勘違いが発覚しました
不定期更新です。
「悠花。今日は買い物に行きませんか?」
朝食の席でフィンヴィールがそう切り出し、悠花は頷いた。
「いいけど……何を?」
「絵本です」
「あー……」
昨日、フィンヴィールに字の勉強をしたいと頼んだのだ。それを早速、やってくれるらしい。
「うん、ありがとう。楽しみ」
悠花の同意に、フィンヴィールは嬉しそうに微笑んだ。
食後、悠花はまた着替えさせられていた。どうやら、室内にいる時と外に行くときでは、服が違うらしい。
(コート着ちゃえば、分からないと思うけど……)
そう言ったら、面倒見の良いメイドさんに怒られそうなので黙っておく。買い物には、そのメイドさんも付いてきてくれるようだった。
コートを着込み、馬車に乗り込む。
「今日はあの籠じゃないんだ」
「あれは城のような広い場所でないと置き場に困りますから。その点馬車であれば、私達を降ろした後は御者が面倒を見てくれます。道だって、馬車のために広めに作ってありますから、小回りが効くのです」
「そうなんだ。……それだけ馬車が走ってるってことは、交通事故とか無いの?」
道には他にも馬車が走っている。小回りが効くというだけあって、見かける台数も多い。
「ありますよ。子供が飛び出したりします。大人はあまりありませんね」
「……竜って強いんですよね? 無事なんですか?」
「馬車の話ですか?」
「あっ……そっちになるんだ……」
「馬車に轢かれて危ないのは、子供の方ですね。体重的にも負けてしまって、吹っ飛んでぶつかって泣いてしまうので」
「子供でも強い」
それは確かに、心配するのは馬車の方になるだろう。馬車程度では轢かれても子供が軽く怪我をする程度なのだ。
「じゃあ……大人がぶつかったら……?」
「飛び出したのであれば、勿論弁償することになります。子供であれば大目に見ますけれど」
「そうなんだ……」
車と同じものだと考えれば、馬車もきっと高価だろう。もしかすると、手作業で作っているだけ馬車のほうが高価かもしれない。
そんな事を話しているうちに、馬車が止まる。先に降りたフィンヴィールの手を借りて外に出ると、そこには可愛らしい本屋があった。
「ここは子供向きの書籍があります。他の国には、書店というものはあまり無いのですよ」
そう言われてみれば、確かに今まで本を読んでいるという人は見かけていない気がする。
「本って貴重なんですか?」
「はい。印刷技術が魔法頼りなので、他国ではあまり発展していないのです」
「あー……」
竜なら簡単にできることも、他の国では難しいのだろう。そうなれば本というものは昔ながらの写本に頼らねばならず、生産量もごく僅かなものになる。
「だから、悠花が何冊も本を持っていたので、最初は驚いたのです」
本とは、楽譜の事だろう。そんな事情が当然のところで、何冊も楽譜を持っていたら不思議に思われても仕方ない。
「あれは……植物から作った紙に、印刷してて……植物紙なら材料が分かれば量産できるし、印刷は活版印刷なら魔法に頼らなくてもできるんじゃないのかな」
「聞いたことのない手法ですね。こちらでは植物紙はありますが、魔法に親和性の高い素材を用いて、絵や文字を焼き付けています」
「多分探せば、図説も出てくるし……あ、タイプライターが作れたら、もっと文字を打つのが楽になると思う」
「悠花は物知りですね」
「わたしの知識じゃなくて、わたしの道具で調べられるだけなんで……」
全て悠花の手柄にされてはとんでもない。悠花はただ、多少歴史の知識があり、検索ができるだけだ。
本屋に入ると、ほわりと温かい空気が頬を撫でた。外はやはり、コートを着ていたほうが良いくらいの気温である。店内には重厚な本棚が並び、そこには色も大きさも様々な本が並んでいた。
「こちらです」
フィンヴィールに案内されていくと、急に視界が開けた。そこには悠花の背丈ほどの本棚がいくつか並び、本棚の上にはぬいぐるみも飾られている。本は大人向けのものよりもずっと薄く、色も鮮やかだった。
「わー、かわいい」
「幼児向けのものはこのあたりですね」
