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裏側で

暴力描写があります。

【ある女の死】


(……おかしい……)


 どうにも今夜はツキがない。いや、ツキがないなんてもんじゃない。


(もしかすると、はめられたのかね……)


 おかしいくらいにカードが揃わず、持ってきた金はとっくに尽きた。手持ちではない資産を賭けているものの、それも間に合わないほどに負けている。


「……もう止めにしとくよ。今夜はダメだ」


 身ぐるみをこんな場所で剥がされるわけにはいかない。マファルダはそう言って、カードをテーブルに置いた。


「冗談言っちゃいけませんぜ」

「いや、もう賭けるものが何も無いんだ。アタシの負けさ」

「何をおっしゃる。貴女はあの(・・)『香風の巡り』の座長ではありませんか。まだ賭けられるものはあるでしょう?」

「ダメだね。あれはアタシの飯の種さ。そこまで賭けたら食い上げだ。打つのは自分が生きる最低限は残しておかないとね」

「……我らは、頼んでいるのではないのですよ」

「何だって?」


 マファルダの周りを、男たちが取り囲む。


「先程の証文……ほら、『全てを賭ける』とあるではありませんか」

「な……さっきは無かったよそんな一文は! イカサマだね!?」

「そのような言い訳をされても困りますなあ」

「ふざけるんじゃないよ! こんなイカサマ、白紙さ!」

「貴女はただ譲ると言えば良いのです。あの歌姫を」


(こいつら……狙いはネレイアか……!)


 ネレイアはどうにも後ろ暗い。前に居た街でも、黒目黒髪の少女を探していると警備騎士がやってきた。ちょうど公演中だったから良かったものの、それ以降は人目についてもいいように、ネレイアには舞台での格好をさせていた。


「……ネレイアはアタシの金蔓だ。渡すもんか」

「……言ったでしょう? 頼んでいるのではない、と。これは命令ですよ」

「何を……!」


 馬鹿なことを。そう言おうと思った瞬間、マファルダの脇腹が熱くなった。


「……は?」


 見れば、あるはずのない鈍く光るものが自分の脇腹から生えている。


「あんた……!」


 痛い。自分の鼓動にあわせて傷が痛む。立っていられなくなり、マファルダはテーブルに崩れ落ちた。


「やるもんか……! あれは、アタシのだ……!」

「どうとでも。証文はこちらにあるのですから」

「……ちくしょう……」


 マファルダを支えきれずに、テーブルが傾く。


「……アタシの……金…………」


 血の海に沈みながら最後に唇から漏れた言葉は、誰にも気付かれることはなかった。



【突然の別れ】


「……もう一度言ってくれるか」

「何度でも言ってやるよ」


 いつものように公演を終え、やっと一息つく頃。旅の一座『香風の巡り』の元には男たちがやってきていた。真っ当な男たちではないと、ほとんどの者が気が付いた。自分たちのような根無し草ではなく、金をもらって悪事を働く者の臭い。自分たちとはまた違う、逸れものだ。


「お宅の座長が賭けで負けて歌姫を売り飛ばしたんだよ!」

「そんなわけあるか! 座長を連れてこい!」

「残念だが、全財産失ってフラフラどっかに行っちまった。今頃路地裏で冷たくなってるかもな」

「な……!」


 団員に、衝撃が走る。座長のマファルダは善人ではなかった。自分の贅沢と酒、賭け事が何より大切な女だ。ただ、権力者に取り入るのが上手く、公演の許可をどこかからもらってくる。それだけは誰にも真似ができなかった。

 ネレイアを拾うと決めたのもマファルダだ。賭け事に関しては、鼻が働くはずだ。実際にネレイアが来てから、一座の暮らしは随分楽になった。馬車も増えたし天幕も新しくなった。そのネレイアへの贈り物を掠めていたのもマファルダだったが。

 マファルダは確かに善人ではない。しかし多少の恩はあるし、何よりマファルダがネレイアを売り飛ばすなんて想像もつかない。男たちがどうやってネレイアを譲るという証文を作らせたのか、団員たちは察した。


「別にいいだろ、あの女1人を奴隷に落とせばあんたらには無関係だ。好きに旅を続けりゃいいさ」


 奴隷、という言葉に誰かが息を飲んだ。ネレイアにも恩はある。ネレイアの稼いだ金で、この冬は無事に越せそうだったからだ。そのネレイアを奴隷として売り飛ばすというのは、受け入れがたかった。

 しかしそこに、ネレイアが天幕から出てくる。ネレイアは驚いたように口をぽかんと開けていた。


「居るじゃねえか」


 誰かが変装を取って逃がしていたら、と思った者も居た。しかし見つかってしまった今ではもう遅い。


「ネレイア……!」


 特に仲の良かったリアが、泣きながらネレイアに抱きつく。リアにとって初めての、年の近い同性の子がネレイアだった。言葉も分からないのにいつも一緒にいて、笑い転げていた。それだけに、人一倍思うものがあるのだろう。


