できることをしてみることにしました
「とりあえず鉄仮面さんに敵意は無さそう、と……」
最初は驚いたが、鉄仮面に敵意は無さそうだった。それどころか、悠花が自分のパンを与えたのだと知ると驚いてさえいるようだった。
(まあ、表情は全く分からないんだけど)
昨日の服を見る限り、元は高貴な身分なのだろう。なにか政治的な問題で、ここに囚われているのかもしれない。思いの外まともそうな同居人に、悠花は胸を撫で下ろした。
(鉄仮面さんは、どんな人なんだろう)
現代日本には存在しない、貴族というやつだろうか。
(髪の毛だって、あんな薄暗いところでもツヤツヤだったし……)
手掴みで物を食べているというのに、その仕草には品があるような気がする。
「まあ、名前も何も分からないんだけど……」
昨日城でなんとか自分の名前を説明しようとしたが、『ユウ』『ユウカ』と言っても分からないようだった。根本的に発音が違う言語なのかもしれない。それでは鉄仮面に自分の名前を教えることもできないだろう。無論、喋れない鉄仮面に名前を教えてもらう事もできない。
「ほんと、どうしよう……」
普段の癖でスマホを手に取り、ふと気がつく。
「あっ、電池も節約しないとまずい……!?」
昨日の夜に使って、電源は入れっぱなしだ。生命線とも言えるそれは、絶対に失うわけにはいかない。
「……あれ……?」
だが、慌てて電池を確認して違和感を覚える。
「残量、87%……」
普段であれば、充電せずに朝を迎えればもっと残量は少なくなっている。これでは、昨日の昼過ぎから使っていないくらいだ。
「…………」
おかしいと言えば、このスマホだ。電話帳も、SNSも、連絡手段が全て消えている。
「待てよ、マップ……!」
地球のどこに居ても、GPSで居場所が分かる。だが、僅かな望みはすぐに断ち切られた。
「……つながらない……」
オフラインの表示に、絶望的になる。
「でも、だって、WEBページは……」
ブラウザは立ち上がる。適当な地名を検索すると、その地図だって出る。だが地図アプリに戻っても、自分の現在地は表示されない。
「なにこれ……」
ここがどこか分からない。言葉だって通じない。
「……なにこれ……」
あまりの理不尽さに、涙が滲む。
「……っ……」
長い息を吐いて、悠花は前を見た。
「できることを、しよう……」
やはり電池の減らないスマホを握りしめ、やれる限りはしてやろうと誓う。
(スマホがこのまま使えるなら、知識だけは蓄えられる……)
月の満ち欠けで、どのあたりにある国なのかは分かるだろう。どうしてここに来てしまったのかは全く分からないが、帰るためには何だってしよう。
「まずは……まずはそう、フィジカル……!」
身体は資本である。健康的にも、声楽家的にも。日に何度もあの滑車を使うなら、この塔を上り下りするなら、体力が無くてはどうしようもない。悠花は効きそうなストレッチを、片っ端から検索しだした。
「明日絶対筋肉痛だわ……」
シャワーを浴びて、ついでに洗濯までして、ベッドへと倒れ込む。しっかりと体力を使った身体は、昼前だというのにベッドの誘惑に逆らえない。昼食のベルに起こされるまで、悠花はそのまま眠り込んだ。
「いや昼食も量多いな?」
こってりと、そしてしっかりとした量に思わず声が出る。
「このままだと、運動してるのに太ってしまう……!」
声楽家に必要なのは主にインナー的なマッスルだ。脂肪だけが必要な訳ではない。悠花はパイを半分に切り分け、そのまま地下へと足を向けた。
「お昼です」
「…………」
姿を見せた悠花に、鉄仮面が視線を向ける。
「すみません、食べきれないんで食べてください。あと冷めたら嫌なんでわたしもここで食べます」
引きずってきた絨毯を敷き、鉄格子の前に腰を下ろす。
「どうぞ」
そう言って渡したのは、濡らしたタオルだ。手掴みするしかない鉄仮面への、悠花のささやかな心遣いである。
「えーと、鉄仮面さんのパンと……」
持っていたコピーの仕損じで折った、折りたたみできる籠。それを鉄格子の向こうで広げ、乾いたパンを入れていく。
「パイ半分、あげます。温かいうちにどうぞ」
手を出してもらい、パイを手渡した。
「…………」
またしても鉄仮面が心配そうな視線を向けるので、手振りで『どうぞ』と追いやって、自分もパイにかぶりつく。
「うん、味は悪くない」
悠花が食べだしたのを見て、鉄仮面も鎖の付いた板の手枷のまま食べ辛そうに食事をしだした。
「まあ、わたしはひどいことはしないので……そっちもしないでくださいね……?」
分からない相手は警戒しておくに越したことはないし、優しくしておくに限る。悠花は鉄仮面の視線を感じながら、食事を終えた。




