魔法陣の説明をされました
不定期更新です。
「それでさあ、僕、気付いたことがあって」
数日後。悠花たちはまたケルノンの研究室に呼び出されていた。
「実験……と言っていましたが、結局何をしたのです」
「あの魔法陣の消費魔力についての実験だよ。番持ちの協力者を探すのが大変で、時間かかっちゃった」
「ああ……」
「ちょっと倒れるかもって言っただけなのにねえ」
(それは『ちょっと』じゃないなあ……)
そうは思ったが、口は挟まないでおく。
「それで、何が分かったんですか?」
「うん。善意の実験台の番に隣の部屋で待機してもらって、魔法陣を起動させたの。魔法陣は正しく動作して、番が発動者を対象として召喚された。でもフィンヴィール、君の時のように、召喚者の魔力が根こそぎ奪われるなんてことは無かった」
「…………」
「やはり……仮に『世界の壁』と呼ぼう。それを通過するかどうかで消費魔力が変わるんじゃないか……っていうのが、最新の仮説かな。隣の部屋、城の端、自宅、さらに遠く、距離を離しても消費魔力は変わらなかったから」
「じゃあ……フィンの魔力があれば、帰ることができる……?」
「理論上はね」
理論上――ケルノンの言葉に、悠花はどこか不穏なものを感じた。
「フィンヴィールの魔力は、まだ全盛期の量には程遠い。それが回復するまでは実験もできないよ」
「あ……」
戻らない、髪の色と角。一先ずは、それが元に戻るまで。
「申し訳ありません、回復手段は休養しか無いのです」
「……うん……」
仕方のないことだ。しかし、気持ちは焦れてしまう。
「ということは……私が遠くにいる悠花を召喚することもできる……?」
「もう少し魔力が戻ればね」
「その程度で?」
「うん。僕たち竜にとっては、大した魔力じゃない」
「それは……まずいのでは」
「えっ?」
素晴らしい発見の、何がまずいというのか。悠花は首を傾げた。
「悠花。私達竜は、常に番を求めています」
「うん」
「それが、すぐに番に会える手段が見つかったと知ったら?」
「あっ……」
魔法陣を使わせろと、人が殺到するのではないだろうか。どんな混乱が起きるか、簡単に予想できる。
「まずは陛下に報告、ご相談を。その後に法を整備し、まずは何らかの恩賞としての使用許可……あたりが妥当でしょうね」
「そうだよねえ。まあ陛下も、番持ちが増えるのは大賛成だろうけど」
2人の男の間で、どうやら国家規模の大変な事がサクサク決まっていく事に、悠花は驚いていた。方や軍のトップ、方や魔法関係のトップである。
(よく考えたら、めちゃくちゃ権力のある人たちだ……)
国の舵を取るような相手だ。今だけは、フィンヴィールの横顔が格好良く見える。
(……もっと、真面目な話もすればいいのに)
普段の、自分にべったりな蕩けた顔とは全く違う。こんな顔をするのを、初めて見たかもしれない。ちらちらと横顔を盗み見ているうちに、草案のようなものが纏まったようだった。
「じゃあとりあえず、陛下にだけ報告かな。話が広まるとまずい」
「ええ、内密に」
(なんか裏取引みたいになってるな……)
「また忙しくなるなあ」
「常に忙しいでしょう」
「それはそうだけど、この件に関しては別物でしょ。ガリュオンの未来がかかってる」
「え……?」
ケルノンの重い言葉に首を傾げていると、フィンヴィールが説明してくれた。
「我が国は、人口問題を抱えているのです。いくら魔法という素晴らしい技術があっても、解決できない問題でした。竜は番を求めますが、番と出会う竜は稀です。しかし国の維持のためには政略結婚をしてまで子を成す必要がある」
「でもねえ、それで生まれてくる子供なんて1人か2人なの。人口なんて増えるわけないよね」
「あ……」
「街に行ったんでしょ? 子供、見た?」
「…………」
