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第四十一話 『憤怒』の魔女②



「ぐっ……!」

「……おじさん。流石に弱過ぎるよ。そんなので、よく今までこの国を守ってこれたね」

「……好き勝手言いやがって!」

「でも、事実でしょう?」



 『前借り』の権能の暴走により、自身の可能性の一つと意識が統合され、『憤怒』の魔女としての力に覚醒――汚染された私は、一人の人物と戦闘に突入した。

 その人物とは様々な魔法による加護等を施された銀色の鎧に身を包んだ、強面の男性――アルカナ王国お抱えの騎士団第三部隊の隊長であるベオウルフその人であった。



 予想が正しければ、『破壊』の魔女であるシオンの討伐の為に赴いてきた彼らは、今やベオウルフを一人残して撤退してしまった。

 私はクロエに危害を加えた彼らやその上にいる国王に加えて、裏で糸を引いている奴らにこの『怒り』をぶつけたくて仕方がない。



 今すぐ撤退していった騎士団員達の息の根を止めたいのだが、足止めとして残ったベオウルフに存外に苦戦しているのが現状だ。



 『憤怒』ではない『私』――最初に私の肉体の主導権を奪っていった『私』が顕現させた黒色の剣を片手で弄びつつ、ベオウルフに視線を送る。

 戦闘に入る前。傷一つなかった銀色の鎧は所々凹んでいて、その隙間からは血が流れ出している。

 唯一露出している顔は苦しげな表情を浮かべて、荒い呼吸を繰り返している。



(……このまま行けば、押し切れるかな?)



 満身創痍なベオウルフの様子を見て、そう時間もかからずに決着がつく。そう考えていたのだが――。



(――気迫が全然衰えてない。あれだけボロボロなのに、絶対に通さないっていう意志を感じる)



 苦戦をしていると言っても、それはベオウルフが足止めに専念しているからであった。単純な力関係で言えば、『前借り』の権能で引き出している高ステータスと、魔女の力を併用している私の方が上である。

 しかしベオウルフは私に攻撃を与えることを早々に放棄したのか、延々と防御の姿勢を崩すことなく私の猛攻に耐え忍んでいた。



 挑発するような言葉を戦闘の合間に投げかけているが、それも効いている様子も見られない。苛立ちが加速する。

 ベオウルフを倒す頃には、撤退は完了しているだろう。第四部隊の隊長であるアリシアの報告を受けた王国は、より人員を増加させた騎士団が私達に差し向けられるのは確実だ。

 『破壊』の魔女だけではなく、私を含めた二人の魔女の討伐をする為に。



 そうなると私だけで一国と敵対するには、「まだ」戦力が不足している。それこそ魔女の力に目覚めたばかりである為、どのようなことができるのかを把握できていない。

 また『憤怒』の『私』が辿った記憶も完全には馴染んでおらず、私自身が本来歩んできた記憶と混濁していて、自我の境界が不安定な状態になっている。



 正直長時間の戦闘は避けたいのが本音であるが、私の中の『怒り』を一度発散させる為にも、ベオウルフを倒すことは絶対だ。



 両手で黒色の剣を構え直す。その様子を見て、ベオウルフも呼吸を無理矢理整えて油断なくこちらを見据えてくる。



(魔剣に体を切られているというのに、本当にタフ……)



 今私が使用している剣は通常の物ではなく、魔法によって構築された物でもない。いつかの『私』が二代目の魔王となった■■■の首を切り落とした剣。

 彼女がこの世界に抱いていた恨みや怒り、そして『私』の絶望による念で変質した――尋常ならざる『魔剣』。



 読み取れる『私』の記憶を一部参照すると、『憤怒』の魔女である『私』にとっては主武装のようだ。これに限らず、魔剣による傷は回復魔法や回復薬の効果が非常に効きづらく、特定の魔法でなければ癒やすことはまず不可能である。



