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91.コボルトさんが目立つ街。

わんわんお回。

 マッサイト、ホンハイの街からは、また乗合馬車だ。といっても、今回は途中の街、クレニエまでしか便がないので、そこから先は歩きになる。そして、リンちゃんとレオーネさんはクレニエの次の町、ケンテンでお留守番になる。

 ハルマナートで乗ったのより、ちょっと椅子の硬い乗合馬車は、さほど混んではいない。

 この時間帯は田舎に向かう便は比較的空いている。まあ通勤時間ってやつだね。

 この世界は交通網はそれなりに発達しているから、治安のいい国であれば、乗合馬車で出勤、って人も都市部郊外には結構いるんだそうだ。

 マッサイトは人口があまり多くない、山がちの国なので、そういう需要は本当に一部地域に限られているんだそうだけど。

 船で同船した人たちは、誰もこの路線にはいない。商人は首都かマッサイト中央山脈を目指すし、ハルマナート政府の役人たちはあたしたちとは逆方向のサンファン国境方面に向かったからね。

 そういえば、今気付いたけど、あたしたち以外の乗客が、全員獣人ね?……って違う、コボルトさんがひとりいるわ。黄色味のある明るい茶色の、ふわふわの毛で可愛い感じの、でも背はコボルトとしては大きい方。


「おうスタンプ、景気はどうだい」

 コボルトさんの知り合いらしい、驢馬の耳のお兄さんが声を掛けている。


「ぼちぼちですなあ、今年は注文が多いですから、鼻をよく働かせねばなりませんがね」

 落ち着いた様子で答えるコボルトさん。嗅覚で探すものを扱っている様子、薬草かなあ、お国柄的に。


「注文があるならいいじゃないか。うちなんて半減したよ、しょうがないけどな」

 お兄さんの驢馬耳がぺしょんと横に倒れる。


「ああ、デッキネスのところはサンファン方面とも付き合いがありましたものねえ、ご愁傷さまです。どこか、代わりになるルートでもあればよいのですがねえ」

 ゆっくりした口調で喋るコボルトさんは、ゆったりと尻尾を振りつつ、相手を慰めている。


「あーもうスタンプ、ほんとあんたっていい奴だなあ」

 ぎゅ、とコボルトさんをハグするお兄さん。その背中をぽんぽんと肉球で叩いてやるコボルトさん。ああ、いい光景だな。


 ちらちらこちらの方を見ていた獣人さんもいたけど、あたしがコボルトさん達を見てにこにこしてたら、そのうち興味を失ったように見てこなくなった。


(おやおや、ご機嫌にしてるだけで彼らの警戒心が解けるか、大したものだな)

 ランディさんの念話。なんのことですかねー?あたしは異種族の友情物語を堪能してただけですよー?


 車内であった事なんて、その程度だ。あたしは護符の刺繍は全部終わって、予備も数枚作ったから、今日は主に窓の外の景色を楽しむ構えだ。まあその前にコボルトさん友情物語があったんだけど。

 これから物騒な事をしに行くとは思えない、呑気な旅路。


 クレニエの街は、ちょっと鄙びた感じはするけど、まあまあ大きい街だ。

 やっぱりここも獣人さんが多い。あとコボルトがとても多い。

 ハルマナート国も地味にコボルトさんが多い国らしいんだけど、此処は本当に多いな……

 ……相手も大人なのに、かわいい、と思ってしまうのは許して欲しい。


「カーラさん、ご機嫌ですねえ」

 引き続きにこにこしてたらレオーネさんに突っ込まれた。


「おみみ、すきー?」

 リンちゃんまでそんなことを言い出した。別に耳がいいわけではなくてですね。


「あー、来た来た」

 そこに軽い調子の声がして、そのほうを見たら、なんだか胡散臭い恰好の男性が立っていた。

 ストール数枚でぐるぐる巻き、いず、何?


「シャル、なんでそんな恰好してるんだ?」

 カル君が思わず、といった様子で尋ねている。やっぱりこれがシャルクレーヴさんか。


「あーこれ?なんかおまじないだって言ってさっきそこの店のコボルトくんにぐるぐるにされた!」

 その答えが聞こえた範囲の獣人さん達が一斉にぷ、と吹き出しそうな顔になったり、実際に吹きだしたりしているんだけど、なんでですかねえ?


