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健康診断をしました

不定期更新、書き立てです。

「誤解をしないでください、本当に私の番は貴女だけで、彼女はまだ子供で番に対する感情を本当には理解ができておらず、私を見る度に自分が番だと」


 走り去っていった美少女を見送っていると、フィンヴィールが早口で説明をしてくる。


「番以外を好きにならないって訳じゃ無いんですね」

「誤解です。彼女はまだ、『憧れ』以上の感情を知らないだけなのです。もし番に出逢えば、正しい気持ちを理解してくれると思うのですが」

「そうなんだ……」


 しかし可愛かった。とんでもなく可愛かった。踊り子ちゃんも可愛かったが、また全く系統の違う美少女である。


「仲良くなれないかなー」

「えっ…………そうですね、まあ、年回りで言えば……ヒトの貴女と、精神的には近しいのでは……」


 フィンヴィールが言葉を濁しているのにも気付かず、悠花は上機嫌で城の廊下を歩いていった。



「遅かったね」

「ロウシーンに見つかりまして……」

「ああ……」

「あの可愛い子、ロウシーンちゃんって言うんですね」


 名前が分かって嬉しい。悠花が上機嫌でいると、部屋の主、ケルノンが微妙な顔をした。


「……え? あの子のこと、気に入ったの……?」

「はい! 可愛いので! とても可愛いので!」


 可愛いは正義である。できれば仲良くなって、ロリータ風の衣装とか着てくれないだろうか。想像してにこにこしていると、すっとフィンヴィールがすり寄ってきた。


「私は……」

「はい?」

「私は、可愛くはありませんか……?」


 潤んだ眼の美人に言われても、相手は男性である。しかし、適当にごまかしておかなければ面倒くさくなる気がした。


「あー……(アホな大型犬っぽい)可愛さは、ありますね……?」

「そうですか……!」


 一瞬でフィンヴィールの機嫌が直り、悠花はゴールデンレトリバーの垂れた耳と思い切り振られるしっぽが見えた気がした。


「……うん、健康診断をしようか」


 部屋に、どこか呆れたケルノンの声が響いた。



「うーん、調べる限り健康だねぇ」

「良かった……!」

「奴隷にされてた時、何もなかったかな?」

「あ、やっぱりあれ奴隷だったんですね……」


 薄々そうではないかと思っていたが、やっとはっきりした。しかし、何もなくて良かったとは思う。悠花の知る世界より、ずっと人の命が軽い世界。一歩間違えば、どんな酷い目に遭っていたか分からない。


