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第七十七話 妹/大罪人

「えへへ……会いたかったよ、お兄ちゃん」



 初対面であるはずの私にいきなり抱きついてきた少女の声は、私に聞き覚えのあるものであり、何故か『兄』と呼ばれる意味不明な状況だった。

 どうすれば良いのか分からず、私の肌の感触を確かめるように頬を擦りつけてきたり、薄い胸に顔を埋めてくる少女にどう対応すべきだろうか。



 対応に困った私はこの際誰でも良いと考え、助けを求めるような視線を部屋の入り口で素知らぬ顔で突っ立ているドリアに送る。

 この何とも言い難い空気を少しでも変えられたら、敵対している魔人だろうと構わない。そう思って向けた視線は、ドリアに顔を背けられることで無情にも無視をされた。



 それからただ少女にされるがままの時間を過ごしていると、少女は上目遣いに私の顔を覗き込んできた。

 その瞬間。私の体に衝撃が走った。思考が止まる。

 私に抱きついてきた見知らぬはずの少女の正体は、前世で私がまだ『俺』であった時の妹――はるかだった。

 彼女は私が記憶している時と全く同じ容姿で、『俺』が一度も見たことないぐらいに壊れた笑顔を浮かべながら、こう呟いた。



「――もう絶対に離さないから。お兄ちゃんも私から二度と離れないでね」





「……ねえ、本当に遥なの?」



 前世の妹に似た少女がある程度の落ち着きを見せた頃に、私は震える声で一つの質問をした。

 当たっていて欲しい。外れていて欲しい。

 二つの矛盾する心情が混じり合い、目の前の少女とは視線を合わせることができず、足元を見つめていた。

 そんな私の葛藤を知ってか知らずか、少女はその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて答える。



「そうだよ! 遥だよ! 一目で私だって分かるなんて、やっぱりお兄ちゃんだ……!」



 嬉しそうに肯定した後、少女――遥からのスキンシップが激しくなる。それに耐えつつ、私の中ではある種の納得と、さらなる疑問が次から次へと浮かんでくる。



 どうして前世の妹である遥がここにいるのか。どうしてゲームのキャラクターに転生した私の存在を正確に認識しているのか。

 前世における遥との関係性は、ただの仲の良い兄妹に過ぎなかったのに、どうしてここまで私――『俺』に執着するのか。

 そして何故遥の体から、馴染み深い異質な魔力――魔女としての証である闇属性の魔力が放たれているのか。

 疑問は尽きない。



 更に時間が経過し、ひとしきり少々過激なスキンシップを堪能した遥は良い笑顔で話し始める。



「始めはお兄ちゃんをこの世界に引きずり込んだ泥棒猫達にお仕置きするつもりで、後ろにいるドリアに手伝ってもらってたんだ。ドリアは新しくできた友達でね、私の我儘に付き合ってくれる良い人……魔人なんだよ!」



 遥の言葉は途切れない。『俺』をこの世界に来ることになった切っかけを知っていそうな口ぶりに、話を遮って問い質したたくなる。

 しかしその鬼気迫る様子に口を挟む余地はなく、私は黙って遥の話を聞き続けた。



「お兄ちゃんの姿が変わっているのにも驚いたけど、今は今で凄く可愛いよ。……顔が泥棒猫のものなのが気に食わないけど」

「ねえ……さっきから言っている『泥棒猫』って誰のこと?」



 ついつい気になっていた、『泥棒猫』の正体について問いを投げていた。他にも聞くべきことはあるはずなのに。



「ん? 泥棒猫は泥棒猫だよ。私からお兄ちゃんを奪った卑しい女達。一人は『クロエ』っていう黒髪の女に、もう一人は今のお兄ちゃんに取り憑いている――正確にはお兄ちゃんの方がその体に押し込めらているのかな? まあ、詳しい因果関係は置いておいて、その体の本来の持ち主である『パトリシア』という女。そいつらがお兄ちゃんがこの世界に来ることになった元凶にして、私が許せない敵の名前だよ」





