新しい手がかり
番の手がかりが無くなってからも、フィンヴィールは落ち込んではいられなかった。謝罪行脚がまだまだ続いていたからである。アガリスに対抗しようと同盟を組んだ国は多く、さらにはその国の地方の有力な領主も参戦していた。すべて国王、もしくはそれに値するトップ1人に謝罪を済ませれば終わるという訳ではない。フィンヴィールは落ち込む暇もなく定期的に国と地方を回っていた。
(テスリオ、ですか……)
本日の訪問先は、フィンヴィールも足を運びたいと思っていた場所だ。番の足取りが、最後に分かっている地である。フィンヴィールの手の者や軍の方でもそれ以上の情報を探っているが、未だに番の行方は分かっていない。
「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、本日は謝罪を受けていただきありがとうございます」
テスリオの領主館の豪華な客間で、フィンヴィールは領主と対面を果たした。フィンヴィールと対面した為政者の反応は2つである。あの戦場で恐怖を植え付けられどこか怯えている者と、謝罪を盾にフィンヴィールとの縁を繋ぎたい者だ。テスリオの領主は後者であった。
にこやかな笑みではあるが、それを額面通り受け取るほどフィンヴィールは若くない。笑顔で握手を交わし、椅子に腰を下ろした。すぐに目の前にカップが置かれ、茶が注がれる。砂糖も何も聞かれないと言うことは、フィンヴィールの好みは把握されているのだろう。
「先の戦では多大なご迷惑を……」
「竜人の方が番を人質にされていたならば仕方のない話でしょう。この地にも、竜と番の話は伝わっておりますからな」
会話の始まりは、だいたいこうだ。公式の面会で謝罪をし、夜には夜会が開かれる事が多い。領主の夜会には領主の寄子当主が集い、またそこで謝罪を口にすることになる。寄子達は、寄親の領主に付き従い戦場に出ていたからである。
こうして謝罪する相手はどんどん増えていくが、受け入れてもらえるだけましだとフィンヴィールは思っていた。番を人質にとは言うが、それでアガリスの手先になるのを選んだのはフィンヴィールである。罵倒されることも覚悟はしていたが、フィンヴィール自身は人的被害を一切出していないということは、随分と評価されているらしい。
(滞在中に、私も何か調べられれば良いのですが……)
番はここから、どこへ行ってしまったのか。一座の解散の理由にはそこまで興味はない。しかし、番の行方がふつりと途絶えてしまった事だけが気にかかる。一座で有名になっていたのだから、何かしらの道はあったはずだ。他の芸人と旅を続けているのなら、その報告が上がってきているはずである。
(歌を続けられない何かが起こった?)
それは、番にとって随分と不吉なことではないのか。フィンヴィールの番は賢さも、勇敢さも持っている。あの塔からフィンヴィールの為に逃げ出す程に。その番の行方が分からない。歌で稼げるということは、もう知っているはずだ。それをしていない理由が気になる。
(誰か、個人に拾われている……?)
そうであれば、噂にはならないかもしれない。その相手が、番の歌を個人で楽しむだけでは噂が出てこないからである。しかし、そうなればフィンヴィールにはもう探しようがない。魔力が戻るのを待って、【召喚】を行うしか無いだろう。そこまで待つのは苦痛でしかないが、他に手段が無いのならそうも言っていられない。それまでの間に番が健やかで過ごせるか、それだけを祈るばかりである。
「さて、夜会までは時間がありますが……庭でも見られますかな?」
穏便に会話をしながら考え事をしていたフィンヴィールの意識を引き戻したのは、領主だった。
「いえ……本があればお借りしてもよろしいでしょうか。様々な方の集める本は傾向が全く違うので、それを見るのが好きなのです」
言い訳だ。番のことがあるのに、呑気に庭を見ている気分にはなれない。しかし読書であれば、本を開いてさえいれば放っておいてもらえる。フィンヴィールがそう願うと、領主は鷹揚に頷いた。
「図書室はちょっとした自慢でしてな。本であれば様々なものを置いておるのです。早速案内しましょう」
「ありがとうございます」
さすがは大きな街の領主館だ。図書室を自慢できる程の貴族はそうはいない。笑顔の領主自らがフィンヴィールを案内し、図書室へとやってきた。
「成程、確かにこれは自慢されるだけの事はある」
「ははは、王宮の図書館には及びませんが」
重厚な木の本棚は、古いものなのだろう。木は飴色に変わり、時が経っているように見える。彫刻で飾られたそれは高い天井までそびえ立ち、様々な本を見せていた。年代も、大きさも様々な本は、もしかしたらこの領主だけではなく、代々が集めてきたものなのかもしれない。本が好きというのは嘘ではないので、多少なりとも落ち込んでいた気持ちが浮上する。
「こちらは、どういったものを集められているのです」
「様々、ですよ。売りに出るものがあれば、真っ先に我が家に声をかけるようにしています」
「それほどとは……」
「こちらがつい最近手に入れたものです」
領主に言われて本棚を見たフィンヴィールは、凍ったように足を止めた。
(……これ、は……)
見覚えのある本だ。確かに、番の手の中で見た覚えがある。フィンヴィールは足早に近付くと、見覚えのある薄くて大きな本を広げた。
「ああ、それは珍しいでしょう。紙の手触りも初めてだし何を書いてあるのかも分かりませんが」
間違いない。フィンヴィールも中身を見せてもらったことがある。これは、番の歌を記した本だ。
「これを……どちらで? いや、売ってもらうことはできますか」
「何ですと?」
「これは……間違いなく、我が番の持っていたものです」
フィンヴィールの言葉に、領主は顔色を失った。フィンヴィールの番は、行方が分からないのだ。
「どこから流れてきたのかを教えて下さい。我が番は、この街での消息を最後に分からなくなっているのです。金に糸目は付けませんので、番の物全てを買い取らせていただきたい」
領主の顔色が、どんどん悪くなっていく。
「……どうされました」
「いや……まさか……」
脂汗が滲み、視線が定まらない。フィンヴィールは嫌な予感がした。
「教えて下さい」
「ひっ……! い、今、これを売った者を招集しよう!」
「よろしくお願いいたします」
領主がここまで慌てるのだ。それに、これを番がとても大切にしていたことをフィンヴィールは覚えている。それを、何故手放した? 番はそこまで金に困っていたのだろうか。歌で稼げるはずなのに? 考えても、その理由が分からない。
慌てた領主が図書室を出ていき、フィンヴィールはまた客間に戻ることになった。