「あー、兄ちゃんにいちゃん、あそこの店のコボルト、レッケン君は特に悪戯好きだからね、旅行者の人だとそういうの判んないだろうから、災難だったね。流石にこの枚数は暑いだろう?」

 ストールのうちの1枚を剥がしながら、灰色狼っぽい獣人さんが声を掛けてくれた。


「え、純粋に悪戯なんですかこれ。そういえば代金請求されてないな?」

 え、シャルクレーヴさん?これ、もしかして、この人、いわゆる天然?というかそのストール商品なんですか?


「シャル、流石にそれはないわ……とりあえず店に戻って返品か支払いしてこい……」

 呆れた様子でカル君が指示を出す。成程、名前が挙がった時にカル君が嫌な顔した理由が、ちょっとだけ判ったわ……


 ストールのお店に戻ったら、レッケン君と思しき、白茶ぶちのコボルトさんが叱られてるところだったけど、全然堪えてないなって顔だった。わはは。

 シャルクレーヴさんがお金の事聞いてなかった件を謝ったら許してはくれた。なおストール自体は値段お手頃で、なおかつまあまあいいお品だったのであたしとレオーネさんと子供ふたりの分を買いました。いや、山って割と冷えるっていうから。なおシャルクレーヴさんも買ってた。何故かついてきた狼獣人さんも買ってた。丁度この店に買い物に来たところだったそうだ。


「とまあ、こんな感じでなんだかんだで売り上げには繋がるから、あんま店主も強く言えないってわけだ」

 こんな田舎に団体でやってきたあたしたちに興味があるのだ、という狼獣人のトレッカーさん。


「いやあ、あのものを持つのに不便な肉球の手で丁寧に巻かれちゃうと、そういうサービスなのかなって思っちゃって」

 お昼ごはんがまだだったので、美味しい店をトレッカーさんに教えて貰って一緒に入って、なんでそんなことになってたのかシャルクレーヴさんに聞いたら、そんな返事が返ってきた。


「なんだ、ただのコボルトスキーか……」

 心配して損した、みたいな顔でトレッカーさんがジト目になる。


「えっだって彼ら健気でかわいいじゃないですか」

 あ、ほんとだ、シャルクレーヴさん、これあれだ、コボルトガチ勢だ。まあ世界的にもコボルトを純粋に愛でる人は少なくないそうなので、よくあるといえばよくあることなんだけど。


「シャル、ほんとにそういうとこ変わんねえなあ……」

 カル君もすっかり呆れている。まあそうねえ、こめかみに金色の入った藍色の髪の綺麗なお兄さんが、にっこにこでコボルト愛を語ってるの自体はまあのどかでいいんだけど、所属する集団を考えるとねえ。

 それとも、やっぱりこの人も脳筋なとこがあるのかしら?


 この街と、その次の町に住んでいるのは、昔アスガイアから逃げてきた獣人と亜人の子孫が多いそうだ。なので年寄りだと今も人族を警戒する人もいないわけではない、らしい。

 お昼ご飯はおまかせメニューにしたら、煮込まれて食感ほろっほろになった鹿肉のシチューで、大変おいしゅうございました。トレッカーさんが狩って卸した鹿なんだって。彼、猟師さんだった。


「ほー、これは旨いな」

「なんだこれウチの飯よりうめえ」

 ランディさんとカル君が揃って褒めてるから、これは大当たりだなあ。

 というか、王城のごはんって君たちの食欲を満たすのがメインで、こういう繊細なメニューあんまり出ないよね?比べる対象が正しくない気がするわ。


「だろう?ここのおまかせは本当にハズレがねえんだ。次に立ち寄るときもよろしくな!」

 トレッカーさんは最後にそういうと、猟具の手入れと仕入れがあるんで、と先に帰っていった。


(この国の密偵はなかなか接触がスマートだねえ)

 ひっそりとランディさんの念話。ああ、監視者だったのね。で、離れたってことは、あたしたちは問題なしと。


(恐らくそういうことだろうね。まあシャル君だっけ、彼と既に知己っぽいから、単に挨拶みたいなものだったのかもしれないが)

 多分顔を覚えとくといいんだろうな、くらいの気持ちでよさそうね。


 この日は少し早いけどこの街で泊まって、次の町、ケンテンには明日向かうことになった。

 長期滞在できる物件が空いてるかどうかが行かないと判らないっぽいのよね。もしなかったらリンちゃんたちは一回この街に戻って滞在になりそうな感じ。

実際は警告されるほどの忌避感はないけど、他所の人ってだけで目立つよ、という話だと思われ。

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