思わぬ拾い物
うっかり別の話をアップしてしまい、消せなかったので差し替えました…。
こちら、2章の2話目です…。
「今日はここで野宿だね。支度しな!」
森の中、開けた場所で馬車を止めさせたマファルダは、そう団員に指示を飛ばした。前の町を出て森に入ってしばらく。これ以上進んでも、明るいうちに森を抜けられそうにない。
マファルダは旅の一座『香風の巡り』の座長である。団員を連れては国や町を巡り、華やかな芸で稼いでは、飽きられる前に別の街に移動することを繰り返していた。
「しっかし、噂以上に酷い国だったな、アガリスは」
「仕方ねえ、人間様至上主義じゃな。でもまだまだ領土が増えるんじゃねえの?」
「竜を飼ったんだろ? 上手くやったよ」
話題はもっぱら、アガリスの事だ。団員に獣人が居ることもあり、アガリスに行く気は無かった。しかし、アガリスの方から国境を拡大してきたのはどうしようもない。とはいえ一座が回っていたのはアガリスに真っ先に飲まれてしまった元アルカン、元エドリアの田舎町だ。国が滅びた情報も後から回ってくる程度で、のどかなものだった。しかしそんな場所にもアガリスから『人間以外を追放しろ』と王命が出た。きな臭さを感じたマファルダは、すぐに町を後にしたのだ。
「さっさとアガリスは出たいもんだけど……アタシらの足と、国境と、どっちが速いかねえ」
「そろそろガリュオンが出てくるとは思いますけどね。でも、ここももうアガリスかもしれませんぜ!」
「笑えねーなあ」
(まあ、そんなに上手く行くわけはないさね)
元が小国なのだ。竜を一匹飼えたところで、ガリュオンが出てくれば黙らざるをえない。しかし、稼ぎやすい場所が減るのは困る。一座は、マファルダの財産なのだ。
マファルダも、もともとは旅の一座の芸人だった。今は衰えが目立つ容姿も、少女の頃は光り輝くほどだった。その顔と身体で当時の座長の愛人にのし上がり、ずいぶんと年上の座長が死んだ後は後釜にすわったのだ。一座は家族でもあるが、マファルダに多少の贅沢をさせるための財産だった。
「しかしこの森、獣が出ないな」
「整備してるんじゃないのか?」
「こんなド田舎にかぁ?」
ある者は馬の世話を、あるものは野営のテントを、ある者は大きな焚き火を。そうして野営の準備をしているのを、マファルダは酒を飲みながら眺めていた。
今は遊んでいる子供も、数年もすれば芸を覚えて金が取れる。年を取った婆さんは、占いで適当な事を言わせて観客を信じ込ませて金が取れる。踊り子も、力自慢もいる。欲はあるが、手持ちのカードで上手く勝負はできていると思う。そんな事を考えていた時だった。
「何か光ったぞ! 誰だ!」
気配に敏感な狼獣人のニコがそう叫び、茂みの方へ駆けていく。
(出たか……)
光ったのは、炎に反射した獣の目だろう。男たちが武器を取り、女たちは子供を集めて囲う。しかし、茂みの向こうからニコの気の抜けた声がした。
「誰だ! …………ガキ……?」
(そんな事あるもんか)
深い森の中だ。子供が1人でいるはずがない。
「おーい! ちょっと来てくれ!」
だが、ニコが警戒を解いた、どこか困ったような声で人を呼ぶ。男衆に目配せをすると、武器を離さぬままニコの方へと近付いていった。
「何があったんだ」
「ガキがいた」
「1人だけなのか」
茂みの中から、ニコと同じように気の抜けた声がする。
「とりあえず、こっち来い」
そう言ってニコが連れてきた相手を、マファルダは冷静に見ていた。
(どう見ても訳ありだねぇ……)
見たことがない服装だが、持っている上着は上等のものだ。肌は白く、血色はよく、手は苦労を知らない美しさ。貴族か、豪商の娘だろう。そんな子供が、1人で森にいるはずもない。
「――――、――――――――……」
(聞いたことのない言葉だね)
これでも旅の一座だ。共通語以外の言葉も多少は知っている。身なりは貴族のようにも見えるが、貴族なら共通語を知らないはずがない。
(人は良さそう、見目は悪くない……)
マファルダの頭にあるのは、財産になるかならないかだ。様子を見て、使えそうであれば逃げられなくしてしまえばいい。
「適当に何か食べさせてやりな」
そう指示を出し、マファルダはまた酒の席に戻った。
(アタシにも、運が回ってきたかもしれないね……)
いつものように誰かが弾けば、誰かが踊る。そんな中、リアが迷子の少女を誘った。人の良さそうな顔でスープを美味しそうに食べ、子供にリンゴをやり、善人そのものに見えた少女は、不思議な魔道具で音楽を鳴らすと歌い始めた。
(何だい、この子は……)
明るい曲調の、しかし全く聞いたことがないような曲。それなのに、どこか胸がさざめくような気がする。
歌い終わり、誰も言葉を発せられない中、マファルダは誰よりも早く我に返った。
「もう一度だ。歌ってくれないかい」
「―――……?」
「マファルダさん、そいつ言葉が全く分からないみたいです」
ニコの言葉に、我に返る。あまりの衝撃に、忘れていた。
「あー……もう一度、だ」
身振りは通じるようなので、指を1本立ててやる。
「―、――――――! ―――――――!」
通じたのか笑顔で頷き、今度は物悲しい曲が流れ始めた。
(やっぱり、これは……)
歌詞は分からない。それでも胸に、激しく、恋しい思いが湧き上がる。マファルダ以外の誰もが同じ感情のようで、何も分からずに聞いているのは幼子だけだ。
(こいつは、とんでもない拾い物だね……!)
歌い終わり、へらりとした表情に戻った少女に、拍手を送る。釣られたように団員たちも我に返り、拍手した。それを受けて、少女がはにかむ。
「あんた、うちの子になりな!」
少女の手を両手で掴み、周りを指差した。団員たちが納得したように、次々と頷く。
「あんた……名前が無いと不便だね。通じてるか分からないけど、ネレイアと呼ばせてもらうよ。誰か色々案内してやりな!」
声をかけると、リアがネレイアの手を引いていく。
「歌うまいな!」
「すごいぞ!」
笑顔で肩を叩かれ、ネレイアが気恥ずかしそうに微笑んだ。
(訳ありだろうが、絶対にネレイアは金になる。変装させちまえば、客席からは分からないだろう)
何があっても、ネレイアを手放す気にはなれない。これからいくらでも金を産む、伝説の精霊のように思えた。
(これからたっぷり稼がせてもらうよ、ネレイア)
リアに手を引かれ野営用の天幕に消えるネレイアを見ながら、マファルダは昏い笑みを零した。




