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足取り

「見つからない……」


 手がかりは掴んだ。しかし、それが本命を手繰り寄せる綱となるかは別だ。旅芸人一座『香風の巡り』を探し始めて数日。フィンヴィールは邸宅で頭を抱えていた。


「まだ数日でございます」

「それにしたって……!」


 リオーダンが静かに、茶の入ったカップを置く。


「何分、国をいくつもまたいでいるのです。それらの国に大々的に協力を頼めば別でしょうが……」

「……それはできません」


 敵だった者の為に労力を使わせたくない。それになにより、国単位で加熱させれば後が怖い。情報を、行方を巡って国同士が争い合う事にならないとは限らない。アガリスの件が無くなった今、たかが個人の私的な理由で争いを起こしたくはなかった。


「でしたらご辛抱を。最後の目撃情報があった街から、各地に人を送っています。街から街への移動も我らなら時間もかかりません。じきに行き先が分かるでしょう」

「…………」


 そうは言っても、気が急くのは仕方ない。しかし、情報はじわりじわりと集まりつつあった。


「……きっとこの町の前で、拾われたのでしょうね……」


 アガリスが滅んでから数日後、一座がやってきた町で歌姫の話があった。一座は大陸の主に南側を巡回している。季節や条件で行き先は変わるが、比較的大きな町に数年に1度現れるのだという。一座が公演をしていた情報の、日付と歌姫の存在を突き合わせていけば、足取りがゆっくりと見えてくる。

 そこは、旧アガリスの国境にほど近い町だった。城の横の森を抜けたところにある街道が、町まで繋がっている。どの時点で拾われたのかは分からないし、塔からはヒトの少女が1人で移動するには遠すぎる距離だが、このあたりで拾われたのだろう。


「こちらの町でも、評判だったようですね」

「私の番は、とても歌が巧いのです」


 しかし、あの歌声は自分だけが聴けていたのにと思うと、どこか嫉妬してしまう。それでも、番が逃げ出してからの足取りが見えてくるのはほっとした。どうやらフィンヴィールの番は、類まれな歌声で一座で大事にされていたらしい。


「歌姫宛に、だいぶ贈り物もあったと……」

「……私ですら贈ったことがありませんのに……」

「でしたら報告を待つ間にでもお考えください。じきにここに来られるのでしょう?」

「……それもそうですね。ですが私はまだ彼女の好みに詳しいわけでもありません。ひとまずは、彼女の居室の窓の外に花壇を用意してもらう程度でしょうか。どんな花が好きなのか分からないので、できれば様々な種類のものを植えてください」

「畏まりました。庭は少々手間がかかりますから良いご判断かと」


 魔法で植物の成長を助けることはできる。しかしそれだと、どうもみずみずしく育たない。美しさを楽しむには、自然に育てた方が良い。ただしガリュオンは寒い国なので、花壇に【温暖】の魔法を使う。花壇に囲まれたその場所は、雪の中でも春の花を1年中絶やさずに見せてくれるのだ。それに、竜が魔法で造園をすれば一瞬で終わるが、細かいところまでは手が回らない。こちらもやはり、ヒトの庭師が設計し、造園するのが好まれている。


「庭……庭も、手を付けたほうが良いのでしょうね」

「悪いことではないかと」


 先代の女主人……フィンヴィールの母は、自然のままを好む人だった。庭は最低限の整備だけで、見苦しくはないが美しいという程でもない。歌姫には花もよく贈られていたようで、番も花は嫌いではないのだろう。


「では『春の庭』を作りましょうか。花壇と、それを眺めて腰を休める東屋も」

「畏まりました」


 『春の庭』は魔法技術である。地面全体にレンガを敷き、花壇を設置する。花壇には【温暖】が、敷かれたレンガには【温暖】と【乾燥】が刻まれ、雪は降っても溶けてしまう。冬でも花を楽しめるので、作っている貴族は多い。公園にも作られることがあり、季節を問わず人が集まっている。


「他に何をすれば良いのか……どちらにせよ、早く彼女が見つかると良いのですが」


 目星が付いたことで、情報は前より探りやすくなっていた。出現地がひとつ分かれば、見当違いな方向へは人を遣わさなくて済む。番への距離が、徐々に縮まっているようだった。


「……という事で、この街では菓子を買い求めていたようです」

「甘いものが好き、ということですね。それは素晴らしい情報です」


 集まってくる情報の中には、行き先以外のものもある。フィンヴィールは、番のことを何も知らない。だから分かること全てを集めさせていた。思い返せば、番も果物の類はフィンヴィールと分けて食べていたのだ。甘いものは、やはり好きなのだろう。


「料理長は、甘味に対しての腕はいかがですか?」

「問題は無いと思っておりますが」

「流行りのものもあるでしょう。目新しいものも幾つか習得しておくよう伝えてください」

「畏まりました」

「彼女を連れてきた時は、ぜひ腕を振るっていただきましょう」


 そうすれば、あの笑顔が見られるだろうか。その時はフィンヴィールが手ずから食べさせてやりたいと思う。


「茶器も少女が喜びそうなものが無ければ購入を。菓子に見劣りしないものをお願いします」


 番を迎え入れる準備は着々と進んでいる。しかし、肝心の本人が見つからない。そんな中、フィンヴィールを失意に突き落とす情報が入ってきた。



「一座が……解散している……?」


 テスリオという街まで一座の足取りを追うことができた。しかし、そこで見つけたのは信じがたい事実だった。


「……はい。しばらく前の話です。どうやら何らかのトラブルで座長が死に、そこから団員は散り散りになったと……」

「歌姫の居場所は!?」


 フィンヴィールの叫びに、リオーダンが首を横に振る。


「そんな……」


 掴んだかと思った手がかりが、また霧散してしまった。それでも、フィンヴィールは諦めずに食いついた。


「団員の行方は!? 何かを知っているかも……」

「……散り散りになった、と聞いております。追えば見つかるかもしれませんが、その労力は番を探す人員から割かれる事になります」

「…………」


 選べない。知っているのかどうか分からない情報のために、無数に散っていった団員を探す労力がかかるのは理解できる。しかしそれを、番を探す人員から割けるかと言われれば、躊躇してしまう。番は庇護者を無くし、行方が分からないのだ。


「……番を優先します。今まで同様に、番の行方を……」


 逡巡の後に出した答えはそれだった。危ない目に遭っているかもしれない。寒空の下で、凍えているかもしれない。旅の一座に守られているのだと思えばまだ安心もできたが、番はその大きな傘を失ってしまったのだ。一刻も早く保護しなければいけない。


「……畏まりました。追って調査を続けます」


 見えなくなってしまった番の後ろ姿に、フィンヴィールは深く深く息を吐いた。

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