第二十四話 帰宅
「……本当にごめんなさいね。何だか迷惑をかけてしまったみたいで」
先ほどまでの危険な感じは成りを潜めて、申し訳そうに私達に謝罪を告げるシオン。普段通りの様子に戻った彼女に対して、私は短く声をかける。
「問題ないですよ。それだけ私達のことを大切に思ってくれているということですから。……それよりも、一旦離してもらっても良いですか? 周りの視線が少しだけど、恥ずかしいので……」
私は消え入りそうな声で呟く。シオンの暴走は未然に防ぐことはできたが、周囲の人間達の存在がなくなる訳ではない。
人々の警戒の視線は、奇異の目に変わっていくのを肌で感じる。それを遅まきながらも察した『前借りの悪魔』も、シオンに促す。
(……シオン。早くこの場から離れるべきだと、我も思うわよ。不審がられて、衛兵を呼ばれるのは不本意でしょ?)
「そ、そうね。とりあえず転移魔法が使える街の外まで行かないと。二人とも、それで問題ない?」
「はい。私は大丈夫です。……クロエ。そろそろ行くよ」
「え、あ……はい。私も大丈夫です」
シオンが離れたタイミングで、彼女の荒々しい魔力を身近に当てられて、未だ呆然としていた――魔力酔いの症状に近い――クロエに声をかける。
数回の瞬きの後。クロエは私やシオンに対して返事をした。
多少ふらついている為、ゆっくり移動する必要はあるけれど。
「クロエは魔力酔いかしら? 私が背負って行くわ」
そんなクロエの様子を見かねたのか、シオンが上記のような提案をしてきた。それに対してクロエは暫し逡巡した後、「は、はい……」と了承した。
シオンがクロエを背負うと、私達は周囲の視線から逃げるようにその場を離れた。
移動し続けること五分間。特にトラブルもなく、街の外に出ることができた。門番も来た時と対応にも変化はなかった。
恐らくだが、『啓示/神託』の効果が持続していて私とあの貴族の少年との間にあった件についての報告がまだ届いてないのだろう。
「じゃあ、二人とも。離れないでね。――転移魔法『テレポート』」
街から更に離れた場所に移動した私達は、シオンに転移魔法を発動してもらった。
来た時同様に、周囲の景色が歪んでいく。そして浮遊感を覚えること数秒後。私達を出迎えたのは、いつもと何ら変わらないシオンの家の姿であった。
日常が戻ってきた。そう思うと、どっと疲れが襲ってくる。倒れそうになった体が、自然と手を繋いでいたシオンに寄りかかる。
(や、やばい……二時間もなかったはずなのに、こんなにも眠気が……)
転生前ならいざ知らず。現在の年相応の少女の肉体では一度襲ってきた眠気に逆らうことはできず、瞼がズルズルと下がってくる。
「………今日はもう眠ると良いわ。色々とあって疲れたでしょうから」
気遣う言葉に、頭に優しく添えられた手がリズム良く撫でてくる。それによって後押しされた眠気は一気に私の意識を奪い去っていった。
■
「……パトリシアちゃんは眠ってしまったようね。クロエはどうするの? 貴女も疲れているでしょうから、寝ても問題ないけど」
「もう一人で歩けますから、降ろしてもらっても大丈夫です。パトリシアの方をおぶってください」
「ええ、分かったわ」
私はシオンさんの背から降りると、今度は私の代わりにパトリシアが背負われた。
普段は抜けていることがあれど、私のことを気にかけてくれる友人。今日もしつこく絡んできた、あの醜い貴族の少年を何らかの魔法を使って穏便に解決してくれた。
せっかくのパトリシアとの買い物を邪魔されてのは不愉快であったが、私を背に庇ってくれた彼女の姿はとても凛々しく格好良かった。
私と同年代の少女である友人に対して、その表現が適当であるかは疑問であったが。
シオンさんの家に帰ってきた私は手を洗いに行く。シオンさんは眠ってしまったパトリシアを連れて、彼女の寝室に向かった。
その後戻ってきたシオンさんが、何があったのかを詳しく聞こうとしてきた。
私の脳裏を過るのは、先ほどの黒く淀んだ魔力――私が扱う光属性の魔力とは対極に位置するようなもの。
それを思い出してしまい、シオンさんにあのお店であったことを告げるのを躊躇してしまう。
そんな私の様子を見て、シオンさんは慌てた風に言う。
「も、もう大丈夫よ! さっきは調子が悪かったせいなの……だから安心して話して」
そう発言するシオンさんの目を良く見る。髪色と同じアメジストのような瞳が、真剣にこちらを見つめてきた。
(これなら問題なさそうかな……?)
内心で考えていると、『前借りの悪魔』も次のように言ってくれる。
(我も問題ないと思うわよ。でも暴走しそうにするのは止めてよね。貴女程の相手に暴れられると、流石の我でも肝が冷えるわ)
「あはは……善処します」
乾いた笑いを浮かべた後、シオンさんはバツの悪そうな表情で謝罪を改めて告げてきた。
それを見た私は今度こそ大丈夫だと思い、シオンさんに合流するまでの経緯を話し始めた。
――そんな私達の知らない裏で、事態はより混迷を極めていくとはこの時は思いもしなかった。
 




