一座の花形
「……まさか森を通ってる間に、アガリスが滅んでるとはねえ」
ようやく森を抜けて数日。『香風の巡り』一座は、別の町にたどり着いていた。町全体のお祭りムードの理由を尋ねると、ここまで領土を拡大していたアガリスが滅んだと聞かされたのである。
「この国がアガリスになってたのも驚きましたが、それ以上に驚きましたね」
「でもお陰で、みんな財布の紐が緩そうじゃん」
「違いねえ!」
「嫌われてたもんなあ、アガリスは」
聞けばアガリスは、竜の番を捕らえていたのだという。それで竜の怒りを買い、国は一夜にして無くなったそうだ。『金眼の竜には近づくな』の新しい一例として、噂はもうこんな場所まで届いていた。
「まあ、アタシらがやるのはいつものことだ。支度しな!」
町の長に媚びて公演の許可をもらい、さっそく大きな天幕を設置する。
(何にせよ、今日からネレイアが舞台に立つ。この分なら大きな稼ぎが期待できるね)
ネレイアは、とんでもない拾い物だ。言葉が通じないのは玉に瑕だが、大人しく、旅の間もできることはしようとする。持っている本も、音楽の鳴る魔道具も、気にはなったが触れはしなかった。それをひとつ売り飛ばすよりも、長くネレイアに歌わせたほうが金になる。
あのネレイアの歌を、浮かれきった場所で聴かせてやればどうなるか。それを考えただけで嬉しくなる。
(もしかして、新しい天幕くらい買えるかもしれないね。いや、馬車だって……)
ネレイアは売れる。絶対に売れる。それは、今までの自分の勘から間違いないだろう。自分たちの芸とは違う、理不尽なほどの力。それは絶対に利用しなければいけない。
「ネレイアはしっかり支度してやりな。元の容姿が分からないくらいにね」
そう指示を出すと、女衆が寄って集ってネレイアのドレスを選び始めた。やれ都会風がいいだの、やれ年相応の物がいいだの、色々言い合っていたが、結局時代がかったものになった。分からない言葉の歌なのだ。古代の一族とでも言っておいたほうが箔が付く。
多少のハッタリは大事だ。貴族の血を引くだの、類まれな怪力だの、大げさな言葉で飾り立てて人を呼ぶ。客も、旅芸人がどういうものか分かっているから、その『嘘』も込みで楽しんでいく。
(そんな連中に、ネレイアの歌を突きつけたらどうなるかねえ)
あれは『本物』だ。聞いたことのない歌だけが、魅力じゃない。激しく心を揺さぶる力だ。歌詞は分からないのに、感情はありありと理解できる。ひと時の夢を見せる、素晴らしい黄金の精霊。
(きっと、噂は噂を呼ぶ)
ネレイアの歌を聴きたいと、客が押し寄せるようになる。そうなれば、今のように町の有力者に媚びて肩身の狭い思いをしなくてもいい。
(ネレイアが、言葉も文字も分からないのが幸いしたね)
ネレイア1人を引き抜きたくても、手紙も、名前を呼ぶのも効果はない。ネレイア自身、己の『ネレイア』という名前すら聞き取れないようなのだ。もちろん、耳が聞こえない訳ではないのは理解している。それとなくネレイアが1人にならないように見張らせてはいるが、ネレイア自身も別にどこかに行くようなこともなかった。黄金の精霊は、マファルダにとって随分と扱いやすい。
「……――……」
支度をされたネレイアは、出番を待ちながら喉を温めている。黄金の精霊にふさわしい長い金の髪。顔は口元以外はベールに覆い隠されて分からず、神秘的な雰囲気を出している。『古代の一族の歌姫』にふさわしい姿に、嫌でも期待が湧く。
(さあ、アタシの人生一番の大勝負だよ……!)
本を見ながらぶつぶつと歌を繰り返しているネレイアの肩を叩き、舞台を指差す。ネレイアは頷くと、魔道具ひとつを持って舞台の方へと歩いていった。
(ゆっくりと見物させてもらおうじゃないか)
ざわめく観客は、ネレイアを見ずに談笑している者もいる。しかしネレイアが歌い始めると、場の空気は一瞬にして支配された。
(やっぱり……!)
ゆっくりとした、優しい歌。どこかほっとするような歌は、掴みとして申し分ない。人の耳を惹きつけ、警戒心を解かせている。観客は雑談など忘れたように、ネレイアを見つめていた。
「――――――……」
次の曲は、どこか素朴な響きだった。なのにその歌は、切ない気持ちを思い起こさせる。遠い日の、しまい込んでしまったような恋心のような、思い出すにはほろ苦いものを。
(これ、これだよ……!)
胸の奥をこじ開けられるような想い。ただの歌には持ち得ない、魔術的な力。ネレイアの歌には、何かしらの魔力があるのだろう。だからこそ人の心に入り込み、歌の情景を錯覚させる。
(頼むよネレイア……!)
最後の曲は、切ないものだった。どこか迷いを感じるような旋律の前奏から、静かに歌が始まる。観客はネレイアの歌の一音も聞き逃すまいとするかのように、真剣に舞台を見つめている。
ネレイアの声が朗々と響く。明るさと、切なさを織り交ぜた旋律が、別離の寂しさのようなものを思い起こさせた。ネレイアの表情は分からない。それなのに、歌声だけで観客を釘付けにしている。ある者は切なそうに眉をひそめ、ある者は流れる涙もそのままに。
(アタシも気を抜くと危ないね……)
気が付けば歌に引き込まれているのだ。余程用心をしておかなければ、マファルダもただの観客になってしまう。
やがて歌が終わり、ネレイアが優雅に礼をして舞台袖に戻っても、観客は我には返らなかった。
「良かったよ!」
緊張したのか、視線を落としていたネレイアの肩を抱き、思い切り称賛する。
(やっぱり、あんたは黄金の精霊だ……!)
我に返った観客の歓声が裏にまで響き渡り、ネレイアが飛び上がった。
「―……?」
「ほら、行っといで!」
ネレイアの肩を掴み、舞台を向かせる。
「あの歓声は、あんたのもんだ!」
(そして稼ぎはアタシのもんだ……!)
歓声に包まれるネレイアを見ながら、マファルダは楽しそうに酒を呷った。




