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お祭りの町にやってきました

「……お祭りだあ」


 新しい町で、悠花は目を輝かせて顔を上げていた。高い櫓に、設えられた舞台。人々は笑顔で、町は飾り付けられている。これはきっと、収穫祭というやつなのだろう。

 秋は深まり、もう少しで冬が来る。雪の降らない場所に行くのか、それともどこかで冬を越すのか、悠花には分からなかった。


「お祭りは、初めて見るかも……」


 最近は、大きな街が多かった。お祭り騒ぎのような場所ではあったが、お祭りとはまた違う。


(お店とか、見られるといいな)


 広場の周りには、露天が準備を始めている。買い食いする余裕くらいはあるだろう。屋台を巡るのも、祭りの楽しみのひとつである。


(踊り子ちゃん誘ってみよっと)


 今回は公演用の天幕は使わない。全て町の舞台で行うようだ。だから荷解きも、プライベート用の小さい天幕や衣装、道具類だけ。普段よりほんの少し、手が空いている。


「……寒くなったなあ」


 日中はまだしも、朝晩は随分と冷える。踊り子や子供たちと固まって寝ることが増えた。冬が近い。冷たい風が頬を撫でると、鉄仮面のことが心配になった。


「……もう、助けてもらえたのかなあ」


 鉄仮面がいた牢は地下で薄暗く、温度も低い。


「……寒くないといいなあ」


 自分がいれば毛布を入れてやれたが、あの国に、そんな事をしてくれる人はいるのだろうか。期待するだけ無駄な気がして、胸が痛くなる。

 手紙を託して、3週間以上が過ぎた。きっともう、助けられていることを願いたい。背中いっぱいの傷は大丈夫だろうか。痩せてしまった身体は、元に戻っただろうか。もうどうしようもできない、自分ができることは全てしたはずの相手が、どうしても胸の奥に残っている。

 この場所で笑い合う時に、ふとあの塔でのことが胸を刺す。自分だけ安穏としていていいのか、と。助けを求める手紙をそれなりの場所に託すことしかできなかったのは分かっているのに。それでも、今あの男の無事を祈らずにはいられない。折に触れてそう思ってしまう。


「――――」


 不意に肩を叩かれ、悠花は思考の海から浮上した。見れば、踊り子が立っている。指を刺されたのは炊事班の方だ。どうやら人手が欲しいらしい。


「分かった」


 ちりちりとした胸の痛みを押し込んで、悠花は踊り子に付いていった。



「ねえ、今度はあれ食べようよ!」


 数日後。公演の合間に、悠花は踊り子と祭りを回っていた。今回は座長判断で、変装はしていない。あの格好をして外に出れば、人が集まってくるからだ。


(あのままじゃお祭りは楽しめないから、今回は素顔でよかった……!)


 この町でも、悠花の歌は知られてしまった。舞台からプライベートな天幕に戻る間ですら人が寄ってくるほどだ。あのままではとてもではないが、遊びにはいけない。悠花は素顔のまま、踊り子と町を冷やかしていた。


「ドライフルーツ、買ってく?」

「――――。―――――――」


 買い物、買い食い、友達との時間は楽しい。雑貨は悠花にしてみれば物珍しいし、食べ物も食べられなくはない。それに、いつもは貴重な甘いものがあるのもよかった。量り売りのドライフルーツを小さな紙袋に入れてもらい、ほくほくしながらまた次の店を見る。


「あ、あっちで座って食べよ」


 買った揚げ菓子が、紙袋の中で悠花を待っていた。食べ物を持って、広場を横切ったベンチに向かう。


「―――、――――――」


 踊り子が空いたベンチを指差し、足早に向かっていった。


(あ、あれも美味しそう)


 横切ろうとした屋台に、つい目を引かれる。その時だった。


「―――!」

「え?」


 誰かの叫び声に悠花が顔を上げる。

 通行人が、何かを指さしている。


(え……)


 そこには、数メートル先を歩く踊り子に向かって倒れてくる櫓があった。


(嘘……)


 思わず、身体が動いた。


(嫌……!)


 全てが、スローモーションに見える。悠花は走って踊り子に体当りした。


「……っ……!」


 タックルするように、勢いのまま2人で地面に倒れ込む。踊り子をきつく抱きしめ、ぎゅっと目を閉じ――悠花は来るであろう痛みに身構えた。


「!!」


 固いものが砕ける音。みしみしと、木が折れる音。地面に当たった櫓が、盛大に壊れる。その振動と風、音を悠花は足元で(・・・)聞いた。


「…………」

「…………」


(生き、てる…………?)


 そっとそっと目を開けると、悠花に抱きつかれた姿勢のまま、呆然と空を見上げる踊り子の横顔が目に入る。


「――――!」

「―――――――!」


 動けないでいると、次々に人が悠花たちに駆け寄ってきた。手を差し出され、起き上がり、踊り子と2人で顔を見合わせる。


(助かった……?)


 砂煙がやっと収まった悠花のすぐ足元には、櫓が見るも無惨に倒壊していた。ほんの数メートル。その差で悠花は死んでいたかもしれない。


「た……助か…………」


 今の自分と、櫓だったもの。それを見比べているうちに、安堵で涙が溢れてくる。


「踊り子ちゃん、無事でよかった……」

「―――――――! ―――――――!!」


 踊り子が何かを怒鳴る。しかしいつも気の強そうな眉尻は下がり、目には悠花と同じように涙が溜まっていた。


「よかったよぉ」


 たまらずに悠花は踊り子に抱きついた。温かい。生きている。抱き合ってわんわん泣いているうちに、一座の人間がやってきた。ぐすぐす泣いている悠花たちを立ち上がらせ、周りの人間に状況を聞いているようだった。


「――、―――――」


 天幕の方に背中を押され、踊り子と手を繋ぎ泣きながら戻っていく。思い切り泣いたのは、いつが最後だっただろうか。2人で泣きながら帰ると、年かさの女性たちが抱きしめてくれた。小さな子にするように頭を撫でられ、また涙が溢れてくる。


 泣き疲れた頃に、悠花たちにホットワインが差し出された。暖かく、スパイスの香りとフルーツの香りがする。鼻をすすりながら、悠花は踊り子と並んでホットワインを口にした。


(あったかい……)


 アルコールが飛ばされ、甘くされたそれは子供向けにされているのだろう。日が陰り、冷えてきた身体が温まる。


(今夜の公演は、どうなるんだろう)


 喧騒が伝わってくる広場は、まだ櫓が倒壊したときの余韻が残っているようだった。ホットワインを飲みながら周りを見てみると、準備を始めている時間なのに誰も動いていない。


(やっぱり、今日は無いのかな……)


 あんな事故があったのだ。演者も観客も、やりづらいだろう。


(明日は、元に戻れるようにしなきゃ……)


 そう思っていたのに、一座はその後舞台に立つこと無く足早に町を後にした。

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