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番の行方

 フィンヴィールが目を覚ましてからしばらく。城では処理が続いていた。アガリスのせいとはいえ、周辺諸国の併合に加担したのはガリュオンのフィンヴィールである。『番を人質にされ……』と詳細を説明したところ察してはくれたが、何もしないわけにもいかない。


「周辺諸国は全てアガリスから主権を回復しています」

「幸いにも将軍が与えた被害は無かったため、賠償は主に旧アガリスが行っています」

「では本人が回復し次第、迷惑をかけた国や相手に詫びに行かせよ」

「その辺りが落とし所か……」


 本人が頭を下げれば、相手も面子が保たれるだろう。頭の痛いものの1つが片付きそうで、空気が多少緩んだ。


「その本人は?」

「順調に回復中かな~。やっと起き上がれるようになってきた感じ。ただ、魔力の回復量が極端に少ないのは変わってない」

「魔力漏れか?」

「違いますねぇ。診たところそんな形跡は無いです。元から魔力が無かったのかってくらいに、じわじわとしか回復しない」


 ケルノンも、この件に関してはお手上げだった。どれだけ調べても、原因も理屈も分からない。ただそれでもフィンヴィールは回復の兆しを見せ、魔力回路はゆっくりと繋がり始めている。


「それよりもさぁ、……あの子の番の行方の方が今は問題だと思うんだよねぇ」


 ケルノンの言葉に、一同の表情がぴしりと固まった。


「アガリスへの調書によると、黒目黒髪、種族はヒト、魔力はほぼ無い人物との事です」

「……困るよねぇ、魔力が多い方なら探しやすいんだけど」

「魔力が低いヒトは多いですからな」

「足取りは?」

「全く。塔を自力で脱出したのは確かだと思われますが、その後の目撃情報はありません」

「西の塔はすぐ脇に森が広がっていたので、そちらに逃げたものと思われます」


 誰かの溜息が響く。


「それさぁ……最悪、死んでない?」

「駄目です。不吉なことを言ってはいけませんケルノン様」

「そうです、将軍の回復までに探し出さないと……」

「森に人は?」

「放ってます」

「……ヒトの、女の子の足だよねぇ……」

「共通語でもない言葉だと将軍がおっしゃっていたので、呼びかけが理解できない可能性が」

「だとしてもさ、野宿の痕跡くらいはあるでしょ。……最悪、遺品でもさ」


 魔力がほとんどないヒトというのは、とても脆弱だ。森の獣に対抗するにも、それなりの武器が必要になる。しかし、フィンヴィールの番はそんなものは持っていなかった。所持品はアガリスが事前に調べ、武器になりそうなものは何も無かったと聞いている。当然、手の届く場所にもそんな武器は置いていなかっただろう。


「誰かに拾われた?」

「しかしあの森をだいぶ抜けないと、街道はありません。我々が探しているのだから、街道に出ればすぐに分かります」

「番が逃げたのは、我々が駆けつけた日の朝以降だというのも分かっています」

「……やっぱりさぁ」

「口に出すのはやめましょうケルノン様」


 そう遠くに行ったとは思えない。しかし行方は杳として知れない。フィンヴィールはじわじわと回復してきており、タイムリミットが見えかけている。フィンヴィールの番の行方は、頭の痛い話だった。



 そんなある日、急な知らせがガリュオンに飛び込んできた。


「生きてたの!?」

「ケルノン様。言い方をお考えください」

「エスギルの大使館より急使が来ました。情報の内容的に、誰かが飛んだ方が速かったそうです」


 エスギルの地方都市で、フィンヴィールの血の署名の入った手紙が見つかったのである。しかし、持ってきた人物は不明らしい。


「文章は共通語で書かれており、読める者も多いでしょう」

「番は読めないかもしれないな。番が置いていった可能性は高い」

「調査官を派遣しましょう。移動距離からみて、やはり誰かに拾われていたようですね」


 番が生きているかもしれない。これは、森で痕跡を見つけられなかったガリュオンにしてみれば、大きな手がかりだった。



「……それで、この手紙だけが置かれていたと」


 即日、エスギルの城塞都市、レグダムに調査官が派遣された。手紙が見つかって4日目の事である。


「手紙だけ、というか、重石と、あとはその辺りに生えている花が……」

「花の意図が分からんな……」


 手紙は、間違いなくフィンヴィールの血の署名が入っていた。書かれた紙は滑らかで、あまり馴染みがない。ただそれは真っ白で、どこの国のものかも分からなかった。


「匂いを追うことはできませんでした。すぐそこの、大通りに入ったようで」

「大通りの店に聞き取りは?」

「客が多すぎてですね……」


 調査官は頭を抱えた。レグダムは大都市だ。そこで魔力の少ないヒトを1人探すというのは無理がある。


「……こちらの持っている情報は、対象者はヒト、魔力がとても少ないという」

「……あまり、手がかりにはなりませんね……」


 肝心のフィンヴィールに番の事をそれとなく聞いてみても、『可愛い』『優しい』といった、あまり参考にならない情報しか返ってこない。


「ただ、ヒトなら一部の対象者は対象から外れます。獣人やドワーフも一部混じっていましたから」

「しかし、それを加味しても……」


 対象人数が多すぎる。レグダムの住人ではなく、この数日に入ってきたヒト族。出入りする人間が多すぎて、門番ですら細かく覚えてはいない。


「商人、旅行者、旅芸人に見当をつけ、宿や市場、天幕に聞き込みにも行ったんですが……」

「それらしい人物はいなかった、と」

「はい。お力になれず申し訳ないのですが……」

「いえ、状況の共有だけでも助かります。我々も調査に加わりましょう」


 人手は多い方がいい。レグダム警備騎士団には、通常の業務もある。こうしてフィンヴィールの番捜索隊は人員を強化し、レグダムの街を虱潰しにしていった。


「レグダムに定住するのでなければ、また門を通るはずなんだが……」


 番が誰に拾われ、どうこの街に来たのかは分からない。しかし街に入るには、門をくぐる必要がある。定住するなら、新しい住人の情報はいずれ上がってくるだろう。ガリュオンからの調査員は、数日門に張り付いた。


「……あれは?」

「旅芸人の一座ですね。前に聴取に行きましたが、黒目黒髪の少女はいません」

「そうか……」


 念の為に馬車の人員を改めるが、確かにそれらしい人物はいない。


「……目立つ長さの金髪だな」

「ああ、あれは一座の歌姫ですよ。大層歌が上手いと評判でした」

「へえ。ガリュオンまでは……来ないだろうなあ……」

「北限ですからね……」


 一座の馬車の一団が、遠ざかっていく。調査員は、新たな流出者に視線を移した。

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