憂い
何の手がかりも得られず、フィンヴィールは消沈してガリュオンに戻った。もう戻るのは城ではなく、フィンヴィールの邸宅である。邸宅付きの使用人たちは、主人が居ない間も邸宅を整えてくれていた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「……只今戻りました。長らくここを空けていて申し訳ありません」
「いえ、理由は聞いております」
筆頭執事、リオーダンは竜人である。その他の使用人は竜人以外もちらほらいる。皆、ほとんどが誰かの番の家族であったりする者たちだ。
番の家族たちは、番とともにガリュオンに移住してくる事がある。ガリュオンという国が豊かなことや家族と離れがたいということ、理由は様々だ。ただ、身体能力は人種によって違う。例えば軍は竜人でしか務められないが、警備隊は竜人以外にも幅広い人種が務めている。
使用人も、一般的な職種である。どうしても気長な竜人に比べ、寿命が短い人種は創意工夫に溢れることが多い。料理人などは、高給で迎え入れられたりもする。町の食堂の親父が、竜の番だった息子と共にガリュオンに来て、貴族家の総料理長にまで登り詰めた例もあるくらいだ。こうしてガリュオンは、竜人とその他の人種で回っているのである。
「……ああそうだ。近々部屋の改装を頼みたいのです。妻にしたい者が居るので」
「はい。……はい?」
老齢に差し掛かっている執事は、主人の言葉を聞き返した。長年執事をやっていても、驚く話であったらしい。
「それは、番を見つけられたと?」
「そうです」
「何と!」
番を見つけられるのは稀だ。しかしこの館の主は、2代続けて番を見つけていた。
「畏まりました。輿入れはいつでございますか?」
「……まずは、彼女を探してからです」
「…………」
リオーダンが、不審そうに目を細める。
「……坊っちゃん、番というのは現実に探さなければいけないのですよ?」
「坊っちゃんは止めてください。私の番は現実の話です。……説明するので、執務室に酒を」
フィンヴィールが、なぜガリュオンに戻って来られなかったのか。それは機密情報扱いだった。ガリュオンに喧嘩を売る馬鹿は居ないかもしれない。しかし『最強の将軍』という重石が無ければ、調子に乗る若造が居ないとは限らない。フィンヴィールが帰還した今は多少の制限は解除され、『長期療養中』ということは周知されている。……『居ない間に調子に乗れば、復帰後は分かっているな?』という張り子の虎としての役目は十分に果たせるからである。もちろん、フィンヴィールの病状が完治予定のものだと言うのも添えて。
執務室に向かったフィンヴィールは、革張りのソファにぐったりともたれ掛かった。身体は本調子ではないのに、番のことを知りたいからと遠出をしていたのだ。それで手がかりが見つからなかったのだから、疲れがどっと押し寄せてくる。
「旦那様、お酒をお持ちしました」
息をついていると、ノックと共にリオーダンの声がする。
「どうぞ」
返事をすると、リオーダンは優雅に扉を開けフィンヴィールの前に酒瓶と酒器を置いた。
「付き合ってください」
「構いませんが……話は、冷静にしてくださらないと」
「全部、話しますから」
ガラスの酒器に琥珀色の液体が注がれ、僅かに波打つ。フィンヴィールはほんの少しそれを見つめ、一気に喉の奥に流し込んだ。
「……私がアガリスを訪れたのは、国交のためです。それは知っているでしょう」
「はい。今となってはそれが罠だったというのが分かりますが」
「私は、そこで……」
リオーダンに、アガリスで何をされたか、番と引き合わされ、番を人質にされていたことを語る。
「そして私はガリュオンの軍に助けられ、番の保護を託しました。しかし一歩遅く、番は自力で逃げ出していたのです」
「それは、また……ずいぶんとお転婆な方のようですな」
番はただのヒトだ。ヒトの弱さは分かっている。それが塔の最上階から逃げ出していれば、そんな反応にもなるだろう。
「お転婆……そうですね。明るく、表情のよく変わる可愛らしい方です。ただ、塔から逃げているとは私も予想外でした」
「竜であれば、多少の高さを人の姿で飛び降りても問題ありませんがね」
「私も後から見せてもらいましたが、シーツや毛布を切り裂いて縄にしていたようです。縄ひとつで壁を降りるとは……確かに確実な出口はそこしかありませんが、ヒトの女性の身で実行したのは驚く他ありません」
きっと、大変な苦労をしてあの塔から逃げたのだ。溌剌として、健康的な娘ではあったがヒトである。それに手は美しく、苦労を知らぬようだった。そんな娘が一人、決死の覚悟で塔を降りたのだと思うと、胸が痛くなる。
「その後の足取りは、あまり分かっていません。どうやら森に逃げたこと、上手く街道に出て誰かに拾われたであろうこと、その人物に連れられてやってきたであろうエスギルで、私の血の署名の入った手紙を街の警備騎士団に預けたこと……そこまでしか」
「その手紙には、救援を?」
「いえ、彼女の身の安全を保証してほしいとだけ。……もしかしたら、彼女は手紙の内容を私が救援を求めているものだと思ったのかもしれませんね。それであれば警備騎士団という場所に、手紙を預けていったのも説明がつく気がします」
もしかして、自分の助けを呼ぶために逃げてくれたのだろうか。そう思うと、胸が切ないほどに痛んだ。
「……優しい、娘なのです。言葉も通じない私の面倒を、ずっと見てくれていた。アガリスの人間に痛めつけられた私を、つきっきりで看病してくれていた。彼女の助けがなければ、私はあの地下牢で死んでいてもおかしくはなかったでしょう」
「承知いたしました。そこまでの恩がある方であるのなら、旦那様の番と言う以上にこちらも心を配りましょう」
「ええ、お願いします」
「捜索の手は」
「回してください。エスギルのレグダムに居た、街から街へ移動する者。その中でも言葉が通じない、黒目黒髪の少女です。ヒトの年齢は、あまり分からないのですが……まだ幼さが残る年齢だと言って良いでしょう」
「畏まりました。そちらの情報を元に、捜索を開始します」
「ただ……軍の方でも手を回してくれてはいたのですが……見つかっていないのです」
「軍とは違う伝もございましょう。まずは御身をしっかりとお休めください」
「……そうします。私は部屋へ下がります」
「はい。お休みなさいませ」
執務室を出、フィンヴィールは寝室へと向かった。服を解く気力もなく、ベッドへと倒れ込む。
「本当に……貴女は、どこに居るのですか……」
確かにあの地下牢では、鉄格子の向こうに居たはずなのに。
(言葉が通じないと言うことは、辺境から連れてこられていたはず。国に帰る事もできないでしょうに……)
頼れるものが誰も居ない場所で、苦労してはいないだろうか。フィンヴィールが傍に居れば、何の苦労もさせないのにと思う。
(貴女も……どこかで、この月を見ているのでしょうか……)
身体を起こし、窓の外を照らす月を見つめる。季節はもう冬が近い。凍えてはいないか、飢えてはいないか、心配になることは山のようにある。
「……会いたい……」
手紙に残っていた、懐かしい番の匂い。それだけが、番の存在が夢ではなかったのだと告げている。フィンヴィールは痛む胸を押さえ、深く息を吐いた。
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