超美少女に会いました
不定期更新、書きたてほやほやです。
「……やっぱり、夢じゃないなあ……」
翌朝。目覚めても変わらない天井に、悠花は息を吐いた。
(番? わたしが?)
あの砂漠の国で閉じ込められているよりはいい。言葉だって分かるようになった。しかし、情報量が多すぎる。
とりあえず悠花の常識範囲外の種族が暮らしている世界なのは理解している。だが一種族の生態など、知っているわけもない。鉄仮面がとんでもない美人だったのも、求婚されたのも、まだ受け止めきれないでいる。あの場で求婚だけは断った自分を褒めたいくらいだ。
(……あんな人に求婚されるとか……ビジュアルが暴力過ぎる……)
長いまつ毛に縁取られた、蕩けるような金色の瞳。それが自分だけを見つめてくるのだ。悠花にはインパクトが強すぎる。照れくさくて、すぐには取り合えない。
昨日のことを取り止めなく思い出していた悠花の耳に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「ああ、もう起きていらっしゃったんですね。入室しても?」
「まだ無理です……!」
よく自分は、あの男の鉄格子を挟んだ隣で眠れていたものだと思う。素顔を知ってしまった今、寝起きの姿を見られたら恥ずかしくて死ぬかもしれない。
「人を寄越しましょう。身支度ができたら、食堂へ。朝食を一緒に」
「はい……」
フィンヴィールの気配がドアから離れてすぐ、また誰かがドアを叩く。
「お支度のお手伝いに参りました」
「ありがとうございます……」
入室を許すと、お仕着せを着たメイドらしき者が部屋へと入ってきた。
「寝起きを見ようとするなんて、旦那様はダメですねぇ。さあ、お顔を洗って支度をしましょうね」
「はい……」
年配の、少し恰幅の良いメイドは、どうやらフィンヴィールを昔から知っているような雰囲気だった。洗面器に入れてもらったお湯で顔を洗い、ふと顔を上げると、窓の外が白い。
「え、雪……?」
「冬ですからね。この国は大陸の北限、雪はよく降りますよ。お城へも、暖かくして行きましょうね」
そう言われても、悠花は服など持っていない。しかし顔を洗い終わると、メイドはクローゼットから服を何着も出してきた。
「これ……」
「旦那様の勇み足です」
生活に不自由はさせない、と確かに言っていた。これもその一環なのだろう。
「ごめんなさいねぇ、本当ならあなたの好みだってあるでしょうに、浮かれきっていて」
「いえ……着れるだけでも、ありがたいです」
適当に選んだ一着を着せてもらう。髪もハーフアップにされて、どこか余所行きな気分になった。
「まあ可愛らしい。旦那様も喜ばれますよ。……そりゃあもう」
青みのピンクがかった、可愛らしい服。悠花の感覚で言えば子供っぽい気もするが、こちらの基準が分からない。
支度の終わった悠花が食堂に案内されると、そこには既にフィンヴィールが待っていた。
「なんと可愛らしい……!」
「ほら、大喜びでしょう」
「はあ……」
飼い主が帰宅した時の大型犬のように、フィンヴィールが悠花の前までやってきて目を輝かせる。
「さあ、朝食にしましょう。貴女の好きなものも、嫌いなものも、教えてください。食べたいものがあれば、勿論それも」
手を取って席に座らされると、さっと籠に乗ったパンが置かれた。
「いい匂い……」
バターと小麦粉の香りに、急に空腹を覚える。あの砂漠の国の、オリエンタルな食事も美味しかったが、慣れているのはやはり洋食の方だ。
パンを千切ってジャムを塗り、口に入れる。とても美味しい。嬉しそうにパンを頬張る悠花を、フィンヴィールはにこやかに眺めていた。
「あまりパンばかり食べて、他のものが入らなくなりますよ」
「えっ、まだ他にも?」
「貴女がここに来ると知って、料理長が張り切っていましたから」
そんな事を話していると、スープ皿が置かれた。野菜と肉の、暖かくなりそうなスープだ。
「こっちも美味しい……」
ふうふうと湯気の立つスープを口に運びながら、悠花はしみじみと呟いた。
