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子供は可愛いと思いました

「あーっ、よく働いたなぁ」


 チョコレート紳士のいた街を離れ、また馬車の上。悠花は固まりそうな身体を思い切り伸ばした。最近はやっと馬車にも酔わなくなってきて、ちょっとなら余裕もある。ただ、楽譜やスマホは見れない。下を向いていると、危険度が跳ね上がることはすっかり分かっていた。


(どうしよう、適当に音楽を流して、歌えそうな曲を探そうかな)


 きっかけになったのは、リュート奏者との共演だ。調べなかったら知らなかった曲がまだまだいっぱいあるのだと分かった。悠花が主に歌っていたのはバロック、古典派、ロマン派の時代の曲で、それよりも前のルネサンスの時代の曲は知らなかった。だが調べてみると、いい曲も多い。それに、同じ歌詞でロマン派の作曲家が曲を付けていたりする。歌いたい曲が多すぎて、時間が足りないと思う毎日である。


(……下を向かなきゃいいなら、上を向いてればいいのでは……)


 上を向いて、イヤホンで音楽を繰り返し聞きながら、時折歌詞を見る。楽譜を持っていない曲だ。耳で覚えるしかない。


(……旋律はだいたい覚えたし、次は歌詞を……)


 空を見ながらぼんやり考えていると、視界を竜が横切っていく。


「!?」


 前に見たのとは違う、黒いのに鱗がピカピカ光る竜だ。


「あ……」


 悠花が震える指で上空を指すと、踊り子もひょいと空を見る。


「――、―――――――」


 何事もないように言って、また席に戻ってしまった。


(めずらしい生き物じゃないってこと!?)


 悠花からしてみたら、『あ、ツバメが飛んでるね』くらいの反応だ。信じられない。


(そんな雑な対応でいいの!?)


 しかも襲ってくることすら警戒されていない。街道でたまに見かける狼のような生き物や、虎のような生き物なら皆一斉に警戒し始めるのに。


(ドラゴンの方が安全ってこと?)


 確かにここからでは弓も魔法も届かないだろう。そもそも、この人数で戦っても勝てる気はしないが。呆然と見ている間に、黒い竜は飛び去っていった。


(確かに全くこっちを気にしてなかったけど……異世界基準が分からん……)


 途中の獣は怖いが、悠花からしてみたら竜のほうがよっぽど怖い。あんな生き物は見たことがない。


(……食べるのが人間じゃないからとか、そういうやつ……?)


 ここはファンタジーな世界だ。きっと竜も、花や宝石を食べて生きているのかもしれない。悠花は無理やり自分を納得させて、音楽に意識を戻した。



「踊り子ちゃん、ストレッチしよ」


 今夜も野宿だ。悠花は日課になったストレッチに、踊り子を誘っていた。前のような、階段を何往復もするような筋トレはできていない。でも1日に何度か、こうして踊り子とストレッチをしている。


「やっぱり身体が柔らかいよねえ」


 自分の脚を肩に乗せた踊り子が、悠花に笑みを投げかけた。


「そこまでは無理だわ……」


 ストレッチを続けても、そこまでできる気がしない。悠花は地道に前屈をするくらいだ。その前屈も、踊り子はべったりと胸が床に付くのだから柔軟性が違う。


「わ、来たな子供たち」


 悠花が頑張って前屈をしていると、急に背中を押された。小さな手の感触に、子供たちが寄ってきたのだと分かる。


「やめてー重いー」


 悠花が何を言っても、子供たちは笑うだけだ。お菓子を配り始めてから、悠花はすっかり子供たちと打ち解けた。もともと人懐っこい子たちではあったが、比べ物にならない。やはり食べ物の力は重要である。


「足に乗っててくれる?」


 子どもの1人を足の甲に乗せて、腹筋をする。ただ身体を動かすだけではなく、息を長く吐いて腹筋を意識しながら。踊り子の存在は、こういう時に嬉しい。1人で運動するよりも、隣りにいてくれると励まされる気がする。芸は水面下の努力も大事なのだ。


