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許しがたい真実

「……将軍閣下。あの本を売った者を隣の部屋に招いております」


 顔色の悪いままの領主が、客間に入ってきて汗を拭う。何かを隠しているのが分かるが、それがどこまで重要なものかは分からない。


「では、私が話を聞きましょう」


 フィンヴィールがそう言うと、領主は慌てて首を横に振った。


「いえ……! まずは他の品も、閣下の番の物かをどうぞお確かめください……!」


 そう言って運ばれてきたのは、鞄と本、紙や小物だった。小物に見覚えはないが、紙と本、鞄は見た覚えがある。小物は番と、それ以外の匂いが混じっていた。


「……確かに見覚えがあります」


 だが、その中にあの音楽が鳴る魔道具は無い。


「……魔道具がひとつ、見当たりませんね。本以上に高価なものだと思うのですが」

「それは……売ったものと、こちらにあるものが全てだと……」


 散逸が防げたのなら重畳だ。ただ、魔道具の行方が気にかかる。


「では、その者に問うとしましょう」

「……まずは私が問いただすので、閣下はこの部屋でお待ちくださいませんでしょうか。相手はただの商人、閣下の威圧には身が持たんでしょう」

「それもそうですね。でしたら私はこちらの部屋でやり取りを聞かせていただく事にします」


 汗を拭き拭き、領主が出ていく。フィンヴィールは椅子に座ったまま、聴覚を隣の部屋に集中させた。



「それで、今日はどんなご用事で?」

「……先日買った、本の話だ」


 相手の男は、中年だろうか。商人にしては、どこか下卑た声の響きだ。領主が付き合うにはいささか格が劣る気がする。


「他のものもお持ちしましたが、全部購入していただけるので?」

「ああ、それは問題ない。そっちは……」

「? どうされました?」

「……単刀直入に問う。あの物品は、どうやって手に入れた?」

「はは、うちの商売をご存知でしょう。商品からです」

「…………」


(何だ……?)


 話が見えない。入手経路を知りたいだけなのに、はぐらかしているのだろうか。


「……その商品(・・)は、後ろ暗いことをして手に入れてはいないか」

「冗談は止めてください。うちは真っ当な商売なのはご存知でしょう」


 笑みを含んだ、商人の声。


「では……その商品(・・)はどうした? まだお前の所に……」

「調べたら乙女でしたので、付加価値も含めて結構な高値で買っていただきました。いやあ、随分と歌の上手い娘でしてね」


「は?」


 今、あの男は何と言ったのか。あまりに許しがたい言葉が聞こえた気がした。


(『買っていただいた』?)


 何を。男の言葉を、ゆっくりと反芻する。ただの『物』に対する言葉ではなかった。


(『調べたら乙女でした』?)


 暴いたのか、彼女を。そうでなければ、そんなことが分かるはずもない。


「歌の上手い、娘…………」


 この街で消えた、歌姫をやっていた番。情報が見つからない理由を、正しく理解する。


「…………裏で、売られていたと……」


 他の誰でもない、自分の番を。理解した瞬間、魔力が溢れ出た。


「ひっ……!」


 窓ガラスがガタガタと揺れる。部屋に控えていたメイドが、魔力に当てられ腰を抜かしてへたり込んだ。許せない。フィンヴィールは激情のまま、拳を壁に向かって振り抜いた。

 フィンヴィールにとっては柔らかな手応えがし、轟音とともに壁が吹っ飛ぶ。僅かに残っていた理性で、許しがたい者の真横の壁をぶち抜くことだけは耐えた。


「な……な、な…………」


 濛々(もうもう)と舞い上がる埃も気にせず、開いた穴から隣の部屋へと歩を進める。


「……貴様……今、何をどうしたと言った……?」

「ひいぃっ!」


 魔力を表に出したフィンヴィールの迫力に、領主はなんとか耐え、その横に居た醜く肥え太った男は腰を抜かした。


「私の番を、売っただと……?」

「げぇっ!」


 そう問うたフィンヴィールの頭には、角がある。浅はかな男は、自分が売り払ったものが何なのか気が付いたらしい。


「……どこだ」


 奴隷商人は、震えたまま声も出せない。


「私の番を、どこに売ったのかと聞いている」

「も……申し訳……」

「貴方には訊いておりません。私は今、この奴隷商人に訊いているのです」


 領主が謝ろうとしたが、そんなものは要らない。今欲しいのは、番の行き先だけだ。


「答えろ! 我が番を奴隷に貶め、挙げ句にどこへ売り飛ばした!」

「サ……サハリールの、ハレムに……」


 サハリールは、大陸の西にある砂漠の国だ。ここからは随分と距離がある。


「おい、何故売った!?」

「サハリールの王のハレムで女奴隷を募集しており……! 評判の歌姫なら高く買っていただけると……」


 奴隷商人の言葉に、領主が頭を抱えた。評判の歌姫が、どうして奴隷になっているのか。それは明らかに、後ろ暗い事があったに違いない。


「……そう言えば、番の居た一座の座長は死んだ、と」

「お前……!」

「お、俺じゃない! 殺したのは俺じゃない……!」


 語るに落ちるとはこの事だ。どうして殺されたなどと知っているのか。


「もし貴様が番に非道な行いをしていたのなら、私は絶対に貴様を許さない」

「し……知らなかったんだそんなこと……!」

「……していたのだな、非道な事を」

「し、してない! 大人しい奴隷だったから、そこまで酷いことは……!」

「信用できる話ではありませんね。お手数ですが、この者を尋問していただけますか? 我が番は言葉も文字も分からないのです。騙す以外に、奴隷にできる筈がない」

「それは……事実であれば重罪ですな……」


 奴隷は違法ではない。ただ、本人の同意が無ければ経済奴隷になることはできないのだ。フィンヴィールの番が、話を理解できていたとは思えなかった。


「大変申し訳無いのですが、夜会は欠席させてください。何よりも優先しなければいけない事が起きましたので」

「はい……! それはもう……!」

「後はお手数ですがガリュオンの大使館へ一報を。修理代や必要な経費も大使館経由で請求してください」

「は、はい……!」


 迎えに行かなければいけない。奴隷などに貶められた、哀れな番を。そうしてやっと、番を手に入れることができる。


「庭の、開けた場所をお借りします」

「そ、それでしたら、騎士たちの練習場が……」

「ありがとうございます」


 短く言葉を返し、足早に部屋を出る。場所を訊いて訪れた練習場は、十分な広さがあった。


(今、貴女を迎えに行きます……)


 全力で空を駆け、サハリールに到着するのは昼過ぎだろう。交渉をしても日付が変わる前にはガリュオンに番を連れて戻れるかもしれない。

 フィンヴィールはその身をたちまち竜に変幻させると、空へ飛び立った。

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