アガリスの魔法陣
「聞いてよフィンヴィール!!」
城に呼び出されたフィンヴィールは、駆け寄ってきたケルノンに詰め寄られていた。
「聞きますが……魔法関係で、何があったんですか?」
この男がここまで興奮するのは、魔法の事以外に無い。
「それはね……!」
「話は長くなるのでしょう? 私は病み上がりなので、ケルノンの部屋ででも」
「あっ、そうだね! 早く早く!」
引っ張られるようにして連れてこられたケルノンの研究室で、フィンヴィールはお世辞にも綺麗とは言えないソファに腰を下ろした。邪魔だった本の山は横に退けた。
「君が捕まったときの、アガリスの魔法陣が解読できたんだよ!」
「あれが……ですか」
確か『己の運命の相手が現れる』――そう言っていたはずだ。実際、フィンヴィールは番と出会っている。
「いやあ、ヒトの考える事は面白いよねぇ。元は本当にお呪い程度のものだったらしいんだけど、それを竜を捕まえるためだけに100年単位で研究したんだって」
「……それは……」
妄執。最早そう言っても良いだろう。ヒトの、竜からしてみればあまりにも短い人生。それを100年単位で使い、ひとつの魔法を確立させたのだ。それも、番を餌にして竜を使役するというその目的の為だけに。
「……愚かな」
「そうだよねぇ。結局はそれだけの時間を使って、ヒトもお金も使って、最後には国が滅んだんだからさぁ。僕らなら絶対にしない発想だよ」
「それで……あの魔法陣は?」
「ああ、そうそう。そっちが本題だった。聞いてよ! あの巨大な魔法陣に組み込んであった魔法は大きく見て2つ。対象者の魔力を動力とすることと、その番を召喚する事だ」
「召喚!?」
できない話ではない。ただ普通召喚と言うものは、対象を絞るのが難しい。例えば本棚の本を1冊召喚するのには、本の色や表紙の素材、ページの素材にページ数と言った事細かな情報が必要になる。本棚の中に『本』というものが多数あるからである。それを、番に絞って召喚するというのは驚くべき技術だ。
「……番は、偶然ではなく……?」
「いや、必然だ。対象者の番は、世界に1人しか居ない。1を魔法陣に紐付けて召喚している。絡繰が分かれば、僕でも再現できるだろうね」
「では……やはり、言葉も分からないほどの辺境から召喚されたのですね……可哀想に……」
家族と急に引き離され、知っている人も場所も無い所に放り出されたのだ。それも、アガリスの勝手な野望によって。自分はそれで番を得たのだと思うと、後ろめたい気持ちになる。
「あ、でも、再現できたとして……発動はできないな……?」
「何故です」
「だって、君の魔力ほとんど持って行くレベルの大魔法だよ? 誰が使えるって言うの」
「……確かに」
竜は、魔力の多い種族である。その中でもフィンヴィールは群を抜いている。そのフィンヴィールの魔力をごっそりと奪うほどの魔法陣など、フィンヴィールしか使えない。
「……ということは、私の魔力が戻れば番をまた呼び寄せられる……?」
「理論上はね。でも君の魔力が元に戻るまで待てる?」
「……無理です」
それでは何年かかるのか分からない。竜は気が長いが、番に関しては別である。言葉も分からない場所に放り出された番が、心配でたまらない。
「でも有用な魔法陣ではあるし、改良できればって思ってるんだけどねぇ。だって全ての竜に番が見つかるんだよ? そうしたら……不幸に育つ子供は減る」
「ケルノン……」
ケルノンが一般的な竜の両親の元に生まれたのはフィンヴィールも知っている。だから政略結婚を断り続けている事も。
「そうなったら……貴方もやっと、結婚できますね」
「そうだといいねぇ」
実際問題として、竜は子供が少ない。政略結婚があまり上手くいかないからだ。先細りしそうになっている人口問題も、もし魔法陣が改良されれば解決するだろう。
「実現すれば、陛下も報奨が渡せるようになって喜ばれますよ」
「あっ、そっちの懸念もあるのか……。僕は魔法さえ研究できればそれでいいのにぃ」
嫌そうに、ケルノンが椅子の背もたれに身体を預ける。
「邸宅にも帰られたほうが良いですよ」
「嫌だよ。わざわざ城に来る時間が無駄でしょ」
「……番が見つかったらどうするんです?」
「……それはその時考えるけどさぁ」
本当に、魔法にしか興味のない男だ。しかし、そんな師が番を見つけたらどうなるのかとは思う。自分の世界が一変してしまったように、ケルノンの世界も一変するのだろう。
「改良は、私からも頼みます。今の魔力で番を召喚できれば……」
「うーん……さすがに、角があるくらい魔力が少ないと無理だと思うけど……通常の【召喚】でも結構な魔力は使うんだし」
通常の物を呼び寄せる【召喚】は、魔法陣を使った上でヒトの魔力の高い者のみが行使できる、ヒト基準では高等魔術である。竜には容易いとは言え、人間1人を呼び寄せるにはさらに魔力が必要だろう。
「くっ……」
「君は今のうちに、力押しに頼らないやり方を覚えなさいね。今、押せるほど力が無いんだから」
「……善処します」
耳の痛い話だ。フィンヴィールは渋々頷いた。
「君の番の捜索は?」
「我が家の執事にさせています。軍とはまた違った伝もあるだろうと」
「そうそう、そうやって周りを頼りなさいね。君だけじゃ見えないものだって見えてくるだろうし」
「それは……実感しています。執事と話していて、私の番があの手紙を置いていったのは、私の救援を求めるためだったのではないかと思い至りました」
「あー……なるほどねぇ」
フィンヴィールの言葉に、ケルノンが腕を組む。
「君の番は言葉が分からないし、多分共通語も読めない。君が託した手紙は自分の為のものではなく、君の為のものだと思ったわけだ。だから届け先も警備騎士団で……そっかぁ」
「私の為に、あの塔を脱出してくれたのです」
「気持ち悪いから頬染めるのやめてくれる? ほんと番持ちって皆似たような甘ったるい空気出すよねぇ」
「貴方の功績次第で、国中こうなりますよ」
「ははっ、想像したくないなぁ」
いつか、そんな未来が来るのだろうか。しかしその光景の中に、自分と番も居ればいいとは思う。
「君の番の方からも話が聞けたら、改良も進むと思うんだけどねぇ。条件が必要なのか、召喚前後はどうだったのか……聞きたいことは山程ある」
「渡しませんよ」
「そういう意味じゃないよ。これだから番持ちは心が狭い」
「自分の番と他の男が一緒に居る光景を見たいとでも?」
「どうせ君が同席するんだからいいでしょ。僕は話が聞ければ他はどうでもいいし」
ケルノンが呆れたように溜息をついた。
「だからさっさと見つけておいで」
「言われずともそのつもりです。……手がかりが見つかれば良いのですが……」
現状、何も分かっていない。日々焦りだけが募っていく。
「とにかく、無事に……」
それだけでいい。フィンヴィールは俯き、目を伏せた。




