目覚め
それから数日が経っても、フィンヴィールは目を覚ますことはなかった。ケルノンの見立てでは、ゆっくりと快方には向かっているらしい。それでも、ケルノンの見立て以上の日数が過ぎている。
「おっかしいなあ。なーんか魔力が回復しないんだよねえ」
「杭のせいでは?」
「うーん、ズタボロな魔力の貯蔵量と拮抗するようにしたはずなんだけど……」
フィンヴィールの魔力の回復が遅れている理由が分からず、診察に来たケルノンは首を傾げた。
「どこかで魔力が漏れてる? でも杭は僕が書き換えたし……分っかんないなぁ」
「それは……問題無いのですか?」
「無いことは無いけど、理由が分からないんだよねぇ。呪いなら全部解いたし、探っても何も無い。杭を抜くのがいいのかもしれないけど、目覚めてからのほうが安全かな。一応魔力は増えてきてるし、目を覚ますまでの面倒だけ見てあげて」
「はっ」
「僕でもま~だ分からないことがあるんだから、魔法って楽しいよねぇ」
蒼白な顔色のまま横たわるフィンヴィールの横で、ケルノンが朗らかに笑う。……と、部屋の外からこちらに駆けてくる、軽い足音が聞こえた。
「フィンヴィールさまあああああ!」
「うわ来た」
駆け込んできたのは、薄桃色が毛先に行くにつれて水色にグラデーションした髪の少女である。
「フィンヴィール様が、お戻りになったと聞いて……!」
「うんうん、静かにしようね」
「ああ、こんなに痩せてしまわれて……」
すみれ色の目に涙をいっぱい溜めて、少女がフィンヴィールの顔を覗き込んだ。
「ロウシーン、何で君がいるの」
「この後はケルノン様の授業ではありませんか。少し早めに来ただけですわ」
「……忘れてたぁ」
ロウシーンは、現在のケルノンの生徒の1人である。竜の中でも珍しい、年若の者だ。
「フィンヴィール様がお目覚めにならないと聞いて、居ても立ってもいられず……」
「分かった分かった、確かにフィンヴィールが重症で、君が城に入れたらこうなる。理解した。でもねぇ……フィンヴィール、番を見つけたって」
「そんなはずはありませんわ! フィンヴィール様の番はわたくしです!」
「だからさぁ」
ロウシーンは、自分がフィンヴィールの番だと言い張っている。とは言っても、どちらの眼も金にならないので、皆笑って聞き流している。まだ角も生えない、幼子の憧れなのだ。
「とりあえず、君が居ても何もできないよ。部屋を出よう」
「そんな……」
「フィンヴィールの回復は、陛下も気にされている事柄だ。立ち入っちゃいけない」
「はい……」
「少し早いけど、授業を始めよう。フィンヴィールはちゃんと回復してきてるから」
「はい……!」
子供が珍しい竜族は、子供に甘い。ケルノンは優しい言葉をかけて、ロウシーンを部屋から連れ出した。
「! フィンヴィール様、お目覚めになられましたか!?」
(ここは……)
夢を見ているのか、それとも現実なのか。見えているのは冷たい石の天井ではなく、美しい装飾がされた白い天井だ。ただし、見覚えはない。
(私は……)
どうしたのだろう。ここは暖かく、柔らかい。
(私、は……)
大切な相手がいる。自分よりも何よりも、慈しむべき相手が。
「! 私の番は……!」
飛び起きようとして、力が入らず倒れ込んだ。
「な……」
「あ、やっと起きたねぇ」
気の抜けた声は、馴染み深いものだ。
「……ケルノン。私、は……」
「とりあえず寝たまま。まだ身体を動かせるほど魔力が戻ってないからね」
「だ、だめだ、こんなところに居ては、私の番が……」
「落ち着いて。君はアガリスから身柄を取り戻した。君の番も一緒だ」
「あ…………」
『番も一緒』……そう聞いて、フィンヴィールの身体から力が抜ける。
「……良かった。本当に良かった。私は、番を守れた……」
あの牢獄で兵器として使い潰されながら、どう番を守ろうかと思っていた。自分の力だけではどうしようもできず、ガリュオンに接触する瞬間を待っていた。
「……良かった……」
溢れ出る涙を、フィンヴィールが両手で拭う。鉄仮面の感触もない。自分は本当に戻って来られたのだと、やっと実感した。
