牢獄と言う名の愛の巣
(彼女は大丈夫でしょうか……)
連れてこられた地下牢の中、フィンヴィールは壁に持たれて思考の海に溺れていた。まず、自分が囚われてしまったことを祖国にどう伝えれば良いのか。帰国期限を過ぎても音沙汰が無い限り、祖国の者は怪しみはしないだろう。次に、自分がどう使われるか。戦争の道具にされるのは間違いない。だが、胸の忌々しい杭がある限り逆らえない。そして何より、番の事だ。彼女はアガリスの手に落ちた。奪い返さない限り、死ぬことすらできない。
(せめて、無事であってくれれば……)
同じ塔に閉じ込められているのは知っている。彼女の居場所が、全うであることを祈るしか無い。
(この程度の枷さえ壊せないとは……)
木の枷に、鉄の鎖。今ではその程度のものすら砕くことができなかった。身体に魔力が行き渡らないせいで、身体が重くて仕方ない。あの魔法陣に魔力を吸い取られると共に、回復するはずの魔力も、杭に吸い取られているのだろう。
(……私一人では、少々難しいかもしれませんね)
力も、機会も無い以上、機を待つしかない。どうしたものかと考えていると、声がした。
「……――……」
「!」
この場所に居るのは、自分以外は1人しかいない。その姿を確認した瞬間、反射的に身体が動く。
「……!」
その勢いのまま鉄格子を掴むと、番は怯えた様子を見せた。
(ああ、そんな声ですら愛らしい……)
だが、怯えさせてはいけない。何をしに来たのかと様子を伺う。
「――――……!」
何かを言って、彼女は持っていた籠を差し出した。
(まさか、私の食事の世話を……?)
そう気付いて、心臓が跳ねる。彼女も己の番だと分かっているのだろう。食事の世話など、幼子でもなければ番同士でしかしないものだ。きっと今鏡があれば、己の眼は蜂蜜のように蕩けた色をしているのが見えるだろうとフィンヴィールは思った。こんな劣悪な環境なのに、番が居るだけでどんな場所よりも心地の良い場所だと思えてくる。
(名前を、知りたい……)
彼女が話しているのは、共通語ではない。きっと、中央より離れた国の、貴族ではない者なのだろう。貴族であればどこの国でも共通語は覚えているし、中央の国であったり、各地を遍歴するような者であれば自国語以外に共通語を話す者も少なくない。
番がせっかく可愛らしい声で話しかけてはくれるのに、言葉が分からない。己の声が出せたなら、自分の名を教えながら彼女の名前を訊けたのにと思う。
(普段の私であれば、すぐに話せたものを……)
「――……――――……」
パンを差し出す手は小さく、華奢な指先の小さな爪までが愛らしい。番の事がもっと知りたかった。
今はまだ混乱して表情が硬いようだが、きっともっと明るく微笑むのではないだろうか。何を好んで、何を好まないのか。自由の身になれば、空にだって連れて行ってもいい。花だって贈りたい。宝石だって、何だって、彼女が喜ぶものを全て。
(貴女を、知りたい)
番だからと世話をしてくれる、優しさ、愛情深さ。言葉の壁も、鉄格子もなければどれほど良かっただろう。だがひとまず彼女は自分の目の前にいる。ヒトより遥かに長い生涯の中で、出会えると思っていなかった相手。竜はそれが、どれだけ奇跡的な事かを知っている。だから相手を慈しむのだ。時には己の命すら賭けて。
「あり、がとう……」
出ないと分かっていても、感謝の言葉を出す。だが、ほんの少し声帯を震わせただけで、喉がひび割れたように痛む。これでは会話など、全く望めそうもない。
(本当に、余計な事を……)
呪令の杭で、魔力は封じられた。今や人間以下の魔力しか自分の意思では使えない。普段は意識するだけで良かった様々な事が、今では杖や呪文でも無ければ発動すらできない。切り札が無い訳ではないが、カードは1枚きり。切りどころを誤れば、番も巻き込むことになる。
(貴女だけでも、救いたいのに……)
食事が終わり、立ち去る番の背中を、フィンヴィールは切なげに見つめていた。
面白いと思ったら、ブックマークや評価などよろしくお願いします。




