90.巨大水母と飛べない鳥。
もう一波乱だけ。危険って程じゃないですが。
サンファン海軍の船を追い払ってからは、特に何事もなく二日目終了。
夜が明けて、本日昼過ぎにはマッサイトに到着する予定、なのですが。
何故か、船の外にいます。
いえ、危険は特にないんですが。今あたしが居るのは、イードさんちの海竜さんの頭の上なので……
(娘御よ、大丈夫かね?寒くはないかね?)
海竜さんの念話が届く。うん、寒いって程じゃないわね。濡れはしたけど。
事の起こりは朝イチのこと。
緊急事態を知らせる鐘が鳴らされて、慌てて皆で飛び起きて甲板に集合したのだけど。
でろーん、と、薄紫と薄緑のまだら模様の長い身体を伸ばしたイカだかクラゲだか、といった巨大な生物が、行く手を阻んでおりまして、ですね。これなんだ?妙に動きがないけど、クラーケンてやつか?
昨日と違って集合場所が甲板なのは、今の所危険性が低いため。流石に動きがない相手にぶつかりはしませんよ、ということらしい。
「うわー、メデウサだー、めんどくさいー」
レン君が嫌そうな顔で謎の名前を言う。メデウサ?
《クラゲの仲間ですが、特に巨大化したものを指します。知能は無きに等しいし、別に魔物ではないのですが、基本的に、ほぼ細胞全てに毒嚢があるので、海の厄介者ですね》
うわ、迷惑生物。でもこれ普通のクラゲが成長しすぎただけの、フツーの生き物なんだって。他の生き物にも、船にもクソ邪魔だけど。
で、毒があるから食えないし、下手な討伐の仕方だとバラバラになって細かいクラゲが大発生しちゃって、それはそれで船と生き物と漁師さんが困るのだそうな。
「大陸に近い所ではこんな大きな個体はまず見ないのだがねえ」
真龍で、長年色んな所を旅したり飛んだりで知識豊富なランディさんまで呆れ顔だ。
しかしレン君じゃないけど、めんどくさそうだなこの生き物。知能がほぼないから、あたしのスキルでもなんも判らんのよ、これが。
「これ、昨日の船みたいに穏便にどけて、って訳にいかないんですかね」
レオーネさんが首を傾げている。なんせ火魔法使える魔法師さんいませんかー!って声がしててですね。
「いや、一定サイズ以上は討伐義務があるんだよ、こいつ。ほっとくと無制限に増えるから、漁業や航海に大打撃だってんでね」
近くにいた船員さんが説明してくれる。なるほどなあ。
「たまに無毒タイプの、ほぼ透明に近いメデウサが出るんだけど、そっちだと臨時収入になるんだけどねえ、干してから水戻しして食うとコリコリして旨いんだとかで。この色の奴は触腕部以外も毒があるから、下手につついてバラけただけでも下手したら漁業被害だよ」
でも、毒のない奴は海の魚や魚人族が食べるんで、滅多にでかくならないと。世の中ままならないよね。
《何となく判るかもしれませんけど、無毒タイプの見分け方と食べ方を考案したのも自称勇者様ですわ》
シエラが今要らない情報をくれる。どこにでも出てくるな自称勇者様?!
「あー、そうか、こっちの色が喰えない方か……」
船員さんの解説を聞いたランディさんがしょんぼりした。食ったことあるうえに、このしょんぼり加減は気に入ってる奴ね?!
そんな風にのんびり討伐を待ってたら、突然船の横から何かが体当たりしてきて、あたしと男性数人が海に放り出された、という次第です。
ええ、その直後に全員海竜さんに拾い上げてもらったんだけども。ちなみにカル君も落ちて、あたしの隣で水も滴るいい男になってます。あとの人はだいたい首っぽいあたりに載せられています。
「……みっともねえ……」
わあ、カル君がガチ凹みしてる。以前のつもりでいたら、色々勝手が違った、などとぶつぶつ言い訳してて、ちょっとかわいいぞ弟分よ。でも、眼鏡が無事だっただけ良しとしなさい?
