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危ないところでした

不定期更新、書きたてです。

「おいしい……」


 数日後。悠花はやっと出してもらったパスタを噛み締めていた。カニのトマトクリームである。どうやら『トマト』という食材を探すのに少し手間取ったらしい。


「多少食べにくくはありますが、確かに美味しいですね」


 フィンヴィールは麺になれていないらしく、フォークに巻き付けて食べるのに少し苦労している。


「南の方の食材とは知らなかったので、少し面食らいましたが……色々と使い道のありそうな食材ですね」


 悠花たちの感想を、料理長は嬉しそうに聞いていた。


「野菜のスープに入れたりとか、チーズと焼いたりとか、夏なら冷たいスープにしたり……使い道はかなり幅広いと思いますよ」

「それに、パスタにクリームを使ったことが無かったので、こっちも発見ですね」

「普段はどんなパスタを?」

「賄ですからね。油とニンニク、あとは適当な具材で炒めるだけです」

「なるほど」


 それはそれで美味しそうだが、確かに貴族の食卓に出すものではなさそうだ。


「トマトをレモンに変えても、鶏肉なんかと合いますよ」

「普通のソースで合うものは、色々と合うかもしれませんね。メインが一緒になったような……いや、でも、それだと賄いだ……」


 賄いのレベルを超えた料理を、生みだしてほしいものである。悠花としては賄いレベルでも大変ありがたいが、どうやら料理長のプライドやフィンヴィールの家の格に合わないらしい。


「ラーメンの方はどうですか?」

「スープの研究中です。煮込む時間を変えたり、香味野菜や別の部位の肉を一緒に煮込んでみたり……調理場の若いのは好きな味だと言っていました」

「楽しみにしています」


 ラーメンのジャンクさの虜になるとしたら、若い人だろう。魚介系や貝出汁といったバリエーションを教えれば、そのうちラーメンの種類も増えてくれるかもしれない。早くそこまでの発展をしてほしいものである。


「変わった調味料とかも、探してもらえませんか? もしかしたら……故郷の味に近いものがあるかもしれないので」


 悠花の経緯は、屋敷の人間には軽く伝えられている。お陰でメイドさんには同情され、可愛がられ、料理長も積極的に悠花の食べたい味を再現してくれるようになった。


「メインの後、デザートはプリンをご用意しています」

「ありがとうございます、楽しみです」


 特にお菓子は、再現がしやすいらしい。元々が洋菓子だから、当然とも言える。


「悠花のお陰で、随分と料理の幅が広がってきましたね」


 嬉しそうに言うフィンヴィールの横で、料理長も頷いている。


「わたしこそ、いっぱい作ってもらっちゃって……」

「構いませんよ。むしろ、もっと食べた方が良いくらいです。悠花は少食ですね」

「あんまり食べても太りますし……」

「そんなことはありませんよ」


(太ってる女性の方が好みとかそういうやつ……?)


 食事も、お菓子も、フィンヴィールは悠花に食べさせてくる。どうやら番に食事を与えるのは求愛行動らしい。それにしても、限度がある。


(あんまり太ってもなあ……)


 歌手の体型がふくよかだったのは、もう昔の話だ。必要なのはインナーマッスルであり、脂肪ではない。悠花も年頃なわけで、体積を増やすよりは筋肉で普通体型のまま解決したいものである。

 フィンヴィールは、本当に朝から晩まで悠花にべったりだった。三度の食事とお茶、歌の練習まで一緒にいる。時折メイドさんが「風呂の時間だから」「お着替えが」と剥がしてくれるが、その度に留守番に置いていかれる犬のような目で見つめてくるので良心が痛む。


(いい人……なんだけどなあ……)


 なんだろう、このそこはかとない残念な感じは。顔と声がいいだけに、余計にそう思ってしまう。ただ、態度は塔に居た時と変わらず紳士的で、愛の言葉は口にしても態度で迫ってくるということはない。その点だけは、信用できるなと思っている。


(結婚、するのかなあ)


