて、攻撃を繰り出していた。









 ――多分私は兄が姿を消した日からおかしくなってしまったのだろう。


 だけど、それでも構わないと思ってしまった。大好きな人が傍に、自分の手元に置きたい。


 前の世界で胸の奥底に秘めていた衝動に、この世界では正直になれるのだから。





 可愛らしく着飾った想い人の目の前で、『泥棒猫』の片割れを虐める日々は、壊れた私にとってとても甘美なものであった。





「――もう絶対に離さないからね。お兄ちゃん」




カクヨムの方で新連載を始めました。

以下がタイトルです。もしもよろしければ、読んでいってください。


『ある日ダンジョンの存在が当たり前になった世界。そのダンジョンの一つがゲームで作ったマイ拠点。当然そこのボスは自分です』

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