鉄仮面の世話係にされました
「夢じゃない……?」
捕縛され、城まで連行され――だが、特に何かをされるわけでもなく、悠花は案内された部屋のベッドに倒れ込んでいた。
城で手荷物を調べられ、質問をされたがさっぱり意味が分からない。英語でも、ドイツ語でも、イタリア語でもなく、聞いた限りではフランス語でも無さそうだ。
明晰夢だとしても、もう何時間も経っているし、感触はリアルなまま。それに、全く分からない言語を創造までしてくれるのはおかしい気がする。
(掴まれた腕は痛かった。馬車だってめちゃくちゃ揺れるものだって知らなかった。ほっぺをつねっても、痛いだけ……)
もそもそとベッドから起き上がって、バルコニーを見る。
「いや……何なのここ……」
案内された部屋――と言えば聞こえはいいが、普通の部屋ではない。寝室、トイレ、お風呂は普通に……そう、現代日本と同じように使えるのである。
「世界観ぶちこわしっていうか……テーマパークっぽいっていうか……」
だが、問題はそこではない。バルコニーに出てみると、少し向こうにはそびえ立つ城が、そして眼下にはだいぶ下に地面が見える。
(よく考えたら……これ、監禁ってやつ……?)
城に連行され、調べられた悠花は、とにかく状況説明を試みた。日本人らしい曖昧な笑みのまま、全く通じないと分かった上で、ここがどこかも分からないこと、どうにかならないかということを説明したのである。そのおかげなのかどうなのか、笑顔で食事に案内され、おいしい晩ごはんにありついた。その上で、仕事としてこの塔に案内されたのである。
塔の入り口は一つだけであり、そこを開けることなく普段の食事はこのバルコニーにある滑車で運び入れると、身振り手振りで教えられた。塔の地下には牢屋が、そしてそこにはあの鉄仮面が居る。どうやら悠花には衣食住の代わりに、ここで鉄仮面の世話をしろということらしい。
「いやまあ、衣食住に困らないのはありがたいんだけど……」
街のように薄汚れた場所で、ベルサイユのような衛生事情だったらどうしようかと思っていた。それに比べれば、衛生的にはまだ困らないように思える。
(こっちの普通っぽい服ももらったし、食事もまあ食べられなくはないし……)
ハーブの効いた、初めて食べる味。悠花の記憶にないものが出てくる度に、これは夢ではないのかという嫌な不安が湧いてくる。
「あ、スマホ……!」
リュックの奥に放り込んであったものの存在をやっと思い出し、悠花はリュックを漁った。
「最初からこれ見とけば良かった……」
ニュース記事でも見てみれば、自分の知らない情報がいくらでも出てくる。スマホを開いてアクセスすると、画面には容易にニュース記事が出てくる。
「やっぱ夢じゃん。雑じゃん、も~」
ほっとした気持ちで記事を読んでいく。いくつも記事を読んで――悠花は手の震えが止まらなくなった。
「…………」
記事は読める。いくらでも読める。悠花の知らない情報が、いくらでも入ってくる。だが、スマホは圏外のまま。電話帳も、SNSも、真っ白に消えている。
「嘘……」
これは夢ではないのか。ここはどこなのか。
「…………」
衝動的に塔の階段を駆け下り、扉に手をかける。だが重い扉は、びくともしない。
「そんな……」
拳で叩いてみても、己の手が痛むばかり。
「嘘…………」
呆然と呟くと、地下の方からじゃらりと重い鎖の音が聞こえた。
(わたしは…………)
この塔に、あの鉄仮面と2人、閉じ込められたのだ。
「…………」
得体の知れない相手が、すぐ近くにいる。相手は鎖に繋がれ、格子の向こうだとしても、自分も閉じ込められている事実に代わりはない。悠花は息を殺して最上階の部屋に戻ると、閉めたドアの前に家具を置いた。
「……どうしよう……」
逃げられない。鉄仮面がどんな人間なのかも分からない。悠花は扉の前に腰を下ろしたまま、まんじりともせずに夜を明かした。