「……クロエは無事なの?」

「ねえ、お兄ちゃん。私が目の前にいるのに、他の女の話をするなんて酷いなぁ。それこそ自分の体についての異変が気になるはずなのに。あの女のことがそんなに好きなんだ……。それがお兄ちゃんの良い所だけど。安心して。今の所は無事だよ。良かったら、会わせてあげる。それで少しは安心するし、私の話をちゃんと聞く気にもなるよね。……ドリア、あの女を連れてきてくれない?」

「……ええ、分かったわ」



 手持ち無沙汰に私達の会話――と言うよりかは、ほぼ遥が一方的に話しているだけだが――を聞いていたドリアは頷くと、静かに扉を閉めて退出した。

 恐らく話の流れからして、ドリアはクロエの所に向かったのだろう。

 遥の言うことを信じるのであれば、クロエに危害は加えられていないようだ。シオンのことについても尋ねてみたが、遥に「知らないよ? そんな奴」と言われ望む答えは得られなかった。

 シオンだけはあの場に取り残されてしまったようだ。



(……焦るな、私。クロエは無事らしいし、幸い遥は……私に好意的にだから、会話で情報を引き出せるはず。次に聞くべきこと――)



「――それで教えてもらってもいい? 私や遥がこの世界に来た原因について」

「うん。別に良いよ。それじゃあ、さっきの続きになるけどね――」



 嬉しそうに笑う遥は、抱きついていた私の体から離れると話し始めた。



「お兄ちゃんはこの世界がゲームに酷似しているのは気づいているよね?」

「それは……うん。熱中していたゲームだったし、すぐに気づいたよ。それに名前ありのキャラクター――『パトリシア』に転生するとは思ってなかったけど」



 ――『闇の鎮魂歌』。前世で一番好きであったゲームの題名。その主人公が救済される展開があると信じて、何度も繰り返しプレイして隠しルートを探していたことは未だに記憶に刻まれている。



 ――確か前世で命を落とす直前までも、このゲームをプレイしていたような気がする。



 ――脳裏に過るのは、液晶画面に映った一つの場面。救った人類に裏切られ、絶望から二代目の魔王に堕ちた黒髪の少女。その彼女に止めを刺そうと剣を振り上げる金髪の少女。



 ――その時、金髪の少女は何と言っただろうか。



『――次は、絶対に助けるからね』



『――でも私だけじゃ力不足みたいだから、『これ』を見ている神様気取りの加害者には責任を取ってもらいましょう』



「――ゃん! お兄ちゃん! 大丈夫? 少しぼうっとしてたけど?」

「あ、うん。大丈夫。続きを話してもらって問題ないよ」



 意識が少し飛んでいたようだ。遥のこちらを心配するような声で、意識が戻ってきた。突飛過ぎる展開が続くせいで、疲れているのかもしれないが重要な話なのだ。聞き逃す訳にはいかない。

 姿勢を直して、再び遥の話に耳を傾ける。



「……それなら、続きを話すよ。この世界が元から存在したから、私達の世界にあのゲームがあったのか。私達の世界にあのゲームがあったから、この世界が生まれたのか。どっちが先か分からないけど、ゲームであった出来事は実際に起こってたの。誰かがニューゲームを選択して、ゲームオーバーになった数だけの悲劇があった」

「それって……」

「……うん。お兄ちゃんが思っている通り、ゲームの展開とこの世界は連動《《してた》》の」



 そんなことがあり得るのだろうか。生前の私が『クロエ』を助けたい一心で、ゲームをプレイしていたのに、かえって『彼女』を苦しめていたとは――。

 前世の私にとっては架空の出来事でも、あんな数々の酷い末路が実際にあったなんて。信じられない。信じたくない。

 一番救いたいと思っていた相手を最も害していたのは、他ならぬプレイヤー(前世の私)だったのだ。そんな事実は認めたくはない。



 でも私の内側から響く声は残酷なまでに、愉快そうに、込められた憎悪を隠さず、それが真実であると肯定する。



『――そうよ。私の大切なクロエを無惨に何度も辱め、殺したのは私《貴女》。この世界で最も憎らしい大罪人よ』


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