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第五十三話 暗器




(――国王が大事にしているもの。それは亡き王妃との忘れ形見である、一人娘の王女様よ)



 予想にもしなかった『前借りの悪魔』の発言に、室内にいた全員が凍りついた。一国を相手に争いを仕掛けようと提案してきた人物――悪魔が、示した勝利目標はまさかの誘拐という犯罪行為とは思いもしなかった。



「あの……悪魔さん。それは本当に確実性はあるのかしら?」

(シオン。貴女だってこの国の王が王女様を可愛がっているのは知っているでしょう?)

「それはそうだけど……。さっきの説明で私達の方から攻撃を仕掛けてそれが上手く成功した際のメリットについては理解したわ。それで何で王女様の誘拐にしようという発想になるのかしら?」



 『前借りの悪魔』の提案に疑問をぶつけるシオン。それに対して、『前借りの悪魔』は意地の悪そうな笑みを浮かべる。



(――だって人間の一番の急所って、大体はその人間が大切に思っている存在でしょう? 部下の死に憤りを覚えるような御方ですもの。最愛の娘が悪い魔女に捕まってしまったら、言う事の一つや二つ。聞いてくれそうじゃない?)



 最近ずっと私達に協力的であったから忘れていた。彼女が悪魔であることを。



 だがこの中では一番に『前借りの悪魔』との付き合いが長く、元契約者でもあった私は彼女のその様子に何とも言い難い違和感を覚えてしまう。

 しかし彼女が悪魔であるという先入観のせいで、その違和感を疑問に思うことはなくなってしまった。





「……それで肝心の手段はどうするの?」



 気不味い静寂に包まれている空気を少しでも変えたくて、私はこの場にいる全員に問いかける。提案者である『前借りの悪魔』も含めて、誰もが難しそうな表情になる。



(……それが難しいのよね。我も言ってみたはいいものの、王女様がいる場所――王城に行くとなると、流石に警備とかも厳しいでしょうね)



 『前借りの悪魔』の言う通り、一国を治める王が住まう城の警備は生半可なものではない。まだ完全に納得していないが、国王を交渉の席に座らせて今後の安全の確保及び、いるかも分からない黒幕の存在をはっきりさせる為には、私達の方から先制攻撃を仕掛けて、どんな形でも勝利を収めることは必須。

 その為に国王の一番の弱点と言える王女の身柄を確保するという計画も理解は得られる。



 アルカナ王国第一王女、フィオナ・アルカナ。母親である王妃に似た美しい容姿を持ち、将来は絶世の美女になることが約束された少女。

 亡き王妃の忘れ形見である彼女は、父親であり国王であるジェームズ・アルカナに愛情をめいっぱいに注がれて、大切に育て上げられた。



 そんな少女の性格は虫も殺せない程に慈悲深く、光属性の魔力の有無さえなければ、クロエを押し退けて最も『聖女』の称号を持つに相応しい。

 そう称されるぐらいには彼女は優しく、そして籠の中の鳥のように城の外への世情について無知であった。



 これらのフィオナ・アルカナに関連した情報は、この王国に住む民であるなら知っていることだろう。

 だが私と私から共有された一部の知識を持つ『前借りの悪魔』には、それ以外の情報がある。



 フィオナ・アルカナはゲーム『闇の鎮魂歌』に登場するキャラクターの一人だ。ルート次第では強力な味方にもなり、中盤で立ちはだかる敵ともなり得る。

 物語開始時点では先に上げた認識で間違いないのだが、中盤にて父親であるジェームズ・アルカナは魔物に暗殺されてしまう。

 後継者を指名せずに起こってしまった悲劇は争いごとを好まぬ少女を、悍ましい表舞台へと引きずり出す結果となる。



 フィオナ・アルカナが味方になるルートであれば、原作のクロエが王国で起こった騒動を解決すると、ジェームズ・アルカナの後を継いだ彼女から魔王討伐の際に赴くクロエに対して、様々な報酬を渡す。

 その中の一つが、王国の最大戦力とされる騎士団の部隊長の一人を貸し出してくれるというものだ。



 ――もっともその騎士団の部隊長の一人を利用して同士討ちのようなことさせた私達では、ゲーム通りの展開をなぞることは不可能だろうが。



 そして味方ルートのフィオナ・アルカナがクロエに渡すと約束したものの中には、魔王討伐後に譲渡されるものがあった。それは――。



「――リシア! パトリシア!」

「――! どうかしたの?」

「さっきから声をかけても、全く反応がないから心配して……」

(……パトリシアちゃん。我の話は聞いていたかしら?)

「……ごめん。ちょっとぼうっとしてて」

(気をつけてよね。貴女とシオンがこの作戦の要なんだから。もう一度話すわよ。まず始めに、シオンが――)



 こうして私達は三日間の時間をかけて、作戦へ向けて準備を行った。





「――待っててください。ベオウルフさん。貴方の騎士としての尊厳を踏みにじった女の首は、手土産に持って行きますから」



 自らの手で育ての父親をかけることになってしまった哀れな少女は、静かに復讐の刃を研ぐ。そんな彼女の体からは、金色の髪に似合わぬ黒く淀んだ魔力の兆しが見え隠れしていた。

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