 男性として見ていると言うよりは、ペットを見ている感情に近い気がする。どうしても、犬のイメージが消えない。それに、いつか悠花は向こうに帰れるのかもしれないのだ。行き来はできるのか? 行ったきりなのか? もし行ったきりだった場合、その時フィンヴィールを置いていけるかは分からない気がした。


(……連れてったら、お父さんもお母さんもびっくりしそう)


 この容姿では、日本のどこにいても目立つだろう。その時までに角は無くなっていて欲しいが、コスプレだと言えば日本でなら通用するかもしれない。


「どうかしましたか?」


 なんとはなしにフィンヴィールの顔を見ていると、視線に気付いたのか小首を傾げられた。


「んー……わたしの国に一緒に行ったら、どうなるのかと思って」

「! その時は最正装でご挨拶に行きましょう」

「うん、完全にコスプレ」


 例え角が無くても、今の格好であっても浮くだろう。それが最正装でもされたら、街中に居るコスプレイヤーにしか思えない。


(連れて行くにしても、課題が多い……)


 もしその日が来たら、浮かない服を事前に作ってもらおうと悠花は決意した。


 食後。悠花はソファに座って楽譜を読んでいた。隣には、同じくフィンヴィールが座って本を読んでいる。


(相変わらず、文字は理解できない……)


 見てみれば、獣人が多めの街の市場で見たような文字とも違う気がする。悠花の視線に気が付き、フィンヴィールが顔を上げた。


「どうしました?」

「いや……文字を覚えたいなと……」

「ではガリュオン公用語の絵本を取り寄せましょう。子供向けのものから始めれば、きっと理解できますよ」

「……公用語以外の文字はどうですか?」

「喋れませんし翻訳されないので、習得はだいぶ難しくなると思いますが……」


(それはまずいなあ……)


 発音もできない言葉を、辞書を片手に覚えなければいけない。それも、まずは辞書の内容を覚えてからである。


「そもそも、どうして翻訳が公用語だけ……?」

「? 他に必要ありますか?」

「いや需要は絶対あるのでは」

「番である私と離れて、外国に行くことはないのに?」

「あ~……そういう事かぁ……」


 この数日で、竜の生態は少し聞けた。曰く、番を離したがらない。……今の片時も離れないフィンヴィールを見れば、納得である。曰く、番が自分以外の異性と2人になることを嫌がる。それはまあ理解はできるし、今のところ不便はない。が、それはどう考えても、1人で遠出もできないという事ではないのか。


「……わたしが1人で旅行したいって言ったら……」

「えっ……」


(ま、またこの顔を……!)


 美人の悲しげな顔というのは、どうしてこんなにも破壊力があるのか。いつかは見慣れると思いたい。


「それは……駄目です」


 指先を握られ、どきりとした。


「貴女と離れている間、私がどれ程辛い思いをしたか……番持ちになった竜は、番と長くは離れていられないのです」

「えぇ……」


 しかし、それでは生活に支障は出ないのだろうか。


「……じゃあ、番が死んでしまったら……?」

「勿論、自分も一緒に亡くなります」

「勿論!?」


 後追いでもするのだろうか。そう考えると、その激重感情が恐ろしい。


「じゃあ、もし、わたしが…………」

「…………」


 悲しげに微笑む表情だけで、言葉は要らなかった。


「貴女無しでは、もう私は生きていけないのです」


 そう言って指先に口付けられ、言葉にならない言葉が悠花の口から漏れる。


「はい、そろそろ悠花様は就寝のご準備をされるお時間です」


 突然そこに割って入ったメイドさんの声に、悠花は反射的に立ち上がった。


「お、おやすみなさい……!」

「ええ、おやすみなさい。良い夢を」


(危なかった、危なかった、危なかった……!)


 蕩けるような、自分だけを見つめてくる金色の瞳。優雅な仕草で落とされた口付け。悠花には縁遠かったものが押し寄せ、混乱する。

 メイドさんに連れられて部屋に戻る間も、悠花の頬は熱くなったまま戻ることはなかった。

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