知らない人は知ってる人でした
「ど……どうして私とは結婚できないと……」
角の男の顔が青褪め、悪いことをしているような気分にさせられる。しかしそんな事を言われても、無理なものは無理だ。
「……番とかわたしには分かりませんし、そもそも初対面の人となんて……」
「初対面じゃないよ、この子」
「え」
横から口を挟んだ片眼鏡の男の言葉に、悠花はそちらを見た。
「君さ、アガリス……分かるかな? ヒトばっかりの国の塔に閉じ込められてたでしょ」
「!」
(なんで知ってるの!?)
悠花のこちらへ来てからの動きは、ほとんど誰も知らないはずだ。しかし、あの塔には悠花の他に、もう1人住人が居た。
「君が知ってる人物とは髪の色も違うけど、君が知ってる人物だよ」
「……あなた、鉄仮面さん……?」
角の男に静かに問いかけると、男は青褪めた顔を笑顔に一転させた。
「はい。私はこのガリュオンの民、森人の子フィンヴィール。……ずっと貴女に名を告げたかった。貴女の名を尋ねても?」
「……波多野、悠花です。いやでも、鉄仮面さんに角なんて……」
「これは怪我の後遺症です」
悠花の言葉に、フィンヴィールが苦笑する。
「本来、大人の竜に角はありません。ずっと小さな子供にも角はありません。成長の段階のほんの一時、角が生えるだけです。しかし私は怪我を負い、全盛期の肉体には未だ戻っておりません。しばらくこの髪も角も、そのままだと思いますよ」
「怪我……」
「はい。貴女の作ってくださった【清浄】の魔法陣には随分と助けられました。あれが無ければ、私はもっと早くに力尽きていたでしょう」
「あ……」
あの図を知っているのは、鉄仮面しか居ないだろう。ダメ押しに鉄仮面の髪を結ったハンカチを見せられ、悠花はやっと目の前の男が鉄仮面なのだと納得した。
「……良かった。助かってたんですね」
「はい。貴女のおかげです。貴女の献身的な看病が、貴女の存在が、私を保たせてくれていたのです」
ずっと気になっていた。自分が手紙を届けても、鉄仮面は助かったのかどうか。自分ひとりで逃げてしまって、ずっと後ろめたかった。
「……良かった」
「ああ、どうか泣かないで」
零れた涙を見て、フィンヴィールが狼狽える。それはやはり檻の向こうの鉄仮面のようで、悠花は微笑んだ。
「話は分かりました」
「では……」
涙を拭い、そう言葉を続けた悠花に、フィンヴィールの表情が嬉色に染まる。
「それはそれとして、やっぱり結婚までは無理です」
「何故!?」
「わたしがあなたを知らないので、全く考えられないです。ごめんなさい」
悠花は、ただの学生である。結婚なんて、今まで考えたこともなかった。それを唐突に言われても困るし、何より知らない相手と結婚はしたくない。
「お友達から、はダメですか? 好きでもない人と結婚はちょっと……」
「あれ、君はこの子の番だって自覚してたんじゃないのかい?」
「え?」
片眼鏡の男が、横から口を出す。
「だって、食事を口に入れてあげたって」
「しましたけどそれが?」
(怪我人で動けなかったんだし、別におかしいことじゃないよね)
悠花が首を傾げていると、男はフィンヴィールを可哀想な者を見る目で見た。
「フィンヴィール、諦めよう」
「どうして!?」
「だってこの子、竜のこと何も知らないよ。君が話してた色々……多分、自覚がない」
「そんな……」
絶望的な顔をするフィンヴィールに、やっぱり悪いことをしている気になる。
「私は、貴女もてっきり自覚があるものだと……」
「……別に、特別なことはしてないですよね?」
「……私に、食事を食べさせてくれたり……」
「1人では無理だったからですよね?」
「私の髪を結ったり……」
「邪魔そうだったからですよね?」
「……フィンヴィール、僕ちょっと君に同情しそう」
さめざめと顔を覆ったフィンヴィールの肩に、片眼鏡の男が手を置いた。
