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旅の一座に拾われました

2章です。

ストックの関係で、今後は夜の1本のみの更新になります。

「ううぅ……どうしよう……」


 日も暮れかかり、闇に包まれていく森の中。波多野悠花(はたの ゆうか)はスマホのライトを頼りに彷徨っていた。ドラゴンがいる世界なのだ。悠花では太刀打ちできないような猛獣が現れないとも限らない。


「街とか、村とか、何か無いのかなあ……」


 とにかく城から離れるのを優先して太陽だけを目安に走ってきたのだ。土地勘など全くあるわけがない。


「野宿は避けたい……」


 寝ても死なない気温ではあるが、森に何が居るかは分からない。できるだけ人里で夜を明かしたい。食料に多少の余裕はあるが、パンもリンゴも、何日も持ちはしないだろう。


「……はぁ……」


 疲れを覚え、木に持たれて腰を下ろす。時間が惜しいとは思いつつも、今は疲労が勝っていた。


(鉄仮面さん、大丈夫かな……)


 大事な大事な、鉄仮面に託された手紙。これをしかるべき場所に届けない限りは、安心していられない。相手は国なのだ。それをどうにかして鉄仮面を助け出すのは容易ではないだろう。


「はぁ……」


 悠花がまた溜息をついたときだった。


「……ん?」


 風に乗って、微かに人の声が聞こえた気がした。


「…………」


 行くべきか、行かざるべきか。相手が悪い人間だったらどうしようと思ったが、それでも人が居るのなら道があるのではないだろうか。


(とりあえず、様子を見てみよう)


 悪い人間ではなさそうなら、どうにか事情を説明すればいい。危なそうな相手なら、そっとその場を離れれば良い。悠花は足音を殺して、そっと音のある方に向かった。



(わ……!)


 森の少し開けた場所。そこには馬車が3つと何人もの人間が焚き火を囲んでいた。


(悪い人たちじゃ……なさそう……?)


 何か煮炊きをする者。遊んでいるような子どもたち。馬の世話をする者。お酒を飲んでいるような女性。ただ座り込み、焚き火を見つめている老人。老若男女の集団は、陽気な雰囲気に満ちあふれている。しかしそこに、見慣れない『人間』が居ることに悠花は気が付いた。


(あの人……動物の耳としっぽがある……?)


 コスプレなのかとも思ったが、揺れる尻尾はとても作り物には見えない。その隣の男は、見事な熊の被り物を被っている――ように見えたが、隣の犬っぽい耳のついた少年と、何か話しているように見える。


(…………まあ、ドラゴンがいるくらいだから、ああいう人もいるか……)


 アレ(ドラゴン)を見て許容範囲が広がっていた悠花は、あっさり目の前の光景を受け止めた。


(どうする? 話しかけるとして、どうやって……)


 言葉が分からない、このハードルはとても高い。いきなり森から出ていけば、怪しまれもするだろう。


(……少し戻って、道の後ろから合流したほうがよさそう……)


 あくまで自然を装って。同じ道を歩いてきたのだと思われれば、そう警戒もされないだろう。そうしようと、悠花が身じろぎをした時だった。


「――!」

「!?」


 鋭い声に、思わずそちらを見る。


(まずい……!)


 獣人の少年が、ものすごい勢いでナイフを片手に悠花の方へ駆け寄った。逃げようにも恐怖が先立って動けない。


「――! …………――……?」


 茂みをかき分け、悠花を見つけ……少年の顔が、警戒したものから怪訝そうなものへと変わる。


「いや、あの、こんばんは……?」

「―――! ――――――!」


 少年が、焚き火の集団へと声をかけた。それを受け、やはり警戒していたような雰囲気は緩み、数人が悠花の方へと近付いてくる。


「―――――――」

「―――――」

「――――――」


(やっぱり何言ってるかさっぱり分からん……)


 あの城の人間の言葉が分からないだけかと一縷の望みを託したが、現実は優しくはなかった。悠花を囲んで話している様々な人間の、言葉は相変わらず一切分からない。


「―――――、―――――」

「?」


 少年が何かを言ってくれたが、分からない。首をかしげていると、少年は仕方無さそうに、焚き火の方を指さした。


「! ありがとうございます……!」


(やっと優しそうな人間に出会えた……!)