 ストレッチが一通り終わり、悠花たちは寝床に潜り込んだ。子供たちも寄ってくる。お目当ては分かっている。


「――Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are! ――……」


 子供たちが歌に耳を傾けてくれる時間が、悠花は好きだった。自分も小さな頃、母親にこうして歌ってもらったことを思い出す。……最初は思い出すだけで、鼻の奥が熱くなった。でももう、そんなことも少なくなっている。


「じゃあ次はね……」


 何曲か歌っているうちに、誰かが小さくあくびをしたのが分かった。


「――Weep you no more, sad fountains; What need you flow so fast? (もう泣くな、悲しげな泉よ。どうしてそう早く流れる必要がある?) ――……」


 今日知ったばかりの、悲しげで柔らかな子守歌。


「――Look how the snowy mountains Heaven's sun doth gently waste! (あの雪山を見よ、天の太陽が優しく雪を融かす様を!) ――……」


 ゆりかごを揺らすような、優しい音。


「――But my sun's heavenly eyes View not your weeping, (だが、我が太陽である人の眼よ、泣いてくれるな) ――……」


 泣いている人の頬に、そよ風がそっと触れるように。どうか泣き止んでほしいと祈りながら。


「――That now lies sleeping, Softly now, softly lies Sleeping. (それは今、眠っている。そっと、そっと、今だけは眠っている) ――……」


 子供たちは目を閉じている。外の焚き火の光がうっすらと差し込む中、悠花にもそれが見えた。


「――Sleep is a reconciling, A rest that peace begets; (眠りは和解。平和が生み出す安息)――……」


 呼吸が、寝息に変わっていく。昼間は騒がしい子供たちも、寝ている時は静かだ。


「――Rest you, then, rest, sad eyes! Melt not in weeping, While she lies sleeping, (お休み、悲しい瞳よ! 融ける程に泣いてはいけない。彼女が寝ている間だけは) ――……」


 踊り子も、寝てしまったようだ。天幕の中、声を落とした悠花の歌声だけが響く。


「――Softly now, softly lies Sleeping. ――……」


 最後の1音を歌うと、起きているのは悠花だけになっていた。

 今夜も、この歌のように静かな夜だといい。前に居た場所が平和だったのか、それとも危険な場所に来てしまったのか。夜も獣が襲ってくることがある。今のところ団員に怪我は出ていないが、街に着くまで気は抜けない。


(……わたしも、戦えたらよかったのかな)


 そう一瞬思ったが、自分には無理なことも分かっている。武器なんて触ったこともないし、魔法だって使えない。悠花は子供たちと一緒に、影で震えていることしかできないのだ。


(獣人の子は、わたしより小さくても戦ってるのにな)


 最初に話しかけてきてくれた男の子。あの子もたまに、不寝番に混じっているのを知っている。彼が得意にしているのはナイフ投げだ。小さな的でも寸分違わずナイフを当てる、そのコントロールには驚くしかない。


(いや、でも、男の人でも戦ってない人もいるな……)


 リュート弾きがそうだ。ただ、どうみても戦えそうにはないので理解はできる。


(……わたしは、舞台で助けさせてもらおう……)


 悠花にできるのは、それくらいしかない。もっと歌が上手くなって、もっと人を呼べるようになれば、きっとみんなの役には立てる。


(ねむ……)


 悠花は毛布を被り直すと、外の焚き火の音を聞きながら眠りに落ちた。

Weep you no more

歌詞自体はシェイクスピアの時代のもの。

作曲はロジャー・クィルター

クィルターはロマン派のイギリスの作曲家です。日本人だと結構好みな旋律を作る人だと思う。この曲も、ゆったり美しい旋律なのでとても聞いて欲しい。好きな曲です。


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