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第五十七話 フィオナ・アルカナ

「……姫様。今日はもう休まれますか?」

「ええ。そうしますわ。支度お願いします、アンヌ」

「了解しました」



 ここはアルカナ王国の中心たる王都。その中でも一番に警備が厳重な場所である王族が住まう城。その内の一室であった。

 室内には銀髪にシンプルながら上等な生地が惜しげもなく使われて仕立てられたドレスを着た少女と、メイド服姿の少女がいた。



 銀髪の少女はフィオナ・アルカナ。この国の第一王女であり、まだ十歳になったばかりでありながらその瞳には叡智の片鱗が見えていた。

 それだけではなく、容姿の面に関しても亡き王妃の面影が感じられ、未だ成長途中ではあるが可憐の一言以外彼女を的確に表現する言葉はない。

 そう言われる程であった。

 また日に日に成長していく姿に、父親である国王ジェームズ・アルカナを始めとして生前の王妃を知る者の多くはフィオナに、王妃を重ねていた。



 もう一人のメイドの少女の名前はアンヌ。フィオナの専属メイドであり、ジェームズの図らいやフィオナ自身の意向により、行儀見習いとして王城に奉公に来ていた同じ年齢の貴族の子女の中から、彼女が選ばれた。

 彼女達の間には既に十分な信頼関係が構築されており、人目を気にする必要がない場所であれば、ただの友人のように語り合うこともある。

 もちろん公的な場では、一介の従者として振る舞うのだが。



 アンヌはフィオナに確認を取り、就寝の準備を始める。主が寝る為のベットのシーツを整えていると、僅かな沈黙に耐えかねたのかフィオナが話しかけてくる。



「……ねえ、アンヌ。今日はお父様の様子がどこかおかしかったわ。まるで何かに対して、激しい怒りを抱いているみたいに。最近お父様や宰相、騎士団の皆様がピリピリしているのと何か関係があるのかしら? 貴女は知っていることはある?」

「……姫様。もう今日は遅いです。ですから早目に――」

「――誤魔化さないで。知っていることがあるなら、話してほしいわ。まだ幼いと言っても、私はこの国の王女よ。もしも国や民に危機が迫っているのでしたら、私にも知る権力――義務があるはずだわ」

「姫様……」



 何気ない世間話と思っていたアンヌは、主人の覚悟の籠もった言葉に思わず作業の手が止まる。相変わらずの察しの良さであると、感心する他ない。

 フィオナの考えている通り、アンヌは国王からこの国で起きている騒動について聞き及んでいる。

 フィオナは周囲の者達から大事に育てられているせいか、彼女の耳に入る情報はある程度制限されている。

 その影響で、フィオナは世間の情勢については疎い部分がある。しかしそれは心優しい彼女がいつまでも純粋無垢であってほしいという、国王の父親としての細やかな我儘のせいだ。

 それでもフィオナは限られた情報――今回はアンヌの些細な機敏の変化から、王国に何かが起きていることを確信したらしい。



 元々国王からは、フィオナ自身から知りたいと言ってきた場合伝えても構わないと言われている。

 その為これ以上無駄に口を閉じる必要もない。

 アンヌは手早く中断していた作業を終わらせてから、フィオナの方へと振り返る。そしてゆっくりと口を開く。



「そこまでの覚悟があるのでしたら問題ないでしょうね。一つ言っておきますけど、私も全部を聞かせられている訳ではないですので。そうですね、まずは――」



 そう前置きをしたアンヌが語る話は、年齢以上の聡明さを見せるフィオナであっても驚愕を隠せないものばかりであった。

 事の始まりは約一カ月以上前。ロッキー帝国との国境沿いにある村々が、魔物の襲撃を受けて滅びていたという事実。

 同時期にグラスタウンに現れた『破壊』の魔女。その討伐作戦の失敗に、足止めとして残った第三部隊の隊長ベオウルフとグラス男爵家の面々の死亡。そして討伐対象以外の魔女の存在。

 出るわ出るわ、目を覆いたくなる事案ばかりだ。



「――以上が、今現在この国が直面している危機です」



 アンヌは一通り語り終えて、部屋は静寂に包まれ二人の少女の呼吸だけが響く。

 想定以上の情報の暴力に混乱することなく消化したフィオナは、己の考えを口にする。



「討伐作戦が失敗したということは、魔女達は未だに王国内に留まっている。……もしかして今日やけにお父様達の気が立っていたのは」

「姫様が考えている通り、恐らくは魔女達の潜伏先を発見したのでしょう。ですから心配はありませんよ、姫様。騎士団の皆様が負けるはずがありませんから。必ずや王国に平和を齎してくれるでしょう」

「そうよね……」



 アンヌのその言葉に、フィオナは自分自身を納得させる。決して無視できない違和感を呑み込んで。

 理屈では理解している。王城の警護や王都の治安維持の為に残った第一部隊を除いた騎士団の全てが、たった二人の魔女を倒す為だけに向けられるのだ。

 いくら悪辣な手段を講じ、強力無比な闇魔法を操ろうが、それら全部を跳ね除けて騎士団は勝利を収めるだろう。

 そうなるはずだ。



「何か騒がしくありませんか?」



 二人がそんなやり取りを行っていると、フィオナの耳に人々の喧騒らしきものが聞こえてきた。発生源を探る為に耳を澄ませる。先ほどまでとは打って違い、城内や城の外からも慌ただしい声や怒号が飛び交っている。

 原因を探るべく衝動的にフィオナは、部屋の窓から外の景色に目線をやった。



「う、嘘……」

「どうかしたのですか!? 姫様!? 外には一体何が――」



 フィオナの異様な様子が気になり、アンヌも続いて窓から外を覗く。そこにはいつもと何ら変わらない、闇夜に包まれ月明かりに照らされた王都の街並み――だけではなく、その上空を滑空する夜の闇よりも漆黒の竜を駆る魔女達の姿があった。

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