「とりあえず杭を抜こう。思ったより回復が遅くてねぇ、君は10日以上も目を覚まさなかった」
「杭……」
「ああ、元のまんまじゃないよ。君ね、今魔力回路がズタボロなの。そこにいつもの君の魔力の量を流してごらん。死ぬよ」
「ああ……」
「だからちょっと書き換えて、君の今の魔力量の限界を越えないように杭に吸収させてるの。でもさぁ、なーんか計算が合わないんだよね」
「計算?」
「そ。魔力が漏れてるみたいに、全っ然増えないの。でも痕跡は何もないし、僕もお手上げだったワケ。杭は要らなかったんじゃないかと思うんだけど、君が起きるまでに勝手に抜くのも怖くてねぇ。だから今、抜いちゃおう」
「はあ……」
首を少し傾けてみれば、あの不快な赤が胸に見える。自分をアガリスに縫い付けたもの。しかし一番大きかったのは、やはり番だった。番を人質に取られていては、何もできなくなってしまう。だがもう、縛られるものは何も無い。
「じゃ、抜くよ」
「ぐっ……」
ケルノンの手がかざされ、ゆっくりと杭が引き抜かれる。何とも言えない不快感に、肌がぞわりと粟立った。早く終わらないかと、それだけを考える。やがて、杭は完全にフィンヴィールの胸から抜き去られた。
「どうだい?」
「……気持ちの良いものでは、ないですね……」
「だろうね。こんなもの、奴隷くらいにしか使わない。特に竜用のやつなんて、太いからねぇ。よくこんなものまで用意したよ」
フィンヴィールの胸には、杭など無かったかのように白い肌が見える。
「こんなもの……無くなってしまえばいい……」
「そうだね、今度働きかけてみようか。君ですら打たれるなんて、僕らにとっても脅威だ」
「あ…………それは、理由があります」
「ん?」
「実は……」
フィンヴィールは、あの時何があったのかを語って聴かせた。足元に魔法陣が光り、魔力がごっそりと抜けたこと。それで動けなくなったところに杭を刺されたのだということを。
「……なるほど。魔法陣については、僕の方で調べてみよう。……君が動けなくなるほどの魔力を、何に変換したんだ? 攻撃魔法で言えば、とんでもない威力のものになるはずだけど……」
「それで…………私の、番は……? 保護されているとおっしゃっていましたが……」
「あー……」
フィンヴィールの言葉に、ケルノンが頭をかく。
「無事だよ。すぐにフランが飛んでいって保護した。ついでにアガリスも滅ぼしてる」
「そうですか……。番に会うことはできますか?」
「それはダメ」
「どうして……!」
「君ねえ、杭が抜けてちょっと楽に喋れるようにはなったみたいだけど、瀕死だったんだよ? 僕さあ、昔から言ってたよね? 力押しで解決するなって」
「しかし、他に方法が……!」
「先に軍を壊滅させて、自分に解呪魔法使ってもらうことだってできたよね?」
「…………」
ケルノンの言葉に、フィンヴィールは目を逸らした。気が逸っていなかったと言えば嘘になる。
「ほらぁ! 何でも自分の力押しで解決しようとしない! 一歩間違えれば、君死んでたんだからね!?」
「それでも……私は番が、何より大切なのです」
「…………」
今度黙ったのは、ケルノンの方だった。何か言葉を選ぼうとし、選べなくて息を吐く。
「……君に番ができたのはよく分かった。でもまずは自分の身体を治すこと。君のそんな状況を見せたら、君の番はどう思う?」
「あ……」
あの優しい番なら、きっと泣いてしまうだろう。それはフィンヴィールにとっても好ましくはない。
「……分かり、ました……。私の体調が戻るまで、どうか丁重な扱いを」
「うん。まずは歩けるようになること。自分の足で会いに行くといい」
「はい」
「さあ、もう少し眠るんだ。身体が起こせるようになるまではもう少しかかるだろうから」
早く番に会いたい。番に会って、様々な術をかけてまずは名前を聞きたい。
番の顔が見れたらどうしようかと考えながら瞼を閉じたフィンヴィールに、ケルノンがどういう表情をしているのかは分からなかった。




