番と
2話目です。
(彼女は、まだでしょうか……)
悠花を渡すと言われたものの、なかなかその姿は見えない。フィンヴィールは身体を縮こまらせて、中庭で大人しく待っていた。
やがて、女たちに伴われて人影が見えた。
「!」
忘れるはずもない、愛しい姿。一瞬で瞳が金に染まる。
(彼女だ……)
髪は少し伸びたのだろうか。サハリール風の衣装に、髪は纏められてベールをかけられている。血色も身なりも悪くはない。奴隷とは言え、それなりに大切にはされていたのだろう。その身を宝飾品が飾っているのが少し気に入らなかったが、王は約束を果たしてくれた。
「ありがとうございます。これで無事に彼女を連れ帰れるでしょう」
用意してもらったのは、バスタブだった。ガリュオンであれば専用の籠があるが、仕方ない。しかし硬いバスタブの底にはクッションが敷き詰められ、番も不快な思いはしないだろう。
戸惑いを隠せない顔の番が、宦官であろう男によってバスタブに抱え入れられる。気に入らない光景だが、自分で直接掴んで入れるよりはマシだと思えた。
「この御恩は必ず。長き生で忘れないと誓いましょう」
「……早く行け」
「はい。ありがとうございます。サハリールの偉大な御方」
サハリールの王は不機嫌そうだが、こういう顔なのだろう。
「では行きましょうか。私の国へ」
バスタブを持つと、番の顔色が一際悪くなる。翼を羽ばたかせて飛び立つと、番が不安そうにバスタブから地面を見下ろした。
「ガリュオンまではすぐです。心配は要りませんよ」
通じないと分かっていても、番に声をかける。もう少しで、会話だってできるようになる。あの可愛らしい声で名を呼ばれたら、どれほど嬉しく思うだろう。
「貴女は何がお好きですか? 貴女に、贈り物をいっぱいしたいのです」
他の人間が贈った花束でなく、サハリールの王が贈った装飾品でなく、自分が贈ったもので満たしたい。番が居ると言うことは、それだけで幸福だ。
(ケルノンの実験が、上手く行けば良いのですが……)
全ての竜が番に出会える幸福を味わって欲しい。自分だけではどこか後ろめたい気がする。
「貴女のお部屋も、勿論用意してありますよ。気に入らなければ、何でも言ってくださいね」
バスタブの縁にもたれかかる番の姿は、あまりに小さくて可愛らしい。
「ああ……愛しています」
フィンヴィールはたまらずに頬を擦り寄せた。
「うん?」
と、番が横へ倒れ込む。ぼふりとクッションに埋もれた番は、気絶しているように見えた。
(高い場所が苦手だったのでしょうか……。悪いことをしてしまいました)
番を入れて運ぶ専用の籠は、外が見られないものにした方がいいのかもしれない。移動する度に気絶させてしまっては、可愛そうだ。
望めば背にだって乗せるが、竜の背に乗るような番はあまりいない。だいたい皆籠に入れて運ばれている。
(苦手なら、気絶している間にガリュオンに向かいましょう)
手で守ってやれば、そう風も当たらないだろう。フィンヴィールは一層翼を羽ばたかせ、ガリュオンへと速度を上げた。




