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第二十二話 とある魔女の追憶

 


 グラスタウンの中に入った後、私――シオンは、ここ最近になって面倒を見ることになった少女達――パトリシアとクロエ――と別行動取っていた。

 私は日々の生活をする為の金銭を稼ぐことを目的に、いつもお世話になっている薬屋へと向かっていた。

 今までは大した趣味のない女一人で、滅多に人の寄り付かない森の奥だ。消費される金銭も多くはない。しかしまだまだ幼いとはいえ、人数がいきなり二人も増えると、それなりのお金が必要となってくる。



 少女達が着る衣服は、私が小さな頃に着ていたお古を貸し出している。状態は保存魔法をかけていることもあり問題はないのだが、少々デザインが古くさいと元持ち主である私自身も感じていた。

 けれど彼女達は文句を言うことなく、それらを着て家事の手伝い等も快く申し出てくれている。

 とても良い少女達である。



 そんな彼女達にはお小遣いと称して、多少のお金を渡している。お店を見て回る途中で、何か好きな物を買うことができるようにと。



 けれど年齢が十になるとはいえ、少女達だけで行動させるのには若干の心配があった。

 単に私が心配性であるのが理由になのかもしれないが、根本的な原因はもっと別の所にある。

 それは私が彼女達を亡くなった娘に重ねていることが理由だろう。



 ――『破壊』の魔女。この世界に存在する魔女の中でも、その悪名高さは指折りのものだ。自分で言っていて、悲しくなるけれど。



 現在私が住んでいるアルカナ王国や、隣国のロッキー帝国が成立する以前にあった、最早歴史書の中だけに名が記された国々。

 それらの間で起きていた戦争。数え切れない犠牲者の中に、私の娘はいた。



 私に似た紫色の髪を持った娘は、口を開けば「お母さん、お母さん」と私のこと呼び慕ってくれていた。

 亡くなった年は、確か十であった。それが尚更娘と彼女達を同一視してしまう一因かもしれない。



 ――今でも腕の中で冷たくなっていく感覚が忘れられない。まるで両手の隙間から掬った砂が溢れ落ちていくような感じであった。



 そこからの記憶は正気に戻るまで、ほとんど残っていない。ただただ『破壊』の限りを尽くした。

 兵士や民間人。老若男女の区別なく全てを壊し続けた。

 そして私はいつの間にか、娘の命を奪った戦争を起こした愚者と同じ、いやそれ以下の存在に成り果てていた。



 そんな私を正気に戻してくれたのは、娘が死に際に遺したある言葉だった。



『――お母さんは、幸せに生きてね』



 それを運良く思い出したことがきっかけとなり、私は以前の人格を取り戻すことに成功した。



 死ぬ気であった私はその言葉を支え――娘が最期に遺した願いを叶える為に、往生際悪く生き続けることにした。



 その後は人の手が入っていない森に居を構え、自分にできる限りの贖罪に努めている。



 しかし最近は娘と同じ年齢の二人の少女――パトリシアとクロエを娘と重ねることに、私は罪悪感があった。

 その行為が失礼に当たると思ったからだ。

 彼女達に対しても、娘に対しても。



 彼女達を娘の代わりとして見ているような意識を自覚させられ、無意識の内に過去の罪を忘れようとしている自分に嫌悪感すら湧いてくる。



『――シオンさん』

『シオンさん!』



 私の名前を親しげに呼んでくれる声が脳裏を過る。



 両親を亡くした二人の少女達が頼りにできるような大人に、天国にいるであろう娘に顔向けができるような生涯を全うする為に。



 そんなことを考えながら、私は慣れた足取りで歩みを進めて目的地に到着した。扉を開けると、店内に備え付けらた椅子に腰をかけていた老女が、私の来訪に気づき人の良い笑みで出迎えてくれた。



「やあ……シオンちゃんかい? 今日も良く来てくれたねぇ」

「こんにちは、イエヴァさん」



 こちらの老女の名前は、イエヴァ。ここ数十年間で築き上げたお得意先の一つだ。



「……相変わらずシオンちゃんは若々しいねぇ。私はもう駄目駄目だねぇ。足腰が更に悪くなって、碌に歩けやしないよ。お迎えが来るのも、もう少しかねぇ?」

「……うふふ。そんな冗談を言う元気がある内はまだまだ大丈夫ですよ」

「こりゃ、一本取られたねぇ」



 恒例の冗談の言い合いの後、軽い世間話を経て私は本題を切り出した。



「……では今日はこれを納めに来ました」

「いつもありがとうねぇ。シオンちゃんの所の薬は良く効くって、お客さんにも人気なのよ」



 空間拡張の魔法を施した鞄の中から、体力回復効果のある『ポーション』が入った硝子瓶をイエヴァの前に置く。



 私とイエヴァの関係は数十年前に遡る。彼女の祖母がこの街で薬屋を立ち上げた時から、三世代に渡って交流がある。

 普通であれば、年を取らない異常から魔女であることがバレてしまうことを避ける為に、固定客を持たない主義なのだが、ここだけは例外であった。



『魔女って言っても、どこからどう見ても貴女は危なそうに見えないわ。これでも私、人を見る目には自信があるの』



 かつてイエヴァの祖母に言われた台詞が想起される。

 私が魔女であることも気にしないと言ってくれた彼女と、その孫になるイエヴァがこうして腰が曲がる年齢になるまで、良好な関係を築くことができた。



「じゃあ、これが報酬になるねぇ」

「ありがとう、イエヴァさん」



 納品した薬分の代金が差し出され、それを受け取り先ほどの鞄にしまい込む。



「また来ておくれよ」

「ええ、また。今度は紹介したい子達がいるから」

「それは楽しみだねぇ。ぜひ連れて来ておくれ」



 イエヴァと別れの挨拶を済ませ、パトリシアが無意識の内に放っている魔力を感知する為に、意識を集中させようとした瞬間。



 ――パトリシアの魔力が僅かなながらも、上昇したのが感じられた。



 ――私は考えるよりも先に、その方向へ向かって走り出していた。胸に嫌な予感を抱きながら。

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