「ああ、まだ自己紹介をしてなかったね。僕はケルノン。この子の師匠とかそういうやつ」
「……それ、ほぼ全ての竜に当てはまるのであんまり良い説明じゃないですよ」
はあ、と息を吐いてフィンヴィールが顔を上げる。
「彼は多分世界で一番魔法に長けています。きっと貴女の力になってくれますよ」
「そうだね。世界を渡ってきたっていうのは、僕も聞いたことがない。調べるのには少し時間がかかると思うけど」
「大丈夫です。帰れるなら、それで……」
そこまで言って悠花は気が付いた。待つ間、どこで過ごせば良いのか分からない。
「……あの、お仕事って紹介して貰えますか……?」
「どうして?」
「調査が終わるまで、泊まったりするのにもお金が要りますし……」
悠花の言葉に、ケルノンが優しく微笑む。
「君の事は心配しなくていいよ。この子が全部面倒見てくれるから」
「え、でも……」
「貴女は私の番なのです。貴女に何一つ不自由させるつもりはありませんよ」
フィンヴィールの、美人の笑顔の破壊力がとてつもない。しかし、そんな理由でお世話になるわけにもいかない。
「……でも、本当に番ってやつかどうかも分かりませんし……」
「それは確定だねぇ」
「!?」
ケルノンに即答され、悠花は眉間にシワを寄せた。
「な、なんで……」
「僕たち竜はね、番を前にすると眼の色が変わるんだ。ほら見てごらん、この浮かれきった金色」
「私の目の色は、違う色なんですよ」
「う、うそ……」
「リオーダン、肖像画をひとつ持ってきてください」
「畏まりました」
フィンヴィールが、壁際に居た執事スタイルのナイスミドルに声をかける。リオーダンと呼ばれた壮年の男は、一礼して場を辞すと、すぐに一抱えもあるような肖像画を携えて戻ってきた。
「どうぞ。こちらが本来の私です」
「え……全然違う……」
そこに描かれていたのは、艷やかな黒髪にエメラルドの瞳をしたフィンヴィールだった。確かに角も無い。
「……確かに、こっちなら鉄仮面さんだって分かるけど……」
それでも、瞳の色は違う。
「君の前でだけだよ。アガリス……フィンヴィールが捕まっていた国で、君を見てフィンヴィールの眼の色が変わったから、君が捕らえられたんだと思う」
「え……」
あの時。広場で捕まっていた男が、こちらを見、何かを叫び、そうして兵士がやってきた。
「……そう言えば、ずっと忘れてましたけど、一番最初は叫んでましたよね……?」
「ああ……」
悠花の言葉に、フィンヴィールが苦笑する。
「貴女が捕まった後、魔法で喉を潰されたのです。貴女の歌だって、ずっと褒めたかったのに」
「……あの国は、そんな酷いことを……」
「大丈夫、もう跡形も残ってないよ!」
「え」
ケルノンの笑顔に、悠花は言葉を失った。
「もともと小さい国だったし……そうだ、君あの塔からよく逃げられたよね。大変だったでしょ」
「あ……そうですね、自分でロープを作って、壁を降りて……途中でロープが切れたときは、終わりかと思ったんですけど」
「怪我はありませんか!?」
「無いです。思ったよりも降りてたみたいで……ちょっとの尻もちで済みました」
「…………」
気が付けば、ケルノンが真剣な目で悠花を見ている。
「あの……?」
「まだ判断材料が少ないや。とりあえず今日はゆっくりしてもらって、明日は健康診断をさせてもらってもいいかな」
「あ、はい……」
「じゃあフィンヴィール、あんまり構いすぎると弱るからね?」
「……分かって、います……」
2人の雰囲気は、確かに教師と生徒のようだ。
「まずは休養を取りましょう。軽く摘めるものを持ってこさせましょうね」
「……ありがとう、ございます……」
フィンヴィールの言葉に、本当に甘えて良いのかが分からない。しかし自分の状況すらまだ掴めていないのだ。悠花は大人しく、嬉しそうに微笑むフィンヴィールの言葉を受け入れた。




