いろんなプレゼントをもらうようになりました
結果から言えば、悠花たちの宣伝は大当たりだった。悠花たちが捌けるとすぐに子供たちが出てきて、口々に一座の宣伝をしているようだった。その夜から客は大入りで、悠花も1日に2度歌っている。
「――――、――――――」
「え?」
踊り子が悠花に、何かの包みを手渡した。この街に来てからというもの、花やこうした小さなプレゼントをもらうことが多い。自分宛てなのかどうなのかは分からないのだが、誰かがこうして悠花に渡してくれるから悠花宛てなのだろう。
「ありがとう。……今度は何だろ」
包みを開けると、懐かしい香りがふわりと鼻をくすぐった。
「あ、これ、チョコレートだ!」
包みの中には何粒ものチョコレートが、綺麗に鎮座している。顔を輝かせた悠花とは対象的に、踊り子は焦げたような塊に不審な顔をしていた。
「これ、多分すっごく美味しいよ! ほら!」
一粒口に放り込むと、ほろ苦く、懐かしい味が口の中でとろりと溶ける。
「生き返る……」
あの頃は当たり前だった味。それをまた、食べられるとは思ってもいなかった。
「はっ……この街には、チョコレートのお店がある……?」
悠花は慌てて、包み紙を見た。包み紙には何もなかったが、カードが入っている。
「字が分からん……!」
これでは1人で買いに行くこともできない。
(そうだ……)
「ねえ、踊り子ちゃん」
「?」
「これ、食べて?」
取り出した一粒を、踊り子の唇に押し当てた。
「! ―――……! …………――?」
「美味しいでしょ」
いたずらが成功した子供のように、悠花がにんまりと笑う。チョコレートを口に入れた踊り子が、驚いたように目を瞬かせた。
「これのお店、分かったりする……?」
カードを見せると、踊り子が少し考える。そして悠花に『待て』の合図をして去っていった。
「何か思い当たる店があったのかな」
買えるなら買いたい。買うだけのお金は多分ある。悠花が大人しく待っていると、踊り子が子供たちを連れて戻ってきた。
「何だった?」
「――、―――――――」
踊り子がチョコレートを指差し、子供を指差す。
「それはいいけど」
「―――――、――――――――」
並ぶ子供たちの口に入れてやると、子供たちは一様にその甘さに顔を輝かせた。
「――? ―――――――――」
食べた子供たちに、踊り子がカードを見せる。
「あ、人海戦術?」
文字が読める人は、あまり居ないらしい。でもカードがあるのだから、文字は書き写せば済む。それを見せて回れば、店はすぐに分かるのではないだろうか。
「さすが……!」
これでまたチョコレートが食べられる……そう思っていた悠花は、その考えが甘かったことを理解する。
「えーと……どういうこと……?」
数日後。昼公演を終えた悠花は、衣装を変える暇もなく鬼気迫る表情の踊り子に連れ出されていた。
「待ってよー、歩くの早いってば」
(それに、この格好だからめちゃくちゃ見られてる……)
踊り子に手を引かれて歩く悠花に、周りの視線が刺さる。きっと舞台を見に来た人も居るのだろう。指まで刺されている。
「――、―――――――!」
1軒の店の前で、踊り子は足を止めた。
「何ここ…………あれ、あの看板って……」
道にせり出すようにぶら下げ垂れた看板には、見覚えがある。
「ここ、あのチョコレートのお店!?」
しかし踊り子は、悠花を見ることもなく店の中へと突撃した。店に入ると、ぎょっとした顔の店員が悠花たちを見ている。
「―――――――――――――!?」
「……えっと……?」
踊り子の前に押し出され、状況が分からずに首を傾げた。店に漂うのはチョコレートの香りで、確かにここはチョコレート屋らしい。しかし店員は、悠花たちを睨むと『出ていけ』とでも言うかのように手を振った。
「あ…………」
(これ、もしかして…………売って、もらえない……?)
