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三つ編みにしました

 悠花がほとんどの時間を地下で鉄仮面と過ごすようになってしばらく。鉄仮面の様子は、すっかり元に戻った。ストールはちゃんと毎日取り替えて、その間に身体を拭くようにしてもらった。清潔な生活は、人間の精神に大切だとスマホで読んだからである。

 洗濯をして、自分の運動もして、また地下に戻っていく。何度も往復をしているせいか、5階ぶんくらいはありそうな塔の地下から最上階への往復も息が切れなくなった。着実にフィジカルが育っていると、ほくそ笑む毎日である。



「髪、邪魔じゃないですか?」


 ふと悠花は、前々から思っていた疑問を口に出した。鉄仮面の髪は長い。床に腰を下ろしていると、ゆうに地面に着いてしまう。清潔でサラサラの……悪く言えばまとまりのない髪は、食事時など邪魔そうにも見える。


「ゴムとかは無いので、ハンカチなんですけど……」


 鉄仮面に鉄格子を背に座ってもらい、悠花はそっとその髪に触れた。


(うわ……すごい手触りがいい……)


 柔らかな髪は、まるで極細の絹糸のようだ。あの図の仕組みは分からないが、少なくとも自分よりも髪の手触りがいい気がする。


(これは…………楽しい)


 美しく、手触りの良い髪を好きにできるチャンスなどそうあるものではないだろう。丁寧に、丁寧にブラッシングをし、どうまとめていこうか考える。


(すっきりさで言ったらポニテだけど……寝るときとか座るときとか、邪魔になるかも……)


 それに、この綺麗な髪に縛り癖が付くのはいたたまれない。結局寝るにも食べるにも邪魔にはならないであろう、ゆるい三つ編みに落ち着く。


(楽しい……)


 編みがいのある長さ。編むのに邪魔にならない手触り。仕事だ、必要なことだと自分に言い聞かせても、病みつきになりそうな気がする。


(いっぱい編み込みとか、させてくれないかな……)


 自分ではできない髪型も、この長さならできる。編んで、束ねて、ゴムとピンが豊富にあれば、凝った髪型も自由だろう。


(いやいや、わたしの趣味を押し付けちゃだめだ……)


 これはあくまで緊急措置である。生活に不便にならないようにするためのものだ。遊んでいる場合ではない。


(サイド編み込みのポニーテールとか、いいと思うけど……!)


 思うのは自由だ。思うのだけは。


「……できました」


 まだ触っていたかったという誘惑に打ち勝ち、髪を結んだハンカチを解けないように編み込んで終わりを告げる。


「どうですか?」


 そう悠花が尋ねると、鉄仮面は首を振り、毛先を持ち、感触を確かめた。そして、満足したように礼をしてくれる。


「良かった。解けてきたら、また結びますね」


 決して下心だけではないと自分に言い訳しながら、悠花はそう告げた。

 地下は薄暗い。天然の明かりと言えば、牢の天井近くに小さく取られた窓とは名ばかりの、小さな鉄格子のはまった穴程度だろう。ランプを持ち込まなければ、文字など読めもしない。そんな場所で、自分が来なければ鉄仮面はどうにかなってしまうのではないかと思う。鉄仮面がどんな人間かは知らないが、少なくともここに居る間は同士のような気がする。だからこそ、あれこれ親切にしたいという気持ちがあった。


(それに……)


 独りは、寂しい。一方的であれ、会話ができないのであれ、鉄仮面が居なかった時は確かに寂しさがあった。いつかはここを出たいと思う。だがその時は、鉄仮面も出られればいいと思う。

 夜中にスマホで自分の名前を検索したら、行方不明だと記事になっていた。親の悲痛なコメントに、どうにか自分が生きていることを知らせたい。自分はここに居る。確かに生きている。どうかそれだけでも伝えたいし、帰りたい。


「…………」

「どうかしました?」


 鉄仮面の視線を感じ、顔を上げる。自分は独りじゃない。奇妙な関係ではあるが、少なくとも鉄仮面は味方のような気はしている。


「……出ましょうね、ここから。この国がやばそうってことは、わたしも分かってます」


 今はまだ、機を待つしか無い。だが、悠花がこの塔を出る機会は思いの外早く訪れた。

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