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帰ってきました

「……!」


 鉄仮面の無事を祈ってひと月。また深夜に、塔の扉が開いた音が悠花の部屋まで響いた。


(無事かな……)


 そう祈りながら、鉄仮面が怪我をしていたときのためにすぐ持っていけるようにしてあった荷物を抱えて待つ。城の兵士は怖い。手枷をした相手にすら暴力を振るう相手なのだ。自分などいつ標的にされてもおかしくない。

 下卑た笑い声、大勢の足音、扉の閉まる音。兵士たちのカンテラの明かりが離れたのを確認し、悠花は地下へと駆け下りた。


「……っ……!」


 牢の中、仰向けに放り出されたような鉄仮面の姿が目に入る。駆け寄ると、じわりと黒いものがその背の下から広がっているようだった。


「鉄仮面さん……!」


 前のときよりも、更にズタボロになっているような気がする。僅かに上下する胸にほっとし、その胸に埋まった石の周りに、無数の引っかき傷のようなものが有ることに気が付いた。上下する胸の上で、石が明かりを反射して赤い光を見せる。それが嫌に禍々しく見えて、悠花は目を逸らした。


「聞こえてますか……!」


 鉄格子の隙間から必死に手を伸ばし、鉄格子の手に触れる。格子に阻まれた肩が痛んだが、気にしてはいられなかった。


「鉄仮面さん! 聞こえますか!!」


 握った大きな手が、ぴくりと動く。ぎゅっと握りしめると、鉄仮面は僅かに首を動かしてこちらを見た。


「いつものやつです! 早く、治さないと……!」


 紙片を握らせようとするが、それを持つ気力も無いらしい。べしゃりと落ちたそれが、赤黒く染まっていく。


「……っ……!」


 悠花は己の手で紙片を掴むと、鉄仮面の指先に持っていった。


「…………」


 鉄仮面の震える指先がそれに触れ――燐光が放たれる。


「次!」


 手の中で、紙片が消えたのを見て、次の紙片を差し出す。数度それを繰り返し、鉄仮面の手が地面へと落ちた。


「……っ……」


 どうしてこんな酷いことをするのだろう。鉄臭く、生臭いにおいと共にやりきれなさがこみ上げる。


「……泣いてる場合じゃない」


 滲んだ涙を拭い、悠花は立ち上がった。地下牢前の悠花の巣は、一旦全て撤去してある。鉄仮面が連れ去られた時に、酷く踏み荒らされていたからだ。唯一置いてあるのは重かった椅子だけであり、看病をするには十分とはいえない。悠花は部屋と地下牢を何往復かし、自分も過ごせる設備を整えていった。



「……あ、目が覚めました?」


 朝になり、鉄仮面が身じろぎした気配で悠花は浅い眠いから目を覚ました。小さな小さな窓から、ほんの少し光が差し込む。それは鉄仮面の長い髪をほんの少し眩しく見せた。


「……ここに居ますよ。お水も、図も、食べられそうなものもあります」


 ゆっくりと視線を合わせた金色の目と、目を合わせて微笑む。それを見たのか、鉄仮面は泣きそうな程に目を細め、悠花の方へと力を振り絞るように身体を傾けた。


「気をつけて……!」


 身体1つ分。たったそれだけの距離だが、ぎりぎり手を握れる程度だった距離が、腕に触れられる程度まで近付く。丸見えになった背中の傷はやはり酷いもので、悠花は息を呑んだ。すぐに図を差し出し、使ってもらう。それでも、癒やしきる前に、鉄仮面はこれ以上の図はいらないと首を振った。


「なんで……」


 傷は軽くなったものの、鉄仮面はだいぶ疲労しているように見える。


(何かの、力を使ってる……?)


 体力だろうか。それとも、悠花の知らないものだろうか。だが今は、そんな事を考えている場合ではない。


「これ、使って……!」


 鉄格子の隙間からクッションを押し込み、何とか身体の下に滑り込ませる。硬い床に寝ているよりは、まだ楽なはずだ。


「お水……でも、この体勢じゃ……」


 水分を摂らせたい。だがうつ伏せのままでは飲ませることもできない。


「ああもう、仮面が邪魔……!」


 どうにかしたくて頭をひねる。ふと、戻ってきたら食べさせようと取っておいたモモの存在を思い出した。


「これだ……!」


 手元にあるのは、食事用のナイフのみ。それでどうにかモモを一口大にしていく。


「これ、食べて……!」


 悠花は鉄仮面の口元に、小さな欠片を差し出した。仮面があって目測が取れない。


「ごめん、触る!」


 指で触れ、唇を確かめてから口の中にモモを押し込む。僅かに動いた感触で、咀嚼はしているのが分かった。その動きが止まると、また口の中にモモを入れてやる。


(食べては、くれてる……)


 食べる気力があるのはいい事だ。きっとまた少し回復したら、あの図で傷を塞ぐのだろう。


「……早く元気になって」


 モモを食べさせているうちに、鉄仮面の目が閉じられている事に気付いた。


「あ……」


 寝息が聞こえることに気付き、そっと立ち上がる。今はとにかく休んでほしい。悠花にできることはほんの少ししか無いのだ。


(本当に、なんなのこの国は……!)


 鉄仮面をここまで痛めつけて、何がしたいのだろう。ひと月もの間鉄仮面がどうしていたのか、悠花に知る術はない。ただ、理不尽な暴力に怒りが湧く。


(逃げる。絶対ここから逃げてやる……!)


 自分1人でなのか、鉄仮面と2人でなのかは分からない。だがひとまずは冬になるまでに――悠花はそう決意を固めた。

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