店員の、見下すような目。そんな目を、そんな感情を強く向けられたことはなかった。でも悠花は、その目を知っている。
(……あのお城の人たちが、鉄仮面さんを見てた目とおんなじだ……)
甘い感情は、一気に冷めた。
「……いいよ。もう、行こう」
こんな場所に、1秒でも長く居たくない。
「――……!」
「もっと美味しい店、探しに行こ? ね?」
(踊り子ちゃんはわたしより年下だ。こんな目、向けられちゃいけない)
踊り子の手を握り、外を指差す。踊り子は一瞬泣きそうな顔をしたが、悠花が笑顔なことに気が付いたのか、いつものように強気な笑みを見せた。
「では、御機嫌よう」
足を引き、少し膝を折り、舞台のように挨拶を返す。それが悠花にできた、精一杯の嫌味だった。
「―――、―――――!」
店を出ると、踊り子にはいつもの笑顔が戻っている。そのことに悠花はほっとした。
「―――、――――――――――――――――――――――!」
「……ん?」
通行人に向かい、踊り子が何かを叫ぶ。……と、通行人の1人が話しかけてきた。
「……―――、――――――?」
「―――。―――――――――――――――――――――」
踊り子が答えると、また別の1人が会話に加わった。
「―――、――――――――――……!?」
「―――――――。―――――――――――」
「――――! ―、――――――――……!」
「え?」
唐突に悠花に向かって手を差し出され、悠花が固まる。言葉が分からず理解できない悠花の手を、踊り子が壮年の紳士の手に重ねた。
「あ、握手ね。大丈夫です。ありがとうございます」
口元以外は見えないが、営業スマイルを返す。
(何言ってるのか分からないけど、めちゃくちゃ歌を褒められてる気がする……)
手を握ったままの紳士は、頬を紅潮させて悠花に何かを熱弁している。熱意しか分からないが、なんとなく伝わるものはある気がした。
「――――――――、―――――――――――――――。――、―――――――――……」
「―――――――。――――――――」
「――? ――――――――!」
手を握ったまま、踊り子が紳士となにかを話している。やがて踊り子が、にっこりと微笑んだ。
「――――、――――!」
「え?」
やっと手を離してくれた紳士を先導に、踊り子に手を引かれて道を歩く。その間にも、視線が悠花たちを追ってくる。
しばらく歩いて、紳士が連れてきてくれたのは別のチョコレートの店だった。
「あっ、こっちもめちゃくちゃ美味しそう……!」
瓶に詰められ、店に飾られたチョコレートに、つい目を奪われる。
「あの、本当にありがとうございます」
食べたかったチョコレートが、この店では売ってもらえそうだ。悠花はチョコレート紳士に向かって、丁寧に膝を折り礼をした。……と、チョコレート紳士が悠花の手を両手で握り、また何かを熱弁してくる。
「――――、―――――――――――」
「―――――!」
踊り子がさり気なく間に入ってくれ、悠花はチョコレートを物色し始めた。
(色的に、こっちはビターでこっちがミルク? どれも美味しそう……)
うっとりと眺めていると、肩を叩かれる。顔を上げると、綺麗な小皿に盛られたチョコレートが差し出されていた。
「え……もらっていいんですか……?」
見回すと、チョコレート紳士が嬉しそうに頷いている。
「ありがとうございます……!」
小皿を受け取り、チョコレートを口にする。チョコレートの風味が、さっきの店のものより強い気がして、思わず口元が緩んだ。
「美味しい……!」
感動に震えていると、今度は紳士が包みを差し出す。それにはまたチョコレートが入っているようだった。
「え、こっちももらっていいんですか!?」
うろたえている悠花に、紳士が満足気に頷く。踊り子が包みを悠花の胸に押し付けたので、悠花はそれを受け取るとまた紳士に礼を言った。
「本当にありがとうございます。大事に食べますね」
「――……―――――――――――……」
(……いい人がいて、よかった)
踊り子を見ると、彼女も嬉しそうにチョコレートを摘んでいる。この街にも、チョコレートにも、嫌な思い出が残りそうにはなさそうで、ほっとした。
(自分の言葉で、お礼が言えたら良かったのに)
どれだけ嬉しくて、どれだけ感謝しているか。それが自分の口から伝えられないことだけが気がかりだ。
チョコレートの乗っていた小皿を置き、悠花はもう一度感謝を込めて丁寧な礼を紳士に返した。
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