 そんな魔剣により全身に傷をつけられているというのに、未だにベオウルフの闘志に陰りは見えない。



「――何だよ。もうバテたのか? 魔女さんよ」

「――本当に神経を逆撫でするのが上手よね。……貴方の首をお仲間さんの所にきちんと届けてあげる」



 ベオウルフが発した挑発の言葉に、私は我慢が効かずに今まで以上の速度で眼前の敵に目掛けて魔剣を振るった。





 ――魔法『ドミネート』によってシオンから支配権を強奪した『ハンター・ウルフ』の群れが森に侵入していた騎士団の別働隊を全滅させたのが伝わると同時に、私の持つ魔剣がベオウルフの右手を切り飛ばした。



「ぐっ……!」

「あはは! ようやく当たった!」



 中々動かない状況が好転し、私の顔に笑みが浮かぶ。

 それに対してベオウルフは苦痛に顔を歪めながらも、咄嗟に距離を取った。

 その状況判断能力に感心しつつも、追撃に移ろうとした瞬間。背後から数メートル離れた場所に、見知った人物の魔力の気配を感じた。

 振り返るべきか思案しつつ、ベオウルフをざっと上から下に眺める。

 ベオウルフは得物ごと利き手を失ってしまい、残った左腕で切断面を押さえ、出血を少しでも食い止めようとしていた。

 その様子を見て、既に脅威足りえないと結論づけた私はゆっくりと視線を後方に向けた。



「――シオンさん。無事だったんですね。良かったです。心配したんですよ、私」



 その人物の正体は、今の私にとってクロエに次ぐ大切な存在であるシオンであった。別れてからそんなに時間が経っていないはずなのに、彼女の顔を見た瞬間に胸に何とも言い難い感情が湧いてくる。



 安堵というものだろうか。シオンの無事が確認できて、心底安心した。クロエを傷つけた存在に対する『怒り』で頭がいっぱいになっていて、シオンのことを一時的に忘却していた。



 これも別の未来を辿った『私』の記憶が混線した影響だろう。思ったよりも、自分の状態は深刻なようだ。

 この症状を緩和する為にも、ベオウルフに止めを刺すとしよう。



 ――いや、その前にシオンには一言断りを入れておこう。



「――もう少しだけ待っていて下さい。クロエを、シオンさんに危害を加えようとした人間の一人を始末しますので」

「あ、あの……パトリシアちゃん。その魔力は――」

「――ああ、これですか。ちょっと『前借り』の権能が暴走しちゃいまして、未来の『私』……その可能性の一端が憑依する形で力を得たようで。でも未来の『私』って何をやらかしたんですかね? 魔女になるなんて」



 せっかく疑問に答えたというのに、シオンの顔は依然として悲しげなものだ。



(――? 何故シオンさんがそんな表情を?)



 なんだか釈然としないが、今度こそ魔剣でベオウルフに引導を――。



「――どうしてシオンさんが邪魔をするんですか? そこを退いてくれないと、その男を殺せないんだけど」

「……パトリシアちゃん。一旦落ち着いて。今の貴女は魔女の力に呑まれているだけ! 正常な判断ができないのよ!?」

「何を言っているんですか? 私はいたって正気です。 私達の平穏を脅かそうとしたんですよ? それなら私に殺されても仕方がないと思いませんか?」



 魔剣を振るおうとした私とベオウルフの間に、シオンは割って入ってきた。その彼女に対して私は疑問を投げかけるが、押し問答にしかならない。

 時間の無駄である。頭痛も酷くなってきた。

 魔剣を握る右手に余計な力が入り、万が一にもありえないがヒビでも入ってしまいそうだ。



「――いいえ。絶対に退かないわ。私は貴女に人殺しに――私と同じような存在になってほしくないのよ」

「なら、手遅れですね。もう既に五人……いやさっきので十人は殺しましたよ。それこそ以前に――シオンさんに助けてもらう前に、私は実の両親を殺めたも同然の行為をしたんですから、今更無関係の人間の一人や二人。心なんて全く痛みません」



 淡々と告げる私の発言に、シオンの表情が曇っていく。今の私の思考は『怒り』で埋めつくされているはずなのに、どうしてか痛まないはずの胸が痛んだ気がした。

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