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第四十三話 交渉決裂



「……助けてくれたことには礼を言うが、何のつもりだ?」

「別に深い意味はないわよ? 私はこれ以上貴方がたと争うのは得策ではないと判断しただけ。……そもそも先に手を出してきたのは、貴方達の方よね。私やパトリシアちゃん――この子はあくまでも正当防衛の為にやむを得ず、戦闘行動に突入しただけ、というのが私の把握している事実だけど、何か反論があるかしら? それこそ貴方を殺す気なら、その機会はいくらでもあったことは理解しているでしょう?」

「……!」



 シオンの言葉に、ベオウルフは返す言葉はなく悔しそうに歯ぎしりをする。多少の過程はどうあれ、シオンによってベオウルフの命は救われている。

 そのせいで、彼はあまり強く言い返すことができなかった。しかしその屈辱感を必死に飲み込み、口を開く。



「……だが、お前達は魔女だろう。聞いていた報告に少しの間違いこそあったが、お前達が一人の少女を捕らえているのは調べがついている。それだけではない。ここ最近いくつもの村が魔物の襲撃によって滅ぼされている。その件も、お前達が裏で手を引いているんだろう?」



 決めつけるような発言をしてくるベオウルフに対して、シオンは反論する。



「――そういう事件が起きているのは風の噂で知っているけれど、私は知らないわ。誰が首謀者なのかはね。むしろこの子は被害者なのよ」

「おい、それはどういう意味だ?」

「残念だけど、答えるつもりはないわ。私の貴方達の印象はよくないもの。命までは奪うつもりはない。その代わり――」

「――その代わり、他の奴らに上手いこと話を通せと? 仲間を殺した奴らは無害であったと? それこそ悪い冗談だろ。村の壊滅に関わっていないとしても、お前達が魔女であることには変わりがない。ここではない何処かで、誰かを不幸にするかもしれない。そして俺は王国を守護する騎士団の一人だ。ここで俺が折れたら、部下達に――アリシアに示しがつかないんだよ」



 そう言い切ったベオウルフは、いつの間にか拾っていた自身の得物を残された左腕で不格好ながらも構える。

 流石は騎士団の部隊を一つ預かる隊長様だ。そんなことを考えていたシオンであるが、ある冷酷な決断を下した。



「――言葉で説得できそうにないわね。パトリシアちゃんやクロエちゃんのことも考えて、穏便に済ますつもりだったけど、貴方がその気ならこっちにも考えがあるわ」



 シオンのその言葉と同時に約百体に及ぶ『ハンター・ウルフ』が集結した。いきなり現れた伏兵の存在に、一瞬驚愕で目を見開くがすぐに表情を引き締め直した。



「はっ! 交渉が決裂したら、殺すってか? さっきまでとは随分と態度が違うな」

「……減らず口ね。まあ、良いわ。貴方がそういう感じでいてくれたお陰で、もっと良い手段を選べるから」

「……何だ、その犬達の餌にでもするのか?」

「いえ、違うわ。この子達は保険よ。念の為のね。私の本命は――」



 そこで言葉を一旦切ったシオンは腕に抱えていたパトリシアを傍にいた『ハンター・ウルフ』の一体に預ける。

 そして強化した脚力で、一気にベオウルフの前に踊り出た。強化していると言っても、ベオウルフが万全の状態であったのなら、この行動は自殺行為に等しい。

 けれど現在のベオウルフは片腕を欠損し、治癒が原則的に不可能な傷を負っている。並の騎士団員にも劣る――それでも今のベオウルフには捉えられない動きで、彼に接近したシオンはその華奢な細腕で対象の頭を掴む。



「――貴方の存在そのもの。殺すなんてもったいないことはしないわ。あの子達の平穏を脅かそうした代償は高いわよ。――『ドミネート』」



 先ほどまでは抑え込んでいた闇属性の魔力を、正気が失われない程度に解放したシオンは一つの魔法を行使した。

 その名も『ドミネート』。この魔法は魔女の力で暴走していた時に使ったもので、格下の意識を問答無用で奪い取るという無法な代物だ。



 禁術の一つに指定されているが、この魔法を使用できた『人間』の魔法使いは、歴史上どの国にも存在していない。それはどれだけ高位の魔法使いであっても関係がなかった。

 そう『ドミネート』を行使できるのは、闇属性にその身を委ねた魔の眷属――一部の魔物や魔女のみであった。



 その凶悪無比な効果である『ドミネート』を受けたベオウルフはというと――。



「――何なりとご命令ください。シオン様」

「あはは……ようやく成功したわ。手負いとはいえ、一筋縄ではいかなかったわ」



 ――ベオウルフはものの見事に、『ドミネート』の影響下にあった。だが容易に魔法の効果に屈した訳ではない。



 シオンが『ドミネート』を発動してから、時間にして約五分以上抵抗し続けたのだ。もしもパトリシアとの戦闘での負傷がなければ、洗脳が成功することはなかっただろう。



「まあ……一度でも『ドミネート』の支配下に置ければこっちのもの。でも貴方が悪いのよ? さっきのお願いを了承さえしてくれれば、私だってこんな真似をせずに済んだし、貴方は無事にお仲間の所に戻れたはずなのに。――精々役に立ちなさいよ、お人形さん」



 既に自意識を消失しているベオウルフに、そう語りかけるシオンの姿は普段の様子からは想像できない程に魔女そのものであった。

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