少しだけ自由になりました
「あ……飽きた……」
部屋の中で、悠花はぐったりとクッションに埋もれていた。部屋を出してもらえないのである。
「部屋の中でストレッチするのも筋トレするのもお風呂入るのももう飽きた……!」
旅の一座はその辺りがとても自由だった。塔ですら、階段の上り下りで身体を動かすことはできた。しかし今は、狭い部屋に閉じ込められたまま、ろくな運動もできないでいる。
「回廊とか……めちゃくちゃ走りやすそうなのに……」
悠花は起き上がって、中庭を見下ろした。鉄格子の向こうに広がる、広い中庭。厳しい日差しも、植えられた木々と流れる小川で随分と軽減されている。
「……わたし、この間まで寒いからってホットワインとか飲んでたのに……」
しかし今目の前に見えているのは、人工的な夏の庭園である。悠花の退屈を紛らわせてくれそうなのは、中庭の風景だけだ。木々のざわめき、噴水のきらめき、そして行き交う人々。
(いろんな人種が居るんだな……)
多いのは獣人だろうか。それも顔貌が人間とほぼ同じものから、獣と同じものまで幅広い。着飾ったネコ科獣人の姿など、何度見ても飽きない。長く揺れるしっぽの途中に、金の輪が付けられている様など心が踊る。
(みんなおしゃれだ……)
装飾品が多い人ほど、きっと偉いのだろう。1人ではなく、数人の女性を引き連れて歩いていたりする。悠花のように装飾品を何も持っていない者はほとんど居ない。
(……あの人達は、なんでここに居るんだろう)
女子寮なのだろうか。あの人達も、悠花のように何か一芸を持っているのかもしれない。ただ女子寮にしては、似たような服を着た男性もちらほら居るのが気になっている。悠花をここへ案内したのも、同じ服装の男だった。
(相変わらず、何も分からん……)
魔法のことも、言葉も。あれだけ元の街から移動して、これだけ多種多様な人がいるのに、知っている言語が何も聞こえてこない。全て同じように、悠花には理解できない言語に聞こえる。
(文字だけでも覚えようと思ったけど、今は無理っぽいし……)
文字の類も何も無い。スマホでなら文章は読めるが、それでは意味がない。
「あーーーー部屋から出たい!!」
悠花はまたクッションに倒れ込んだ。
そんな悠花の待遇が変わったのは、数日後である。毎食付いてくるようになった果物を楽しんでいると、ドアの小窓ではなくドアが開いた。
「え……」
(わたしが適当な格好してたらどうするつもりだったの!?)
朝ではあるが、すでにストレッチを終え、風呂にも入った後だ。普通に服は着ていたが、微妙な格好のときだってもちろんある。そこに、ノックも無しに入ってきたのだ。警戒しない訳が無い。
(この人……初日の人?)
悠花をこの部屋に連れてきた相手ではないだろうか。だが男の着ているような服はありふれているので、確証が持てない。
何をしに来たのかと不審そうな目で見る悠花に、男はずかずかと近付いてきた。
「ひっ……!」
何をされるか分からない。思わず固く目を閉じると、首に何かが当たる感触がした。
「え……」
枷だ。手は自由なままだが、首に枷をはめられている。
「待って、ねえ、これなに……!?」
しかし男は悠花をちらりと見ただけで、枷に付いた鎖を引っ張った。
(付いてこいってこと……?)
仕草から考えるに、きっとそうなのだろう。悠花は分からないまま、男に付いて歩き出した。
(また違う所にやられる……?)
階段を降り、回廊へ。
(せっかくお風呂があるのに……!)
お風呂の誘惑には耐え難い。そのためなら、監禁も甘んじて受け入れるしかない。
(しかし……立派な建物だなあ)
回廊は白い石作りで、柱の一本一本、天井、壁に至るまで装飾が施されている。それがこの広大な中庭を囲む全てにあるのだ。どれほどの年月と人を費やして作られたのか、考えるだけで気が遠くなりそうだった。
「え」
不意に、視線を感じた。振り向いてみれば、部屋の影から女がこちらを覗いている。
(……何だろ)
悠花に、心当たりなどある筈もない。しかしその視線は、どこか陰湿そうで気持ちの良いものではなかった。
「…………」
(気持ち悪い……)
そんな視線を送ってきたのは、1人ではない。何人もの女が、値踏みするように、睨むように悠花に視線を送ってくる。
(……鎖付きで引き回されてるのが、珍しいってこと……?)
確かに、どんな状況かと思う。しかし、鈍っていた脚で歩けるだけ心地よかった。
「……なんで?」
それから数日。悠花は日に1度、枷を付けて回廊を歩かされていた。
(これ……もしかしなくても、散歩させられているのでは……)
1周するだけで、なかなかの時間である。いい運動になっていることは間違いない。お陰で、歌に集中できるようになったのも事実である。悠花は中庭や回廊のレリーフを見ながら、ぼんやりと歩いていた。
さらに数日。ついに悠花は自由を勝ち取った。部屋の、鍵をもらったのである。出る時は絶対に閉めろと、何度も言明された。鍵は無くさないように、紐に通して首から下げている。
「あーっ、自由って感じがする……!」
ストレッチと筋トレをし、回廊や中庭を歩き回る。悠花は自分に適した運動負荷に、思い切り伸びをした。
(身体が鈍ったら、歌えなくなるもんなあ)
声楽はフィジカルである。高音を支える腹筋も、オペラを歌い通す体力も必要なのだ。運動不足は敵でしかない。
「……しかし手の込んだ中庭だよねえ」
中庭を流れる小川には、ところどころに小さな橋がかかっていた。水は、中庭の中央の噴水から溢れているらしい。
「風景だけならほんと綺麗だなあ」
悠花が今知っているのは、自分の部屋と回廊に囲まれた中庭だけだ。自分の部屋以外の屋内は、帰ってこれない気がしたので特に探検はしていない。しかし少し見ただけでも、美しいレリーフが屋内にまで及んでいるのが分かる。白い石造りの建物は、それだけでも優雅に見えた。相変わらず不快な視線は付きまとうが、言われても何も分からないので無視することにした。
「わー、お水気持ちいい」
噴水の淵に腰掛け、水に手を浸す。
「霧吹きみたいにできたら、虹も見れるのになー」
水は掬っては落として遊んでいると、不意に影が差した。
「ん?」
振り向くと、そこには獣耳の男が居た。褐色の肌に金の髪。髪から覗く耳は毛が黒く、丸っこい。
「何か……?」
ふと、男の姿に違和感を覚える。制服のような姿ではない。装飾品が多いのだ。上着も丈の長いもので、美しい刺繍がふんだんにされている。男はどこか不機嫌そうな顔のまま、悠花を赤い目で見下ろしていた。
「えっと……?」
(ここに座りたいとか、そういう……?)
何で圧をかけられているのか分からない。そっと立ち上がると、男はつかつかと歩き寄り、悠花の腕を掴んだ。




