キャパシティを超えました
4章です。
ぼんやりと目を開けると、色彩が見えた。白に散る、赤や黄色や緑。なんだろう、とそれをじっと見つめて――……。
「何!?」
悠花は飛び起きた。眼の前にあったのは、知らない天井画である。
「え……ここどこ……?」
自分はドラゴンに食べられたのではなかったのか。辺りを急いで見回せば、悠花は綺麗な部屋に寝かされていた。白を基調とした、しかし華やかなボタニカルのストライプが美しい壁紙。天井は漆喰の彫刻と、天井画が彩っている。下を見れば、ふかふかした大きなベッド。床は絨毯だ。
「どこ……?」
全く知らない部屋である。服もそのまま、生贄になるために着せられたままだ。
(ドラゴンの巣? でもドラゴンがこんな文明的なワケある?)
自分はどうしてここに居るのか。あのドラゴンはどこに行ったのか。何も無い情報からどうにか現状を読み取ろうとしていると、ドアが叩かれた。
「え……」
誰かがいる。それも、『ドアを叩く』という文化がある者が。悠花が警戒して身を硬くしていると、ゆっくりとドアが開いた。
(…………誰?)
そこには、見覚えが全く無い人間が数人居た。温厚そうな片眼鏡の男と、灰色の長い髪の男が目立って見える。
「――、―――――――――!」
「え」
灰色の髪の男が、嬉しそうに悠花に駆け寄って来た。
(すごい美人だ……)
男なのは、体付きと服装からなんとなく分かる。それにしても線が細く、顔は女性と言っても通るだろう。そして――角である。灰色の髪とは対象的な、黒い鱗の付いた角。それはどこかで、見覚えがあるような気がした。
(角のある人も、居るんだ)
獣人では稀に見かける。しかし顔付きがもっと、獣に近い人だ。普通の人間の容姿に、角だけが生えている人は今まで見たことがなかった。
「あの……」
悠花が声をかけると、金色の瞳が嬉しそうに細められる。
(いや……誰……!?)
自分をそんな顔で見てくる人を、悠花は知らない。もう1人の片眼鏡の男を見やると、静かな微笑みを湛えたままこちらを見ている。
(どういう状況!?)
分からないまま焦っていると、角の男が悠花の手を優しく取った。どうやら立てと言っているらしい。
「立て……ますね。うん」
足の裏に感じる、絨毯の感触。あちこち見回してみても、特に怪我はしていないようだった。
「で……ここはどこですか……?」
聞いても分からないだろう説明。しかし、何も分からないままでいるのは気持ち悪い。悠花が首をかしげると、角の男が悠花の腰をそっと抱いた。
「え?」
にこり、と悠花に微笑んだ笑顔は、本当に美しい。
(まつ毛なっが……)
間近で見る男の顔は、悠花が今まで会った誰よりも整っていた。灰色ではあるが、光にきらめく髪。蕩けた蜂蜜のような瞳は――……。
(あ、鉄仮面さんに似てるんだ……)
不意に、記憶の底から自分をそんな目で見ていた男を思い出した。しかし彼の髪は黒く、角だって無い。他人の空似だろう。
男は少しはにかんだように表情を変えると――そのまま悠花に口付けた。
「んんっ!」
唇に、軽く触れるだけの口付け。触れた瞬間、何故か喉がカッと熱くなった。
「何するの……!」
悠花が、反射的に男を突き飛ばす。顔が良いからと言って、許されないこともある。男は不意を突かれたのか、床へと転がった。
「……何故……」
「何故も何も無いよ! なんで…………『何故』?」
今、言葉が聞き取れはしなかったか。角の男が呆然としているのを見て、片眼鏡の男を見る。
「あー、僕の言ってること、分かるかな?」
「!」
言葉だ。悠花が久しぶりに聞く、他人の言葉。悠花は激しく頷いた。
「ごめんねぇ、本当なら今の術、指先でできるんだけど……この子、今カスみたいな魔力しか無くてねぇ」
「言い方を考えてください……!」
立ち上がった角の男が、片眼鏡の男を睨みつける。
「うるさいよ。説明するから黙ってて。君だと何を言うか分かったもんじゃない」
やれやれ、と言ったように、片眼鏡の男が息を吐いた。
「長話になるから、座って座って」
そう言いながら、自分もベッドの脇にあった椅子に腰を下ろす。どこが気が抜けたような雰囲気と喋り方は、あまり警戒心を刺激されない。悠花は言われた通りに、ベッドに腰掛けた。
