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身体強化の初歩を教えてもらいました

不定期更新です。

「情報量が……多すぎた……」


 翌日。悠花はぐったりとソファに背中を預け、天井を眺めていた。魔法陣のこと。身体強化のこと。スマホのこと。皇帝陛下のこと。1日で知っていい量ではない。


「まあ、そう気を落とさずに。身体強化をまずは覚えましょう?」

「うん……」


 悠花の歌は危険だと言うことが分かってしまった。分かっているのに、無責任に歌うことはできない。というわけで、今日から歌ではなく身体強化のレッスンである。教師になったフィンヴィールは、随分と嬉しそうにしていた。


「呼吸は既に覚えているものがあるようですし、まずは魔力を感じるところからやりましょうか」

「そう言われても……生まれてこの方、全く意識したことが無いので……」

「大丈夫です。私の手に、手を重ねてください」

「……こう?」


 言われた通り、フィンヴィールの手に手を重ねる。


「目を閉じて。いつも歌う時のように呼吸をして」

「…………」


 息を吸って、吐く。腹筋を意識して、でも固くならないように。


「……今から私の魔力を流します。悠花の右手から、左手に抜けるように動かします。それを感じてみてください」


 魔力を流す、とはどういうことなのか。内心首を傾げていると、不意に右手が暖かくなった。


(なに……これ……)


 温かさは手から腕、肩に伝わり、そして左手の方に抜けていく。一本のそこそこ太い線が、悠花の身体の中で繋がったようだった。


「私の魔力は感じられましたか? ではそれに自分の中から引っ張られるものを感じてください」


 魔力は魔力に引っ張られると言うことか。


(引っ張られるもの、引っ張られるもの……)


 自分の身体の中を意識し――途端に、全身がぞわぞわと温かな線に引っ張られているのを感じた。


「待って待って待って……!」

「悠花?」

「むり……!」


 初めての感触。あり得ない、自分の身体の中の動き。悠花はトイレに走って胃の中のものをぶちまけた。


「無理ぃ……」


 自分の爪先から頭の先まで、一定の方向に引っ張られている感触。大きな強いものではなく、小さな、無数の感触がした。魔力というものは分かった。それを感じられるのも分かった。しかし感触が気持ち悪すぎる。


「……大丈夫ですか?」


 付いてきたベルタが、心配そうに悠花の背を擦った。


「あんな……あんなうぞうぞ動く感触がするんですか……?」

「……しません。旦那様のやり方は、幼い子供に教えるものです。私も経験がありますが、流された魔力が魔臓に向かい、そこを通って左手に抜けていく感触がします。悠花様は魔臓をお持ちではないとのことでしたので……それが理由なのかもしれません」


 終わった。悠花の頭にそんな言葉がよぎる。


「うっ……あれに耐えるなんて……」

「諦めてはいけません、悠花様。そもそもが旦那様は大雑把な方です。悠花様に流す魔力量が多かった可能性も否定はできません」

「そうなの……?」

「はい。私が同じようにやってみましょう」

「う……お願いします……」


 ずっとフィンヴィールを見てきたらしいベルタが大雑把と言うのならそうなのかもしれない。悠花はこわごわベルタの手を握った。


「流します」

「はい……」


 先程と同じような温かさ。しかし、感じる線の太さは大分細い。フィンヴィールがきしめんだとすれば、ベルタは素麺程度だろうか。


「御自分の魔力を感じてみてください」

「はい……」


 自分の中を意識して、魔力であろうものを感じ――……。


「あ……」


 先程とは違う感触に、悠花は声を上げた。


「いかがですか?」

「全身が、流されてる魔力に向かって僅かに引っ張られているのが分かります」


 勝手に全身が動く感触ではない。仄かに、しかし確実に指向性を感じられる程度だ。これが強くなれば、先程の気持ち悪さになるのだろう。


「……旦那様は、後で叱っておきましょう」

「いや……でも、最初にあれがあったから今も分かった気はするので……」


 最初からこの僅かな感覚であれば知覚できただろうか? そう考えてみると少し怪しい。荒療治とでも言えばいいのだろうか。


「……悠花……!」


 ベルタに付き添われて部屋に戻ると、フィンヴィールが檻の中の熊のようにうろうろと部屋を歩き回っていた。


「大丈夫ですか!?」

「……なんとか」

「旦那様には後でお話があります」

「えっ」

「悪気は無かったわけだし、一応、あれがあったおかげはあるので……穏便に……」

「えっ?」


 カウチにぐったりと身体を預けていると、ベルタがお茶を入れてくれる。紅茶ではない爽やかな香りに、むかつきが多少軽減された。


「ハーブティです。蜂蜜で甘味を付けています。ご気分が、多少はすっきりするかと」

「ありがとうございます……」


 のろのろと起き上がってカップを手に取り、お茶を口に含む。


「……美味しい……」


 その爽やかな後味は、確かにむかつきを抑えてくれた。


「フィン」

「……はい」

「わたしに魔力を流すのは、今後なしで」

「どうして!?」

「後でお話があります」

「……はい……」


 あの感触に、耐えられる気がしない。


「……そもそも、身体強化の習得に毎回魔力を流す必要は?」

「……ありません」

「自分の中の魔力は知覚できたので……次は?」

「普通は、魔臓から魔力回路を通して必要な箇所に魔力を送る訓練になります。悠花の場合は……全身から魔力を集める感じでしょうか」

「全身から……」


 あの魔力の流れを思い出し、それを指先に集めるイメージをする。集まって、集まって、一つになって……。


「えい。……なんてね」


 戯れにカウチソファの背もたれを突き――指におかしな感触がした。


「え……?」

「……悠花様」

「え……!?」


 悠花の指が、ものの見事にソファの背もたれを貫いている。


「は? え? なにこれ……」


 高そうなソファにめり込んだ己の指に、悠花は血の気が引いた。


「ど、どうしよう……!」

「落ち着いてください。貴女の不用意な力はまずいとケルノンが言っていたでしょう?」

「え、あ、そうだ……」


 ケルノンに言われたことを思い出し、深呼吸をしてそっと指を引き抜く。


「ごめんなさい……どうしよう……」

「気にしなくて構いませんよ。悠花が意識的に身体強化を成功させた記念に、このまま取っておきましょう」

「やめてね!?」


 フィンヴィールならやりかねない。悠花は食い気味に却下した。


「確かに、この短期間で力を扱えるのは素晴らしいことです。しかし、まずは力加減を覚えるようにされては? 幼少の頃の旦那様も、しょっちゅう色々なものを壊しておいででしたから……」

「ベルタ。今は昔の話は……」

「……とりあえず、意識的に不用意に物に触れないようにします……」

「まずは硬いものから、どれくらいで壊れるのか、壊れないのかを見ていきましょう? ……どのくらいで壊せるかも、念の為に知っておいた方が……後々苦労はしないので……」


 やけに実感のこもったフィンヴィールの言葉に、悠花が頷く。こうして、悠花は本格的に身体強化を学ぶことになった。

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