「……―――。―――――――、―――――――――――――――」


 言葉が分からないはずのネレイアが、リアを諭しているようだった。


「―――、――――――――」


 はっきりと奴隷商たちを指差す。


「ダメよ! あなた、何をされるか分かってるの!?」


 リアが泣きながら懇願するが、きっとそれはネレイアには伝わっていないのだろう。覚悟を決めたように、ネレイアは1度天幕に戻ると自分の荷物を持ってきた。


「……あいつ、自分の荷物ってあれだけしか無かったんだな」


 買い物は食べ物ばかりで、それもチビたちに分け与えてしまう。持っているのは、ネレイアがいつも見ていた、歌を記した本だろう。


「―――、――――――――」


 ベールとカツラを取り、ネレイアが一人ひとりの顔を見回す。目の奥には怯えが見え、強がっているのが分かった。でも、止められない。止めてやれない。団長はおらず、証文がある。イカサマでもなんでも、証文を作られてしまったら終わりだ。ネレイアを引き換えにしなければ、莫大な借金を負わされてしまう。


「―――――。――――――――。―――……――――」


 ネレイアが、困ったように笑う。と、奴隷商がネレイアの腕を掴んだ。その乱暴さに、女衆が息を飲む。


「……ネレイア……!」

「ごめんな……」

「身体には気を付けるんだよ……!」


 ネレイアが奴隷商に腕を引かれて連れて行かれる。その背中が見えなくなるまで、団員たちはネレイアを見送った。


 団長が居なくなり、ネレイアが売り飛ばされ、扇の要が無くなってしまった。旅の芸人という流れ者の言葉を、聞いてくれるものは居ないだろう。自分たちは、口をつぐむしかない。ある者はつるみ、ある者は独りで、こうして話題の旅一座『香風の巡り』はここで解散した。



【奴隷商】


「そうか。座長は殺したか」

「はい、抵抗されましたので」

「まあそれは何とでもする。商品(・・)を早く受け取りに行け」

「はっ」


 ここ、テスリオは古い街だ。街の中央に領主館を構え、その周りに街が広がっている。古く、大きく――そして、影も多い。ベッファはこの街で、奴隷商として生きていた。

 奴隷は、国によっては認められている。人の命は、金でどうにかなるものだ。特に旅芸人のような、寄る辺のない者たちは。

 ベッファが『香風の巡り』の歌姫の事を知ったのは少し前のことだった。どこにでも居るような旅の一座に、とんでもない逸材が居るというのは手の長い者のところには早くに流れてきた情報だ。様々な街で様々な者が歌姫だけを、一座ごと、どうにか抱え込もうとしたが失敗していた。


(やり方が甘いのだ。罠にはめてしまえば、何とでもなるというのに)


 正面からの交渉では座長が頷かない。だからベッファは罠を張った。座長が賭け事が好きだという情報を仕入れれば、街の賭場に金を渡したのである。世の中、金でどうとでもなる。領兵の一部にも金を渡し、多少のやり過ぎは見逃してもらえるようにもしてある。歌姫を手に入れるためなら、安い金額だ。こうしてベッファは、数年に1度訪れる一座に、罠を張った。



「……これが歌姫?」


 連れてこられた商品(・・)を前に、ベッファは怪訝な顔をした。黒目黒髪の、年端もいかぬ少女である。


「髪はカツラだったぜ。団員の態度からしても、間違いねえ」

「……まあいい。見目はともかく、あの歌があれば高値で売れるだろう」


 ベッファも歌声は聞いていた。恐ろしいほどに心情を掻き立てられる歌声は、唯一無二と言っていい。欲しがっていた領主や金持ちに売るか、それとも値を吊り上げてどこかの王族にでも売り飛ばすか……仕入れ値から考えれば、とてつもない儲けが期待できる。


「お前は儂に買われたんだ」

「―……?」


 歌姫は、警戒を顕にした顔をしている。事前情報の通り、言葉は分からないらしい。まずは値付けのために、魔力値を計らせる。あの歌声だけでも高値は付けられるが、さらに値を上げられるのなら万々歳だ。


「これは……」


 水晶に現れた数値に目を見張る。ヒトだと思われる歌姫からは、ヒトの平均を大きく越えた魔力が見られた。


「素晴らしい! 歌姫としても、魔力目当てでも売れる!」


(これがあの歌の仕掛けか)


 歌は魔法言語ではなく、どうして力を使っているのかは分からない。しかもそれは『歌で心を打つ』という限定的なものに限られている。


(まあいい。結果は変わらん)


 歌姫として、長じては優秀な子を産むための母胎として、高く売れるのは間違いない。ベッファは売り先の算段を付け始めた。


「お前は儂の商品だ。逃げられんぞ」


 部下に指示を出し、歌姫の荷物を奪わせる。


「! ―――、―――……!」


 荷物を取り返そうとする歌姫の腹を、部下が殴った。


「おい、顔と腹に怪我をさせるな」

「加減はしてますぜ」


 腹の上部に一発。それだけで歌姫は、吐き散らかして動かなくなる。


(弱いな。これなら大人しくなるだろう)


 暴力を知らない、真綿で包まれたようなところで生きてきた者の目だ。多少の暴力ですぐに心が折れ、扱いやすい奴隷になる。恐怖で彩られた目は、ベッファが今までにも多く見てきたものだ。


「荷物は……なんだか分からんものが多いな。本と音を奏でる魔道具の他は二束三文だろう」


 本は稀少だ。そこそこの値段で売れるだろう。紙類も全部まとめて、一緒に売ってしまえばいい。


「汚れたな。服を変えてついでに検査を」


 値を吊り上げるためには他にも調べなければ。ベッファは引きずられていく歌姫を見ながら、どこに繋ぎを取ろうかと考え始めた。

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