第二十一話 グラスタウン③/平和的な解決
「……今大人しくするのであれば、余計な危害は加えません」
「……私達のような子供を無理矢理に連れて行こうとして、『余計な危害は加えない』って言われた所で、説得力皆無ですよ」
私が手を振り払った男性とは別の護衛が、私に話しかけてくる。最終通告のつもりだろうか。もちろん、それに従うつもりはない。
クロエに働いた無礼の落とし前をつけてやりたい所ではあるが、この場では我慢我慢。
できるだけ穏便にことを収めるのであれば、いつぞやの時と同じ手を取るとしよう。その『いつぞや』とは、記憶を取り戻してから割りかしすぐに起きた、夜中に無断で村の外に出たことを神父に問い詰められた時。
最も、その際は洗脳紛いの行為で有耶無耶にしたのだが。
これから発動しようとする魔法は、その時と同じものである。護衛の男性二人に、その後ろにいる肥満少年に気づかれないように、その魔法を行使する。
「――『啓示/神託』」
「……!?」
「……!?」
私の異変をいち早く察知した二人の護衛が行動を起こそうとするが、この魔法が発動した時点で今の私のレベル――六十レベル――以下の彼らは抵抗はできない。
彼らの意識を書き換える――と言える程たいそれた代物ではなく、この場を一時的に誤魔化す程度のものだ。
それを承知の上で、私は三人を対象にした言霊を呟く。
「――私達は貴方達の誘いを断り、貴方達はそれを了承して、何事もなく屋敷へと帰った。これで問題ないですね?」
――はい、問題ありません。
私が念を押すように問うと、対象者の三人は異口同音の答えを返してくる。
傲慢そうにこちらを見下していた肥満少年や、憐れむような視線を向けていた二人の護衛は揃って、虚ろな目になり、私達に背を向けてゆっくりと店の前に止められた馬車へ歩いて行った。
出来の悪い人形のような、機械的に歩く彼らの後ろ姿を見送りながら溜息を吐いていると、背後から私に抱きついてくる人物が一人。
横顔にかかる黒髪や、仄かに香る良い匂いからクロエだと察することができた。
「大丈夫だった!? パトリシア!?」
「大丈夫、大丈夫。あのぐらいの相手なら百人いても問題ないよ。怪我がないのは見ての通りだから」
「それよりさっきのって……」
「ああ、あれはね……」
私が無事であったことを理解したクロエは、あれだけ自分達を捕まえることに躍起になっていた相手が、不自然な程に素直に引いたのが疑問なのだろう。
生憎それを彼女に説明する暇はないようだが。
クロエの温もりが離れることに若干の名残惜しさを覚えつつも、彼女から体を離して周囲に視線をやる。
店長や店員に、客。面倒事に巻き込まれたくない故に、遠巻きに静観していた彼らはこの異常事態を上手く飲み込めず、未だに小規模の混乱から立ち直っていないようだ。
こちらとしても、その方が好都合だ。繰り返すが、先ほど使った魔法『啓示/神託』は本来上位互換や代替魔法がいくつも存在する、支援系の魔法に過ぎない。
ゲームの頃に存在したフレーバーテキストの効果を拡大解釈をして、洗脳染みた効果を再現しているだけだ。
効果も一時的なものでしかなく、屋敷に戻る頃には完全に正気に戻っているだろう。
あの肥満少年の性格であれば、正気に戻った時点で怒りに身を任せてより大勢の手勢を引き連れて、私達を捕らえようとしてくるに違いない。
下手をすれば、親の貴族としての権力も使って、衛兵も動員される可能性がある。
そうなると、この場にいつまでも留まっているのは得策ではない。早く別行動をしているシオンを見つけないと。
そう考えていた私を余所に、落ち着いたクロエは近くの棚に置いていた二つの黒色の蝶の髪飾りを手に取る。
そしてオロオロしている店員の一人に近づくと、クロエは捲し立てるように告げる。
「この髪飾り、二つ分の代金ですっ! 足りますかっ!?」
「あ、はい……これで充分です」
懐から取り出した数枚の貨幣をその店員に押しつけると、クロエは私の手を引いて店の外に出た。
「えっと……クロエ?」
「パトリシアがさっきしたことは後で聞くから。今は急いだ方が良いんでしょ」
「……うん。シオンさんと合流しないと」
途中で厄介事に巻き込まれてしまったが、クロエと街を色々と見て回り、お揃いの髪飾りも買えた。
充分に至福の一時であった。
(お二人とも。シオンならあっちの方向にいるわよ)
今まで沈黙を貫いていた『前借りの悪魔』が右手で、一つの方向を指差す。
「『前借りの悪魔』って、シオンさんのいる場所が分かるの?」
(別に我じゃなくても、魔法の扱いに長けた存在ならこのぐらいお茶の子さいさいよ。今度契約者様も、シオンに教えてもらうといいんじゃない? ちょうど修練をつけてもらっているんだし)
「それも考えておくよ。だけど今は安全確保が最優先」
(それは同意見よ)
『前借りの悪魔』からの提案にそれもありだと思いながら、今度は私がクロエの手を引きできるだけ歩幅を揃えて、シオンがいる場所を目指して歩みを進めた。




