第六十一話 王都襲撃④
「――はっ!」
「ちっ!?」
中途半端に魔女の力を行使していた私と、当代の『調停の聖剣』の担い手であるユージン。その両者の力関係は、先ほどまでと一変していた。
防戦一方であった私だが、短時間限定とはいえ『憤怒』の魔女の力を受け入れ十全に振るうことが可能になった今。剣の押し合いになっても、序盤と違い力負けすることなくユージンと打ち合いが成立している。
ユージンの顔からはそれまで崩れることなかった表情が、僅かながら歪むのを視界の隅で捉える。一度距離を取ったユージンは、開幕の一言以来初めて口を開いた。
「……さっきまでとはまるで別人のようだな。君のような少女が私と打ち合える程に強化される力。つくづく闇属性の魔力というものは厄介だ」
「その言い方だと、前にも私ぐらいの魔女でも倒して――殺したことでもあるの?」
「ああ、そうだな……」
戦況が自分の有利なものになったせいか、気がつけば私はユージンの独り言に反応して答えていた。ゲーム本編でもユージンの過去について詳しく語られることはないが、王国の敵を屠る矛であり、王国を脅かす事態から守る盾としてあらんとしてきた彼の来歴を考えれば、魔女を討伐してきたのは、一度や二度のことではなかっただろう。
そして、その中には私と同じ頃の年齢の少女がいてもおかしくはない。
王国を守る為に非情に徹することもあるが、騎士団に所属する面々はユージンを含めて悪人は存在しない。もちろん私達が身勝手に利用してしまったベオウルフもだ。
あの時は私とシオンの両方が、魔女の力に呑まれて暴走していた。その尻拭いとして、今回の作戦を企てることになってしまった。しかしそれはそれとして、謝罪を――いや、それこそ自己満足だ。
彼らにとって私達は、同胞の尊厳を奪った悪辣な魔女に過ぎない。
今回の作戦自体が、エゴによって計画されたものである。余計な馴れ合いは不要だ。
「……お話はそれでおしまい? なら、そろそろ仕掛けさせてもらうけど」
「すまない。この年齢になると、少々感傷に浸りたいことが多くてな。なら、続きを始めるとしよう」
そう言葉を締めくくり、『調停の聖剣』を構え直すユージン。それを見て、私も再度接近しようとした瞬間。
――突如として、王都中に無数の魔物の気配が現れた。
「――!?」
「――これは!?」
私とユージン。今から戦いを再開しようとしていたその二人の動きが止まる。自分と同じような反応をしていることに違和感を抱いたユージンが、構えを崩すことなく私に尋ねてくる。
「……これも君達の仕込みなのかい?」
「違う。庭園の方にいる『ブラックドラゴン』は、私の仲間だけど、この数の魔物は一体どこから……?」
「その様子だと、本当に知らないようだな。 だが――!? 危ない!?」
「え――」
騎士としていくつもの修羅場を潜ってきた直感の賜物か、私が王都中に出現した魔物とは無関係であることを悟ったユージン。しかしその彼がいきなり私の体を突き飛ばしてきた。
その行為の意味が理解できず、殺気も戦意も籠もっていなかったせいで反応すらできなかった。
私の体はいとも容易く弾き飛ばされて、硬い石で造られた床の上を転がる。服から露出している部分が傷つき、その痛みに顔を顰めながらも状況を把握する為に、急いで元いた方向に視線を送る。
私の視界に映ったのは、大蛇としか表現ができないような魔物の尻尾に巻き付かれたユージンの姿であった。
「え……いや、今は――」
状況がまだ理解できていないが、衝動的に私はユージンを助ける為に大蛇に斬りかかろうとした。敵同士であるのに、何をしているのだろうか。
そんな自問自答が脳裏を過るが、直感でこの行動は間違いではない。不思議とそう思えた。
大蛇の尻尾の部分を切断しようとした魔剣は、第三者の乱入者によって妨害された。
「――っ!? 貴女は!?」
「――会いたかったですよ! 魔女さん!」
その乱入者の正体は、この場にいないはずの少女――騎士団第四部隊の隊長アリシアであった。




