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鉄仮面を観察してみることにしました

 翌朝。


「……!」


 座り込んだままうとうとしていた悠花は、ベルの音で目を覚ました。慌ててバルコニーに駆け寄ると、下にはメイドらしき人が居る。そしてフックに籠を引っ掛けると、またベルを鳴らした。


「引き上げろ、みたいなこと言ってたよね……」


 昨日教わったとおりに縄を引くと、結構な抵抗と一緒に籠が昇ってくる。


「きっっつい……」


 こんな特殊な作業はしたことがない。なんとか手を離さずに籠を上まで上げたときには、悠花は肩で息をしていた。手のひらは痛いし、腕はぷるぷる震えている。


(フィジカル……フィジカルが足りない……!)


 歌はフィジカル――不意に、そう事あるごとに言っていた恩師の言葉を思い出した。


「こんな、ところに、閉じ込められてたら……身体が鈍るだけだ……」


 どうしてここに来たのかは分からない。でもこれが現実なら現実で、やれることはある。


(階段の上り下りと、ストレッチくらいはやろう……)


 悠花はそう誓いながら、籠を手に取った。


「いや重いわ。…………2人ぶん、かな……?」


 悠花が1人で食べるには、到底多すぎると思われる量。籠のなかに入っていたのは、それなりに豪華だと思われる食事が一部と、それよりもずっと粗末な食事が大半だった。


「……鉄仮面の人の分もってことかぁ……」


 昨日案内された地下室には、あの鉄仮面が閉じ込められている。あの時、広場で見た豪奢な服は剥ぎ取られ、シャツとトラウザーズだけだった。遠くからほんの一瞬だけそちらを見たが、それでもあの金色の眼が自分を見ているような気がした。


(怖いけど……怖いけど、今ここを追い出されるよりは……)


 言葉が全く分からないのだ。ここで下手に追い出されては路頭に迷ってしまうだろう。それならしばらくは様子を見たほうがいい。


(とりあえず、自分だけ食べるわけにもいかないし、鉄仮面さんに持ってくか……)


 悠花は籠のなかから自分の食べるだけを取り分け、硬そうなパン一切れと、自分のパン1つを入れ替えると階段を降りていった。


(どんな人かも分からないけど、閉じ込められてるってことは悪い人なのかな……)


 だがそうだとすれば、監視もなく素人の自分と2人、閉じ込めるだろうか? 分からないことだらけだが、今は情報が何もない。

 かさばるスカートを鬱陶しく思いながら、長い螺旋状の階段を降りていく。薄暗い階段には、小さな明り取りの窓が点々と空いていた。


(冬とか寒そうだなあ……)


 吹きさらしの窓から吹き込む、爽やかな風が悠花の頬を撫でていく。1階までたどり着き、開かずの扉にちらりと視線をやり――悠花は勇気を出して地下へと足を踏み入れた。


「…………」


 地下の鉄格子の向こうでは、鉄仮面が膝を抱えるようにして壁に持たれている。


「……あのー……」

「!」


 声をかけると、鉄仮面は跳ねるようにして鉄格子の前までやってきた。


「ひっ……!」


 その勢いのまま鉄格子を掴まれ、つい悲鳴を上げる。鉄仮面の腕には枷が、そして自分との間には鉄格子があるとはいえ、自分よりもずっと背の高い見知らぬ男が怖くない訳がない。


(仕事、これは仕事……!)


「あの、ご飯持ってきたんで……!」


 そう言って引きつった笑顔で籠を出して気が付く。


(……籠ごと、入らなくない?)


 格子と格子の間は狭く、悠花の手がやっと入るほど。これでは籠を格子の外に置いても、鉄仮面には手が出せない。


「設計の不備すぎる……!」


 思わず頭を抱えそうになるが、仕方ない。


「あの、パン……これ、入れるので、食べてください」


 言葉が通じないのならもう日本語でいいだろう。悠花は諦め混じりに、鉄仮面の金色の目を見ながらパンを見せた。


(腕掴まれたりとかしませんように……!)


 こちらの話を聞いているということは、意思の疎通を図る気持ちはあるのだと思いたい。パンを1つつまみ、鉄格子の向こうの鉄仮面の手に乗せる。


「あ、飲み物……コップはギリギリだなあ」


 水差しはあっても、大きすぎて入らない。悠花は水をコップに移し替えると、それも恐る恐る差し出した。


「――――……」


 鉄仮面が、仮面の下で何かを言う。だがその声は掠れ、何を言っているかも分からなかった。


(うーん、喋れたら少しずつでも言葉を教えてもらおうと思ったけど、それも無理か……)


 だがとりあえず、鉄仮面に攻撃の意思は無いらしい。パンを差し出し、コップが差し出されれば水を入れてやり、食事の世話をする。鉄仮面と言えど、顔の下半分は出っ張っており顔は見えなくても食事をするには問題ないようだ。悠花のものであったパンを差し出すと、鉄仮面が驚いたように悠花を見た。


「わたし、朝はあっさり派なんで。結構な量があったんですよね……」


 城で見た人たちは、皆体格が良かった。顔立ちも、体格も、悠花の知っているヨーロッパ系のようだ。ただ見知った文明水準のものは何もなく、言葉もさっぱり分からない。


(なんか怪しいおまじないみたいなことされたし……)


 髪の色が派手な怪しいローブの人に、水晶のようなものを触らされた。文明水準も、中世のほうが近いのかもしれない。鉄仮面が遠慮がちに悠花の方を見ながらパンを食べているのを眺めつつ、悠花は少ない情報からいろいろな事を考えていた。


「じゃあ……また来るので」


 食事を終えたのを見計らい、腰を上げる。


「…………」


 悠花を見送る鉄仮面の金色の瞳には、何らかの強い感情が宿っているような気がした。

鉄仮面のデザインは、ヴェネツィアンマスクの『バウタ』を想像しています。

仮面をしたまま食事をするために考えられたものです。

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