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第六十話 王都襲撃③

(クロエとシオンさんも頑張ってくれてるし、早目に決着をつけないとね……)



 私は目の前の男性――騎士団第一部隊長のユージンと対峙していた。事前の作戦では、クロエ達が大半の騎士達の注意を引いてもらっている間に、私が隊長格の騎士を各個撃破していく。そういう計画であったのだが、『ブラックドラゴン』の背から飛び降りて、軽く城内を探した結果。

 王都に留まっているのは、ユージンのみであるらしい。他の部隊長は私達がわざと流した情報によって計画された討伐作戦に向かい、現在は足止めとして残した『ブラックドラゴン』一体と戦闘の最中なのだろう。

 私達が目的を達成するまでは、彼らが戻ってくる心配はまずない。



 改めてユージンに視線をやる。腰の鞘から剣を引き抜いた彼は、油断なく私を見ている。そんな彼に対して、私は小さく「来て」と呟いた。その一瞬の後に、私の両手にはずっしりと重たい感触が現る。

 その正体は、毒々しい魔力や怨念が滲み出ている魔剣。以前私が魔女の力に呑まれてしまい、暴走してしまった時に獲得した物。

 とある未来を辿った『私』が抱いた憎しみを始めとした負の感情が凝縮されており、握っているだけでも『それ』に共感してしまいそうになる自分がいる。



 だがそんな弱音は無理矢理抑え込む。ここでユージンを倒さなければ、フィオナ・アルカナの確保という目的の達成が不可能であるからだ。

 第一部隊隊長の肩書きを持つユージン。ゲームでも他の隊長達同様に、展開次第であれば心強い味方なのだが、一度敵対ルートに入れば中々厄介な敵の一人として立ちはだかる。



 先ほどユージンが鞘から引き抜いた剣は、アルカナ王国に代々伝わる、『調停の聖剣』と呼ばれる国宝の類である。

 その代で最も強い者に託される聖剣。その効果は単純ながら手にした者に大幅な身体強化を齎し、不浄なるものを祓う。

 つまり戦闘では魔女の力を使わないといけない今の私にとって、『調停の聖剣』を持つユージンは天敵に等しい。



 それでも目的の為に、ユージンはここで倒す。そう決心を改めて固めた私は魔剣を強く握りしめて、先制攻撃を繰り出す。

 緊迫した雰囲気を先に壊されたことに動揺は一切見せず、ユージンは『調停の聖剣』で迎え撃った。



「――っ!」

「はっ!」



 拮抗は一瞬。物凄い強さによって、弾き飛ばされる私。それを利用して受け身の体勢に入り、距離を取る。

 そして息を吐く間もなく、ユージンは追撃を仕掛けてきた。



「――くっ!?」



 今度は拮抗することもなく、完全に力負けをしてしまう。迫りくる怒涛の連撃を、手から吹き飛びそうになる魔剣で何とか受け流しを試みる。

 一撃でもまともに食らえば、致命傷になりかねない攻撃を、ギリギリの所でいなしていく。私の体には余波だけで、細かい傷がついていく。



(想定以上に強い……!?)



 ――いや、むしろ私の方が弱いのだろう。『調停の聖剣』の加護により、元から身体能力が強化されているユージン。

 そんな彼に対して、現状の私は暴走のリスクを少しでも減らす為に、扱う闇属性の魔力を制限している。

 『前借りの悪魔』との契約は破棄したままで、彼女はクロエのサポートでつきっきりだ。過剰分の闇属性の魔力を吸収してくれる存在もいない。

 目算ではもう少し互角の勝負ができるはずだったのだが、私はユージンに押されている。



 その原因は何か。それは目の前の相手に対するものではなく、自身の力への恐怖。あの夜の時のように、魔女の力に振り回されることを無意識の内に恐れているのだ。



 だから、どうした。今回の作戦を成功させなければ、今後王国の報復を恐れて生活しなければならない。

 更には私達を陥れようとしている存在の有無をはっきりさせなければ、クロエやシオンに、『前借りの悪魔』を含めた最高の結末(ハッピーエンド)にたどり着くことができない。



 だったら、多少のリスクは承知の上で行動を起こすべきだろう。元より一国を相手に、僅か三人プラス一体の寡兵で挑んでいるのだ。

 全員危険を承知で、今も戦っている。私だけ怖気づいている訳にはいかない。



「――はっ!」

「――っ!?」



 魔剣と聖剣、二つの相反する力を備えた剣同士がぶつかり合う瞬間に、私はこれまでの中で一番の力を込めてユージンの体を壁の方に飛ばす。



 ユージンが体勢を立て直す一瞬の間に、私は無意識の内に制限していた闇属性の魔力――『憤怒』の魔女の力を解放した。

 体の内側から、『私』達の邪魔をするこの世全てを対象にした憎悪が湧き上がってくる。それは次第に、私の自我すら呑み込む――ことはなかった。



 『憤怒』の魔女である『私』が抱く怒りの感情は、今の私にとってはまだ起こっていない未来のものに過ぎず、同情や共感を示すことはあっても、私自身の感情に由来するものではない。

 その為、心を強く保てば暴走する可能性は低い。とは言っても、やはり長時間の行使は感覚として不可能のようだ。



 溢れ出す全能感に溺れてしまわないように短期決戦を仕掛ける為に、私はそれまで以上の速度をもってユージンに接近して魔剣を振るった。

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