本屋の、子供向けコーナーは決して大きいものではなかった。馬車から見た風景も、確かに子供など歩いていなかった。今更ながらその事に気付き、悠花はぞっとした。
「最北の、枯れゆくだけの竜の国……なんて言われてたんだけどね」
「言っている人間よりは、枯れるまで時間がかかるでしょうに」
「まあそれでも、魔法陣のお陰で番を見つけられれば、竜の数は増えていくだろう。いやあ、僕が現役でいられるうちに、問題が解決しそうでほっとしたよ」
「政略結婚を断り続けた甲斐がありましたか?」
「そうだねえ。広い公園に、遊ぶ子供も居ないなんて風景が当たり前じゃなくなるのなら、素晴らしいことだよ。ある意味、君たちのおかげかな」
悠花はまだ、その魔法陣のおかげで帰れるかどうか分からない。しかし国の危機が回避できそうだという話には、素直に良かったと思えた。
「魔法陣は改良を?」
「うん。僕から見て稚拙だと思った魔法言語の箇所は直したし、元のものよりはスマートに発動できるんじゃないかな。ただ、君たちに当てはめてみると、多少魔力効率が良くなったとは言え世界の壁を超えるのは並大抵の事じゃない。フィンヴィールの魔力が十全に戻るのを、待った方がいいと思う」
「……参考のために聞きたいんですけど、足りない魔力で発動したらどうなるんですか?」
「んー……不発か、発動者が倒れるかじゃないかなあ。……フィンヴィール、ちょっとやってみない?」
「気軽に人を実験台にするのは止めてください」
「いやまあ、まずそうならすぐに発動を打ち切るから」
「理論だけで満足してください」
「えー」
(自由な人だ……)
フィンヴィールの事は心配しつつ、実験という名の欲望には素直すぎる。こういう人だから、様々なことを解析できているのだろう――とは思いつつも、振り回される周りは大変だろうなとしみじみ思う。
「……実験に協力してくれた、番の人が居るんですね」
「うん? ああ、部下の1人でね。もっといっぱい声をかけたんだけど、応じてくれたのはその子だけだったんだ」
「どうせ部下だからと使ったんでしょう」
「ちゃんと最終的には理論で納得してもらったよー。番が居るのに、危険なことはできないでしょ」
「あー……」
竜は、番が死ぬと自分も死んでしまうのだと聞いた。何よりも大切な番の命に関わることは、強制されてもできないのだろう。
「世界を超える程の魔法は、フィンヴィール、君だから発動したんだ。並の竜なら発動せず、番が生まれてくるのを待つことになっただろうね」
「まあ、死んでいて、生まれていない場合もありますからね……」
「……ん?」
悠花は、ふと疑問を抱いた。
「新しく生まれた番と、死んだ番は同じなんですか?」
「ああ、この世界ではね、魂は巡ってるの。常に魂は同じで、生まれて、死んでを繰り返す。だから僕たち竜が生きる間に、番の魂は何度も転生を繰り返しているんだ」
「あれ……じゃあ、わたしが召喚されなかったら、フィンはずっと番が見つからなかった……?」
「……確かに」
「興味深いねえ。今まで番が見つからなかった理由に、『出逢えない』だけじゃなくて、『外の世界の魂』が増えるんだ。フィンヴィールと同等の魔力が無ければ召喚できない。……うん、そんな不幸な例もあるかもしれないことは、ちゃんと記載しておこう」
「そうですね、転生前で召喚できない可能性も多々ありますし……」
「……それなら、もし生まれたばっかりの赤ちゃんが召喚されちゃったら、大変なことになりません……?」
「…………」
悠花の言葉に、男たちは固まった。
「術式を改良しましょう。成人のみを召喚できるように」
「そうだね。召喚される側の負担も考える必要がある」
召喚被害者が、ここにいるのである。こうして、魔法陣のお披露目は延期された。