 思い切り頭を下げ、悠花は少年たちについて行った。



「うあぁ……おいしい……!」


 熱々できたてのスープに、悠花は泣きそうなほどに喜んでいた。城では冷たくはないとは言え、ぬるいスープがせいぜいだったのだ。調理場からの距離を考えれば妥当である。

 しかしここでは焚き火の前に座らせてもらい、他の人と一緒にスープを食べさせてもらっている。悠花のあまりの喜びように、小さな子供が指を指して笑っているが、久しぶりの他人とのふれあいなのだ。許して欲しい。


「あ、そうだ」


 リュックに入れていたものを思い出し、悠花は子供を手招きした。


「はいどうぞ。みんなで食べてね」


 持っていたリンゴを手渡すと、女の子の顔が輝く。そしてリンゴを掲げるように持って、他の子のところへ走っていった。


「はは、平和……」


 リンゴひとつでああも喜んでもらえると、こちらも嬉しくなってくる。この騒がしさも、火の眩しさも、今までの悠花には無かったものだ。

 食事をし、大人は酒が入り、誰かが楽器を持ち出してきた。


「おお、初めてのこっちの音楽だ……」


 リュートのような、小ぶりな弦楽器。その弦を弾き、旋律が奏でられていく。悠花の知っているクラシックよりもずっと素朴なそれは、舞曲のようだった。弾いている男の後ろで、子どもたちが手を取り合って踊っている。そこに少女が鈴のたくさんついた輪を持って乱入し、子どもの周りで踊り始めた。


「かっこいー……」


 炎に照らされ、鈴がきらめく。時に輪を振って音を出し、時に輪を投げ上げて、その間にターンをする。踊りが終わった時には、悠花は盛大な拍手を惜しみなく送った。


「いや、めっちゃすごい……! めちゃくちゃかっこよかったよ……!」


 少し息を切らした少女が、悠花に向かって指で誘う。


「え、わたし……?」

「―――、――――――――」 


 戸惑ったが、音楽があるのなら音楽で返せばいいのだろう。


「分かった、ちょっと待ってね」


 自分が歌える曲を考え、スマホで伴奏を探す。音量を最大にしてスマホをポケットに入れ、伴奏に合わせて悠花は歌い出した。


「――Piacer d’amor più che un dì sol non dura;(愛の喜びが続くのは1日) ――……」


 明るい曲調の、爽やかな歌。


「――martir d’amor tutta la vita dura.(愛の終わりなき苦しみは一生) ――……」


 それを、発声を意識して声に乗せていく。


(発声練習はしてないからどうかと思ったけど、なんとか……)


「――Tutto scordai per lei per Silvia infida;(私は裏切り者のシルヴィアの為に全てを忘れたのに) ――……」


 あの地下牢とは違う、何人もの目。慣れない感覚ではあるが、緊張は集中でねじ伏せる。


「――ella or mi scorda e ad altro amor s’affida.(今、彼女は私を忘れ、別の愛に身を委ねている) ――……」


 手がじっとりと汗ばむ。曲調が変わる前に、悠花はほんの少し重心を落とした。


「――“Finché tranquillo scorrerà il ruscel là verso il mar che cinge la pianura(『小川が静かに流れる限り、平野を囲む海に向かって流れる限り』) ――……」


 相手を責めるような、曲調とメゾフォルテ。愛を誓った相手の不実さを、客に訴える。


「――io t’amerò.” mi disse l’infedele.(『私は貴方を愛します』と、不実な人は私に言った) ――……」


 過ぎ去る時と、戻りはしない心。


「――Scorre il rio ancor ma cangiò in lei l’amor.(小川は今も変わらずに流れているが、彼女の愛は変わってしまった) ――……」


 自分は今でも貴女に捕らわれているのに、と。


「――Piacer d’amor più che un dì sol non dura; martir d’amor tutta la vita dura. ――……」


 愛の苦しみをもう一度唱え、曲が終わった。


(……楽しかった……)


 やはり人前で歌うのは楽しい。息をついて顔を上げる――と、誰もが真顔で悠花を見ているのに気付いた。


「え……?」


 悠花が固まると、人垣の向こうから1人、誰かが歩いてくる。


「―――――。―――――――――」

「えっと……?」


 貫禄のある女性の言葉に悠花が首をかしげると、先程の少年が女性に何かを言った。


「――……――――、―」


 指を1本立てられ、言葉の意味を理解する。


「あ、分かりました! もう1曲ですね!」


 笑顔で頷き、次の曲の伴奏を探す。


(じゃあ今度は、激しめのやつ……!)