(主に言われて念のためお主らを追跡しておったのだが、まさかこんなものが飛び出してくるとはなあ)
海竜のサイドブラスター、通称サイドさんが、船にぶつかってきた黄色い大きな生物を尻尾のあたりで締めあげている。ぴよおおおお、という、情けないヒヨコのような声。
なんだろう?鳥っぽいような?締め上げられて痛いって悲鳴上げてるから、ある程度知能のある生き物のようだけど。
(我らはワイマヌと呼んでおるよ。飛べない鳥の幻獣で、毒の有無など気にもせず、クラゲを特に好んで食うのだ。メデウサに目が眩んで、ルート上にいる船の事が頭からすっぽ抜けたんじゃろうな。濡れはしたが、なんとか全員拾えたので良いようなものの、人騒がせな奴じゃ)
ワイマヌ?ペンギンの仲間?ペンギンは白黒のイメージだけど、この子は全身黄色いわね。
首はあまり長くなくて、翼はペンギンのそれよりは手羽先感が強くて、飛べなさそうだけど、一応翼、という印象が強い。胴は流線形で、尻尾はそれなりの長さ、足もペンギンよりは少し長くて、オレンジのヒレ足。
(ペンギンというのは知らんな、ワイマヌはワイマヌじゃ。色はだいたいがこんなもんじゃ)
お、おう、そっかー。サイドさん、思考がシンプル。
「うわあワイマヌじゃん、よく船に穴開かなかったねこれ」
船の上からこちらを見たレン君がびっくり顔になってる。へえ、彼もこの鳥知ってるんだ。鳥繋がりだろうか?
ぴよぴよと、ヒヨコのような鳴き声を上げるワイマヌという飛べない鳥。なるほどくちばしが凄く鋭くて、これが刺さったら、人間の船だとひとたまりもなさそう。
黄色い身体は一見つるっとしていて、なるほど水中適応、という感じがするけども。
「え、ほんとだワイマヌだ。じゃあメデウサは放置でいいな、おうい、海竜の旦那、そいつは離してやっとくれよ。メデウサ食って貰わねーとだ」
船員さんが呑気にそうサイドさんにお願いしている。海竜もワイマヌも怖くないんだ?
(ああ、召喚の許可こそしておらんが、奴は我とは奴が小僧の頃からの顔なじみだからな)
尻尾の先でぺし、とワイマヌの頭をはたいてから解放してやった海竜さんが、あたしたちを船の上に戻すべく首を伸ばしてそんな風に言う。
ワイマヌのほうはぶるぶるっと身体を振ったかと思うと、メデウサに向かって一目散に、それこそ飛ぶように泳いで行った。いつの間にか他にも二羽ほどワイマヌが現れていて、あっという間に触腕部からもぐもぐと食べていくのが遠目にも良く判る。わあ、逃がさないように水魔法で流れを調整までしてる。食べつくす気満々ね!
幸い、船にぶつかったのは避け損ねた感じで、フリッパー未満の小さな翼が当たっただけだったそうで、船本体にも特に問題はなし。それでもあれだけ揺れるんだから、どんだけ速度が出てたんだろう。いや速度が出てたら船もただじゃ済まないのかな?そこらへんは水魔法でどうにかしてるのかな?流石に直接見ていなかったことまでは、判らないな。
船の上に戻って一安心したら、意外なほどに寒かった。そういや結構北の方にきたものね。
大急ぎで船室に戻って、濡れた衣類を下着まで全部替えることになりました。風邪ひかなきゃいいけど。
でも、あたしより普通の人っぽいことに慣れてないカル君のほうが、ちょっと心配だわ。そのへんはレン君もあんまり良く判ってないだろうしなあ。
怪我ならあたしが治してあげられるけど、病気はそうもいかないのよね。
いや、熱が出た時の体力消耗の軽減は中位の〈回復〉でできるようになったんだけど、即効性がないからねえ。
海竜のサイドさんは、港に着くまでひっそり付いてきてくれていたらしい。有難いわねえ。
海の旅も悪くはないけど、思った以上に波乱があったというか、その割にこれといった被害はなかったから、いい方だったというか?
マッサイトの港は、ホンハイという名前の街だそうだ。友好国だということで、ごく簡単な入国審査を受けて、船着き場を出たところに、お土産屋さんと食べ物の屋台が軒を連ねていたんだけど。
お土産屋さんの店先にどん、と黄色いワイマヌのぬいぐるみが大量に置かれていて、全員で微妙な顔になってしまったのは、許して欲しい。
この辺りは海流の加減で、メドウサが漂着しやすいんだそうで、メドウサ避け祈願の御守りでもあるんだってさ、ワイマヌのぬいぐるみ。
本物より大分かわいかったんで、自分にひとつと、リンちゃんに一つ買いました、ハイ。
ワイマヌって名前が使いたかっただけである。
というか真の物見遊山でもないし、そもそもまだ行きなのにぬいぐるみ買うんじゃありません!w
余談だけどメデューサという魔物または種族はこの世界にはいません。