フィンヴィールが一冊を手に取り、悠花にも見せてくれた。紙いっぱいの絵に、僅かな文字。確かにこれは子供向けなのだろう。
「家にも図書室はありますが、さすがにこれ程子供向けのものは置いていないので……。いつか悠花が文字を読めるようになったら、きっと楽しいと思いますよ」
「それは楽しみです」
本は好きだ。自分には、まだまだ足りない知識が多すぎる。それを補ってくれるのが授業であり、本だ。携帯を使えば日本のものは色々読めるけれど、何より悠花はこの世界のことを何も知らない。知らなくては、この先も困るかもしれない。何しろ、まだ帰り方は分からないのだ。
「何冊か買っていきましょう。すぐに読めるようになるかもしれませんから」
「なるかなぁ……」
見た限りは、独自性のあるアルファベット的なもので表記されているように見える。そこにどんな法則があるかは、まだ分からない。
「あ、ノートって売ってますか? わたしのルーズリーフ、だいぶ少なくなってて……」
「ええ、それも買って帰りましょう」
流れるように買い物が増えたが、フィンヴィールは嬉しそうだ。
「さあ、次の店へ行きましょう」
「次……?」
今日は本屋だけではなかったのか。それ以上の予定は聞いていない。
「こちらが本命でございますよ、悠花様」
「えぇ……?」
メイドさんにもそう言われ、分からないまま別の店まで移動した。本屋とは違う趣の店には大きな窓があり、美しい服が飾られているのが分かる。
「服屋……?」
「今ある御衣装は、全てサイズが少し合っておりませんから。正しいサイズを計り直し、服も直してもらいましょう。それに今作っておけば、春にはまた可愛らしい服が着られますよ」
「作る!?」
いったい何枚必要だというのか。今用意されているものだけでも、まだ全てを着ていない。
「勿論でございます。季節や用途によっても、御衣装は変えられませんと」
「私では分からないこともありますから、こうして付いてきてもらったのです」
最初から計画的だったということに、悠花は渋い顔をした。
「でも……そんなに、お金使ってもらっても……本だって、買ってもらったし……」
「何をおっしゃるのです! この程度の甲斐性は旦那様でもお持ちですよ!」
「そう! 衣装は殿方に作らせるものなのです!」
(誰か増えた……!)
力説するメイドさんの横に、おばあちゃまといった様子のマダムが居る。綺麗な紫の服は、その結い上げられた白髪によく似合っていた。
「今回はお世話になります、マダム」
「いいえ、将軍様の番ですからね。楽しみにしておりました」
マダムと呼ばれた人は、この店の人なのだろう。悠花はあれよあれよと言う間に奥に連れて行かれ、メイドさんに服を剥かれてマダムにあちこちを計られた。
「あまり見ない肌の色ね。でも、青みの入ったお色なら似合うと思うわ」
「旦那様が作られたのは、だいぶ少女趣味で……」
されるがままにされているとまた服を着せられ、沢山の布が運ばれてきた。
「何色でも構いませんよ」
「まあ、将軍様ですものねえ」
「旦那様は本当に楽しんでおられて……」
悠花を蚊帳の外にしたまま、布が首周りに宛てられ決められていく。
「デザインはどんなものがお好きかしら」
「今のも可愛らしいと思うけど、背伸びだってしたいわよねえ」
「背伸び……?」
「ああ、でも、こんな大きなリボンも可愛らしいわね。着れるのは、今だけですもの」
「え……?」
(何か、勘違いされてる……?)
悠花は、19歳である。日本で言えば立派な成人だ。
「あの……お聞きしたいんですけど……普通の、大人向けってどんなデザインですか……?」
「普通の? そうねえ……」
その場でさらさらとマダムが絵を起こす。そこには大きなフリルもリボンもない、更に言えば丈も短くはないドレスの絵があった。
「今の流行りはこうね。春物の頃なら、きっと肩口がもう少し……」
「あの……わたし、成人してまして……」
「え……?」
その場に居た、誰もが固まった。
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