 喉は多少温まった。もう少し、本気を出して歌ってもいいだろう。レパートリーのひとつを探し、悠花は前奏に耳を傾けた。


「――Meine Ruh ist hin, mein Herz ist schwer;(わたしの平穏は消え去り、心は沈む)――……」


 糸車を回すような、もの寂しげな前奏。溜息のように声を出す。


「――ich finde sie nimmer und nimmermehr.(わたしがそれを見つけることは、もう二度と無い)――……」


 それでも、声には抑えきれぬ熱を乗せて。


「――Wo ich ihn nicht hab, ist mir das Grab(あの方の居ない世界は、わたしには墓場にも等しい) die ganze Welt ist mir vergällt.(世界など、何の価値もない)――……」


 嘆きと、面影の中のあの人を。


「――Mein armer Kopf ist mir verrückt(わたしの憐れな頭は狂ってしまった) meiner armer Sinn ist mir zerstückt(わたしの憐れな心は粉々に砕けてしまった)――……」


 ほんの少し激しさを見せた心が、また沈んでいく。


「――Meine Ruh ist hin, mein Herz ist schwer(わたしの平穏は消え去り、心は沈む) ich finde sie nimmer und nimmermehr.(わたしがそれを見つけることは、もう二度と無い)――……」


 カラカラと、虚しく糸車だけが回る。何処にも行き場のない想いのように。歌に紡がれた熱情とは反対に。


「――Nach ihm nur schau ich zum Fenster hinaus(窓の外へただあの方の姿を眺め) nach ihm nur geh ich aus dem Haus(家から出ては、ただ姿を追う)――……」


 思い出の中の、ほんのひと時。


「――Sein hoher Gang, sein edle Gestalt(あの方の歩き方、あの方の気高い姿) seines Mundes Lächeln, seiner Augen Gewalt(あの方の微笑み、あの方の力強い眼の輝き)――……」


 思い出の中の、輝かしい姿。


「――Und seiner Rede Zauberfluß(あの方の言葉に溢れる魔力) Sein Händedruck, und ach! sein Kuß(あの方の手の感触、そしてああ、あの口付けを)! ――……」


 魂の叫びのような高音。しかし、また糸車が不気味に、もの寂しげに回る。


「――Meine Ruh ist hin, mein Herz ist schwer(わたしの平穏は消え去り、心は沈む) ich finde sie nimmer und nimmermehr.(わたしがそれを見つけることは、もう二度と無い)――……」


 溢れ出る嘆き。行き場のない想い。


「――Mein Busen drängt sich nach ihm hin(わたしの胸をあの方への衝動が突き動かす) Ach dürft ich fassen und halten ihn(ああ、あの方を掴まえることが出来たなら、そして抱きしめる事が出来たなら)――……」


 触れたい。抱きしめてほしい。激情のような想いを、旋律に乗せて。


「――Und küssen ihn, so wie ich wollt(そしてわたしの望むままに口付けたい) an seinen Küssen Vergehen sollt(例えその口付けでわたしの身が消え去ろうとも)! ――……」


 破滅的ですらある想いを、溢れさせる。


「――o könnt ich ihn küssen, so wie ich wollt(ああ、わたしの望むままに口付けたい) an seinen Küssen Vergehen sollt(例えその口付けでわたしの身が消え去ろうとも)!」


 今この、ひと時しか無いのだ。炎にまかれ、燃え尽きるまでのほんの一瞬。


「――an seinen Küssen Vergehen sollt(例えその口付けでわたしの身が消え去ろうとも)――!」


 それほどの激情。それほどの恋情。


「――Meine Ruh ist hin, mein Herz ist schwer(わたしの平穏は消え去り、心は沈む)――…………」


 糸車が止まり、行き場の無くなった想いの糸が途切れる。曲が終わっても場は静まり返り、ただ薪が炎にまかれて燃え尽きていく音だけが聞こえていた。

Piacer d’amor

ジャン・ポール・マルティーニ作曲。

元の歌詞はフランス語だが、イタリア語の方が有名。

たまにCMとかで流れてたりする。


Gretchen am Spinnrade

『糸を紡ぐグレートヒェン』。フランツ・シューベルト作曲。作詞はゲーテ。

糸車の回る様子が、とても上手く表現されているし曲のアクセントにもなっている名曲。恋に狂った女性の様子が、よく伝わってきます。中盤の恋人を思い浮かべる描写とか、緩急がすっごい。

こんなに愛されてたんだぞファウスト。聞いてるか。

グノーのオペラ『ファウスト』だと、この場面の後に未婚の母になったマルガレーテ(グレートヒェン)にメフィストフェレスが「Ne donne un baiser, ma mie, Que la bague au doigt(口付けなどしてはいけない、可愛い人よ。薬指に指輪をはめるまでは)」って歌うの本当に人の心がない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一章までで、二人の言葉が通じないって、こんなに思いが伝わっていないのですね。小説ならもうちょっと伝わると思いましたが、実際にはこんなものかもしれません。このあと、「芸は身を助く」で話しが…
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