第五十六話 種明かし
シオンによって召喚された黒竜の背から振り落とされないように、必死に硬い鱗の凹凸部を掴む。物凄い風圧に耐えながら、視線を地上に送る。
そこにはこちらの方を見て驚愕をしている者もいれば、いち早く状況を理解し、私達を追いかけようとしている者もいた。
もちろんそれは織り込み済みで、足止め役として今私達を背に乗せている黒竜と同種のものを呼び出してもらっている。
「まずは作戦の第一段階は上手く行きましたね!」
「ええ。だけど、まだまだこれからよ。油断しないように」
体に叩きつけられる風にかき消されように、大声でシオンに声をかける。それに対して、シオンから気を引き締めるように言われ、頷くことで返事をした。
目下続いている王国とのいざこざを半ば強引な手段で解決する為の作戦。その第一段階として、騎士団の大半を王都から引き剥がすことに成功した。
仕込みとして、私が限定的に魔女の力を解放し魔法『ドミネート』を、私達が隠れ潜んでいた廃屋――中は改装済み――の近場にある村人の一部を洗脳。
彼らを経由して騎士団にわざと自分達の情報を流して、騎士団の半分以上の戦力を王都から離れた辺境の村に誘い込む。
そして騎士団の半数以上を相手に時間稼ぎが可能な魔物を、シオンに召喚してもらう。それが作戦の第一段階である。
「……シオンさん。召喚した黒竜――ブラックドラゴンの制御は大丈夫ですか?」
「流石に二体の制御で手がいっぱいね。……今から考えると信じられないわ。魔女の力を使えてた時には、今以上の数の魔物を使役できていたなんて」
シオンはかつて『破壊』の魔女と呼ばれていた。その力もつい数日前までは保有し、軽い暴走状態に陥っていた。しかし現在は、私と契約を破棄した『前借りの悪魔』と再度契約を交わしたクロエの魔法により、魔女の力の根源である闇属性の魔力は消失している。
それでもシオンが長年の月日で培った魔法の腕に、微塵の陰りは見られない。彼女が得意としているのは召喚魔法。
この魔法には私も日頃からお世辞になっている。私が実戦形式の訓練をする際に相手となってくれる『ハンター・ウルフ』等の使い魔は、全て魔法による産物である。
術者によっては自らより力量の低い魔物を、強制的に呼び出し使役するタイプの召喚魔法もあるが、今は関係ないので横に置いておく。
シオンが『破壊』の魔女と呼ばれる由縁になったのは、この召喚魔法『サモンモンスター』が原因である。闇属性の魔力により、呼び出した使い魔達に大幅な強化や本能の凶暴化が施されていた。
そんな使い魔達による襲撃にあった国々は、文字通り地図の上から『破壊』された。それはシオンが亡き娘の遺言を思い出し正気を取り戻すまで何度も繰り返され、その過程で『破壊』の二つ名を冠する魔女となる。
以上がゲーム本編で語られたシオンの過去に関するの一部だ。通常ルートであれば、これらの情報はシオン自身の口から語られるだけで終わる。
しかしシオンと敵対するルートに突入すると、その恐ろしさを満遍なく体験できる。その中で筆頭のトラウマ製造機は、今現在私達を背に乗せて運んでいる黒竜――正式名称『ブラックドラゴン』である。
ゲーム時代で戦闘に入った場合、全体範囲の高火力技が通常攻撃であり、単純な耐久力も他の魔物と比較にならない程に高く、非常に厄介な敵の一つだ。
しかも術者のシオンが健在である限り、毎ターンHPの四分の一が回復していき、この『ブラックドラゴン』が最大で五体も襲ってくる。
まさに悪夢が如き光景だった。前世で私がシオンと敵対した場合は、戦闘に敗北してほぼ確実にBADENDだったと記憶している。
今のシオンは魔女の力こそ失っているものの、こうして最上級の使い魔『ブラックドラゴン』の使役は可能である。だが一度受けた負傷の再生は見込めず、一度に操れるのは二体が限界らしい。
呼び出した際だけではなく、その使い魔の維持にも術者の魔力は消費される。それに加えて虐殺が目的ではない為足止め役の『ブラックドラゴン』が騎士達を殺してしまわないように、攻撃する際の力加減に神経を割いている。
現在のシオンに、他のことを頼むことは不可能に近い。
(シオンはそのまま『ブラックドラゴン』の制御に集中して。クロエちゃんも、シオンのサポートを続けて)
「う、うん。分かった」
『前借りの悪魔』の指示にクロエが返事をする。
クロエは『前借り』の権能を使い、レベルを一時的に上昇させ現時点では使えない魔法の行使を可能にしていた。
今の私には使えない光属性の魔力の持ち主のみに許された魔法『聖女の加護』――その効果は対象のステータスの値を増幅させるというもの――で、『ブラックドラゴン』の制御にかかり切りなシオンの負担を和らげていた。
「私には何かできることはないの?」
(作戦会議の時にも話し合ったでしょ。パトリシアちゃんには一番大変な所を任せるんだがら、今は英気を養ってちょうだい)
「そうは言っても……二人だけ頑張っているのに、私だけ何もしていないのは気不味くて……」
私と『前借りの悪魔』の会話にシオンが入ってくる。
「気にしなくて良いのよ。パトリシアちゃん。ただそろそろ準備の方をしてくれるかしら?」
そう言うシオンの目線の先には、暗闇に包まれた王都の光景があった。