「食べられないものはありますか?」
「あんまり、無いと思いますけど……」
「では、食べたいものは?」
「…………お米?」
こちらに来てからずっと、米には出会えていない。洋食でも美味しく頂けるが、やはり口に慣れた和食は恋しい。
「それは……どういった食べ物ですか?」
「あっ……無さそうですね。ならいいです」
ここは異世界である。無理を言っても仕方ない。
(二度と食べられないのか……お米……)
しかし懐の深い和食は、米だけではない。パンがあるなら小麦粉がある。小麦粉があるなら、作れるものもある。
「……それなら……うどんとか、ラーメンとか……」
「……作り方が分かるのなら、作らせましょう」
「ぜひお願いします」
フィンヴィールの言葉に、悠花は食い気味に答えた。
「でも、普通にこういう食事も好きですよ。パンも、野菜も、果物も……わたしの世界と、変わりはありませんから」
「それはよかった。食後はホットチョコレートがありますから、お腹に余裕を持たせてください」
「チョコレート……!」
またあれが食べられるのか。砂漠の国では果物は貰えたが、菓子の類は見ていない。目をきらめかせた悠花に、フィンヴィールは嬉しそうに笑った。
チョコレートを楽しんだ後は用意されていた防寒具を着込み、風を通さなさそうな籠に入れられ、悠花は城に行くのを待っていた。
(馬車とかじゃないんだ)
悠花の知っている交通手段は、徒歩か馬車くらいのものだ。この籠で、どうやって移動するのか分からない。
(魔法とか、そういうやつ?)
籠の中は、床にも壁にもクッションが敷き詰められていて快適だ。狭いところは落ち着くし、何もなければお昼寝でもしたいくらいだった。
「お待たせしました。準備はいいですか?」
「うん」
籠の小窓からフィンヴィールの顔が覗き、外から戸に鍵がかけられる。
「では出発しましょう」
(あれ、フィンヴィールは中に入らないんだ?)
不思議に思っていると、窓の外のフィンヴィールの姿が見る間に変わった。
「!?」
黒光りする鱗に包まれた巨体。恐竜のような顔。まさしくそれは、悠花を砂漠の国から攫ってきたドラゴンそのものだ。
(お前かーーーー!!)
「最初は少し揺れますが、大丈夫ですからね」
「あ、はい」
恐ろしいドラゴンから、普通にフィンヴィールの声がする。
(まあ……顔がほぼ動物の人だって居たんだし、ドラゴンに変身する人もいるか……)
悠花の常識が通じないのは、もう身に染みて分かっている。とりあえずドラゴンが人を襲わない理由も分かったので、悠花は深く考えるのをやめた。
悠花が降ろされたのは、お城の広場だった。籠がそっと降ろされると、人の姿に戻ったフィンヴィールが窓から覗き込む。
「怖くはありませんでしたか?」
「それは別に。他のこと考えてたし……」
「怖くないのなら良かった。籠は預けていきますので、ここから少し歩きます」
「はい」
雪が降っている。しかし雪は、空中である程度の高さまで来るとふつりと溶けてしまう。
(そういえば、ここも寒くない……)
随分と上空だったはずなのに、籠だって寒くなかった。きっと何か、魔法がかかっているのだろう。
フィンヴィールに連れられて廊下を歩いていると、どこからか甲高い子供の声がした。
「フィンヴィール様……!」
「あー……」
名を呼ばれ、フィンヴィールが微妙な声を出す。
(……めちゃくちゃ美少女……!!)
声のした方を振り向くと、そこには絶世の美少女が居た。ピンクから毛先だけ水色にグラデーションする、艷やかな髪。瞳は菫の紫で、美しいのにまだ幼さを残したアンバランスさが堪らない。
「か、可愛い……」
「フィンヴィール様、いらしていたんですね」
「……ええ、はい、彼女の具合をケルノンに見せに……」
「あれ、フィンヴィール様の瞳が…………金」
近付いてきた美少女が、呆然とした顔でフィンヴィールの横に居た悠花を見た。
「フィ、フィンヴィール様の番は私ですから……!」
「どうぞ!」
「違います!」
美少女はみるみる大きな目に涙を溜めると、走り去っていった。