「ちょっとショックが大きそうだから、この子がやったことから説明するね。あれは【翻訳】の魔法。君の喉と耳に魔法がかかって、僕たちの国の言葉は君の母国語に。君の母国語は僕たちの国の言葉に聞こえるようになっている」
「あ……」
だから言葉が急に通じるようになったのか。悠花は視線で話の続きを促した。
「それでね、本当なら指先ひとつでできるような簡単な魔法なんだけど……この子、怪我の後遺症で魔力が全然戻ってないんだ。だから喉に近い場所……唇に直接触れるしか方法が無くてね。びっくりしたよねぇ」
「その魔法…………あなたがやるんじゃ、ダメだったんですか……?」
「うん、無理」
「無理!?」
「その魔法は、僕たちがツガイと意思疎通するためのものだから、ツガイ以外の人間がやるなんてとんでもない事だよ」
片眼鏡の男は、【翻訳】の魔法だと言った。しかし、悠花に理解のできない言葉が混じっている。
「……『ツガイ』……?」
「おや、君の住んでいた場所では聞いたことが無かったかな?」
「無い、です……」
「そっかそっか。後でいったん、お家まで帰ろうねぇ」
「帰れるんですか!?」
それは、最早悠花が諦めかけていた事だった。スマホで見れば、相変わらず家族は自分を探してくれている。しかしそれに何も言うことができなかったのだ。
「勿論だよ。後でこの子にお家まで送らせるから。それで、君はどこの国から来たのかな」
「わ、わたしは、日本の…………」
そこまで言ってふと気付く。片眼鏡の男は『国』と言った。悠花が知っている世界とは、国の差なんて生易しい差ではない。
「…………わたし、多分、違う世界から来ました……。『日本』なんて国、ありませんよね……」
膨らんだ希望が、みるみるしぼんでいく。他の『国』には行けても、他の『世界』に行けるとは言われていない。青褪めた悠花の言葉に、片眼鏡の男が真剣な視線を向けた。
「……世界? どうしてそう思うの?」
「わたしが居た国……ううん、世界中どこを見たって魔法なんか、無い世界で…………」
「魔法が無い……」
悠花の言葉に、片眼鏡の男が考え込む。
「うーん、いったん持ち帰らせてもらおうかな。判断材料が少なすぎる。ただ、君がお家に帰れるよう、色々やってみようね」
「ありがとう……ございます」
悠花の目から、涙が溢れた。ずっと何も分からなかった。季節が変わって、厳しい世界に放り出されて、言葉も何も分からずに来た。それが、やっと小さな希望が見えたのだ。安堵と、帰りたいという思いが堰を切ったように流れていく。
「ああ、心配しないで……貴女の事は、必ず私が守りますから」
角の男が、床に膝を付いて泣く悠花の手を握った。
「結婚の挨拶はきちんとしましょう。貴女を貰い受けるのに、相応しい男だと言葉を尽くして説明します」
「…………え?」
別角度から殴られたような衝撃的な言葉に、思わず涙が止まる。
「……結婚……?」
「ええ、貴女は私のツガイですから。一生をかけて貴女をお守りします」
美しい男が、自分に向かって求婚している。信じられないような光景だが、現実である。
「……さっきも言ってましたけど、『ツガイ』って……」
「私達竜は、長い生の中で唯1人、心を奪われる相手が居るのです。それが『番』。竜の中でも幸運な者だけが出会える、運命です」
「は? 竜?」
「ああ、見た目じゃヒトかどうか、区別が付かないよねぇ。でも正真正銘、僕たちは竜。姿を変えることもできるよ」
「は?」
思考が付いていけない。悠花の思う『人間』ではないのは、角が生えていることで理解はできた。しかし、それ以外が全く飲み込めない。
「貴女は私の運命、一目見たその瞬間から、貴女の事が忘れられないのです」
金色の瞳が、蕩けたように自分を見ている。しかしこの男は初対面だ。全く知らない相手だ。
「と、とりあえず無理なんで結婚は却下で――!!」
キャパシティを超えた悠花は、差し当たって一番問題がありそうな事柄をすっぱりと切り落とした。
ついにストックが尽きたので、ここから不定期更新となります。
3日に1回は更新できると…いいな…。
ブックマークや評価をよろしくお願いします。