「変なおじさんの所に連れて行かれて、荷物も全部取り上げられて……それで、フィンヴィールさんの胸にあったみたいな、気持ちの悪い針を刺されて……」

「フィンヴィール」

「はい?」

「いえ、どうかフィンと。そのような他人行儀な呼び方をしないでください」

「それ後でやってくれる?」


 蕩けるような笑みを浮かべて悠花の手を握るフィンヴィールに、ケルノンの無関心な声がかけられる。


「……はあ。まあ、フィンと同じような針を……」


 フィン、と呼んだ途端、擬音が見えそうな程にフィンヴィールの笑顔が輝いた。


「あーあれね。痛かったでしょ? 今は無い?」

「特に痛くは無かったですけど、気持ち悪かったです。針はあの砂漠の国を出る直前に抜かれました」

「証拠隠滅だねえ。あれ、国にもよるけど大体違法なんだよ」

「あー…………あの、わたしを誘拐したおっさん、天罰が当たればいいのに……!」

「ああ、その件なら心配要りませんよ。領主も把握しておられますので、近日中に然るべき処遇になるでしょう」

「えっ、捕まってた」

「はい。……ああそうだ、あの男が奪った貴女のものは、できる限り取り戻しました。近い内に貴女のもとへ戻ると思います」

「本当ですか!?」


 それは、一番嬉しい知らせだった。楽譜があれば、勉強に苦労しない。喜ぶ悠花を見て、フィンヴィールが嬉しそうに微笑む。


「ところで、ひとつ聞いていい?」

「はい」

「針を刺されて、相手の言うことを無視して、気持ち悪かった(・・・・・・・)ってどういうこと?」

「? なんか、刺されたところがむずむずするっていうか……言葉に言い表せない不快感で……!」


 あの時の気持ち悪さを思い出し、悠花の眉間にシワが寄った。しかしケルノンは、何かを考え込んでいる。


「ごめんね、ちょっと診せてもらうね」

「? はい」


 健康診断は終わったのではなかったのか。不思議に思っている悠花の胸のあたりを、ケルノンがじっと見つめた。


「私の番を不埒な眼で見ないでください」

「うるさい。黙ってて。…………はあ、信じられない」

「え……何かまずい事が……?」


 難しい顔をしたケルノンが、床に視線を落とす。どうやらその頭の中では、何かを激しく思考しているようだった。


「結論から言います。君には魔臓がありません」

「なんですかそれ」

「あー……そこからかぁ。あのね、僕たち人間は胸のあたりに魔臓って器官があるの。大きさとか性能とかは人それぞれで、そこから身体中に魔力回路が伸びてるんだけど」

「え……心臓とは別に、そんな大きな臓器があるってことですか……?」


 人体に、どうやって収納されているのか。悠花の保険知識では、想像すると少し気持ち悪い。


「物理臓器じゃないよ。魔力臓器。照準を合わせないと見えないシロモノ。で、普通の人間は大なり小なり持ってるの」

「はあ。でもわたし、この世界の人間じゃないので……」

「うん。魔臓が無い人間って居ないから、それは確かなんだと思う」

「……おかしくはありませんか? 魔臓が無いとしたら……悠花の魔力は?」

「はい?」


 フィンヴィールの言葉に、悠花は耳を疑った。


「魔力? わたしが? 無いんですよね?」

「ううん、普通のヒトよりはてんこ盛り」

「てんこ盛り!?」


 信じられない言葉だ。悠花はこの世界の人間ではない。


「ところがね、君の魔力が一番最初に計測されたアガリスでは、魔力はほぼ無しと判定が出ている。しかし今は、ヒトとしてはあんまり見ないくらいの魔力が見える」

「何で!?」


 そんな力が本当にあると言うのか。悠花はまじまじと己の手を見つめた。


「はい、じゃあここで実験です。2人ともちょっと立って」


 ぱちりとケルノンが手を叩き、何だか分からないまま悠花はフィンヴィールとソファから立ち上がった。


「じゃあ、ちょっとフィンヴィールを全力で突き飛ばしてもらえる?」

「え」

「本当に思いっきり、全力で」


 そう言われても、本当にやっていいのか。フィンヴィールを見上げると、問題ないというように頷かれた。


「じゃあ……いきます。えいっ!!」


 全力で突き飛ばしても、フィンヴィールはびくともしない。


「非力で、とても可愛らしいですね」


 悠花がじゃれているように見えたのか、フィンヴィールは嬉しそうに笑っている。


「うん。非力だね。さてフィンヴィール。昨日も君はこの子に突き飛ばされたね」

「いきなりあんなことされたら、誰でもびっくりしますし……」

「うん。問題はその後。フィンヴィール、どうして(・・・・)君は吹っ飛んだ(・・・・・・・)?」

「…………そうですね。あり得ない。あり得るはずがない。いくら私の魔力が減退してるとは言え、それでも彼女よりはずっと上。こんな非力さで私を押し切る事ができる筈もない」

「えっ」


 確かに、フィンヴィールは床に転がった。突き飛ばしたのは悠花だ。


「……昨日は、不意を突いたからで」

「それだけでは説明できないのですよ。ヒトの力が、竜に敵う筈がない」

「うん。それでね、魔臓は無いんだけど、君は身体全体まんべんなく魔力があります」

「はい?」

「普通は身体に沿って、魔臓から伸びた魔力回路が見える。でも君は、なんか身体全体まんべんなく魔力」

「どういうことです!?」


 何だそれ気持ち悪い。自分の身体が自分の知らないもののようで、悠花は鳥肌の立った二の腕を思わず撫でた。


「んー……多分、僕の推察だと……フィンヴィールの魔力が妙に戻らないのと連動してる」

「私の?」

「うん。多分だけど、君の魔力を番が吸ってる」

「吸ってないですが!?」

「概念的な話だよ。君は異世界から召喚された。世界の壁を超える時に一度全てがバラバラになって、こっちの世界に来てフィンヴィールの魔力で再構築されたんじゃないかなって。だから君は全身に魔力が染み渡り、召喚者であるフィンヴィールの魔力と結びついて、それを常に吸って……もしかしたら、こちらの世界に身体を馴染ませているのかもしれない」

「…………」


 理解ができなかった。一度バラバラになった? 再構築された? そんなこと、信じられる訳が無い。


「……ケルノン、そう一度に言っても、悠花が困ります」

「そうだね。僕ちょっとさぁ、実験思いついちゃったから、そろそろ帰ってもらっていい?」

「相変わらず、唐突な……」

「君の番の魔力に対する仮説の裏付けだよ。じゃあ僕、協力者を探しに行くから! 結果が出たら報告するね!」


 うずうずするのを隠しもしないで、ケルノンは小走りに部屋を出ていった。


「……今日は帰りましょう。一度、ゆっくり考えても良いんですよ。時間はありますから」

「うん……」


 飲み込みきれない。自分の身体が、自分のものじゃないような気がする。


「あ、でも、何で昨日突き飛ばせたのか聞いてない……!」

「……また後日、嫌でも呼ばれますから……その時に、聞きましょう」

「うん……」


 頭が痛い。情報量が多すぎる。深く溜息を吐いた悠花を、フィンヴィールが心配そうに眺めていた。

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