9.金髪腹黒王子再び。
カル君は角も青系。
直接魔力を弄れるようになったので、なんとか魔法陣による召喚魔法はモノになってきた。
ミモザとジャッキーが呼べるようになりました!ハイウィンさんはまだ無理ー。
位階が変わると魔法陣の式も変わるから、ハイウィンさんクラスの召喚式は別に覚えないといけないのだ。
で、まだ召喚師見習い程度のスキルのあたしには、まだ大物呼び出しは教えちゃダメなのだって。
まあ、直接魔法陣を魔力で描いてぱりんさせた奴にすぐ教えられないという気持ちは判ります。反省してます。
「しかし、アルミラージの亜種だと思っていたのだが、ジャッカロープ?聞いたことがないぞ?新種じゃないか?」
あたしが呼び出したジャッキーを観察しながら、イードさんが考え込む。
真っ白な身体に、よく見ると尻尾の所と左耳の後ろに黒いぶちがひとつずつ。そして二つに枝分かれした二本の短い角。
確か成長するとこの角は鹿のようになるんだったっけ。
ジャッカロープって、腫瘍が出来て角のように見える野兎が伝承化したUMAだったと思うけど、ジャッキーはとっても健康だそうだ。うん、健康なのはいいことね。
角も普通にミモザの一本角と似た、角質というか、いかにも角です、って固さと質感だしね。
「新種というより、他所の世界から来た子みたいよ?気が付いたらアルミラージの群れに紛れ込んでいたんですって」
以前本人……本兎から聞いた話を伝える。
「成程。この世界は異世界から色んなものを呼び寄せすぎて、境界が緩いと言われておるからなあ。そういった事故もあるのであろうな」
(事故……まあ事故なんだろうなあ。確かどこかから落っこちたと思ったら、今の群れにいたからなあ)
あら、ジャッキーったら落っこち仲間なのね。
あたしも最初この世界には落っこちてきたからね。
今日は庭に出てのんびりお茶しながら、兎たちと戯れている優雅なあたしです。
いや、召喚の練習で庭にいて、そのまま休憩してるだけですけどね……
この世界にホログラフィなんてものは存在しない。
自然の森は自然のまま、庭には軽く人の手が入って、どちらも太陽に輝く美しい緑の葉。
ごつい無骨な城壁は自然石を切り出して、瀝青やコンクリートで固めたものだそうだけど、これはこれで案外風景に馴染んでいる。
青空にはちょっと雲が浮かんでいて……そういえば、今の季節って?
ああ、そうだ、習ったわね。このハルマナート国は南方寄りだから、年中だいたい暖かいんでした。
一応暑い夏と涼しい冬、みたいな言葉はあるけど、そこまで実感するほどじゃないらしい。
まあ、南方寄りだから、という以外に、南隣にある、迷いの魔の森、って広大かつ厄介な存在のせいでもあるらしいんだけど。
迷い、というのは迷子になりやすいという意味のほかにも、でたらめな季節という意味もあるんだそうだ。
いやあ、季節感迷っちゃってー、といわんばかりに、毎日、しかもある程度ブロック単位というか、場所によって気候が変わるのよ。
まあこの城塞には流石にその影響は及ばないのだけど。
ちなみに魔の森というだけあって、魔物と呼ばれる存在がわんさかいて、ちょいちょい襲撃を仕掛けてくる。
大体砦に集ってる聖獣さんたちやその候補が追い払ってしまうんだけどね。
たまに、大量に溢れ出す、所謂スタンピードが発生して、その時はこの国の軍隊さんの出番になるんだそうだ。
まあ、軍隊といっても大半?ほぼ全部?が龍の王族さまがたなんだそうだけども。
それにしても、いい天気だな、と思っていたら、なんだか空の真ん中に、小さく見えるものが……
見る間に大きくなったそれは、どこからどうみても、大きく翼を広げたドラゴン。龍ですねえ。金色の鱗が大変目に眩しい。
あら、手足と尻尾の先はメタリックではあるけど、青っぽい色してるのね。なかなか綺麗だわ。
ふわりとした風と共に庭先に舞い降りた、と思ったら、見る間に小さくなった龍は、あっという間にカルセスト王子の姿になった。
……足先は、やっぱり龍の爪のままだ。ついでに言えば、今回もマントいっちょにブリーチスの半裸。
「ほう、茶会か?俺も混ぜて貰っていい?」
「セスト兄、挨拶もなしに、という以前に、また足が変化したままだぞ。これは茶会ではなく修練の休憩中だ、茶の余分はない」
例によって目だけが笑ってない笑顔のカルセスト王子に、じんわりと塩対応のイードさん。
「いやぁ、ちょっと急いだら、靴飛ばしちまってさ、素足の裸足で歩くのもやだから、今日はこのままでいいかって」
ははは、と、空笑い。相変わらず胡散臭い王子様ですこと。
「で、そこのちっこいアルミラージはいいとして、そっちの二本角はなんだ?アルミラージなら一本角だろ?」
鋭い目でジャッキーを睨む王子様。
「異界のジャッカロープという獣らしい。カーラ殿と契約しておるから、危険はないぞ」
「ええ。そもそもこの子、まだ幼体だそうですから、今はほぼ普通の賢い兎、ですよ」
そういえば、ジャッカロープってどういう生物だったっけ?集団生活する、ってのしか知らないな。
(確か、ちょっと酒飲みだけど、いいことも悪いことも、特にしねえな。かーちゃんの乳が薬になるとかいう話も聞いたことあるけど、生憎おれは雄だからなあ。幼体だからまだ酒も呑めないし!)
それってつまり、角があるだけの普通の兎、なのでは。
(はは、かもしれねえ。まあマスターと話はできるし、この世界だと魔法が使えるかもしれねーから、これからにご期待ってやつだな!)
(じゃっくん、まりょくおおいよねー。きっとでっかくなるー)
明るい様子のジャッキーに、すりすりと、ほっぺをあたしの手に摺り寄せながら、ミモザがそんな事を言う。
「当面無害なうちの兎は置いといて、お急ぎの用事とは?」
はよ帰って欲しいし、用件だけ聞いときましょうか。さっきから、ほぼ完全にあたしをシカトしてらっしゃるので、敬意は投げ捨てるけど、いいよね?
「あ?ああ、スタンピードの兆候が出たっていうから、まず確認だ。確定だったら本隊を呼ぶ。
うーん、あんたは後方送致かな、どう見ても戦闘要員じゃねえから、ここには置いとけねえ」
なんですと?スタンピードとな?
そして、敬意ぶん投げに一切反応なし。こんにゃろう、慣れてんな?
(えー?もりに、そんなけはいなかったよ)
(森のほうは、ここ暫く、なんも変化ないぜ?)
ぷう?と呟いて揃って首を傾げる兎たち。なんてぷりちー。
「スタンピード?そんな気配はないが……」
イードさんも首を傾げる。イケメンなので、それなりに様にはなっている。
でもそういえば、今日は朝からハイウィンさんを見ないな。
と思ったところで手元が急に翳った、と思ったら、あたしの真横にふわりと風を纏った、グリフィン姿のハイウィンさんが立っていた。本体で飛んできて、そのまま着地したみたい。
【モイ、厄介なことになりおったぞ。っと、上の小僧も居ったか。スタンピードの兆候じゃ。
……但し、海からじゃが】
最初に会った日もそうだったけど、どうやってか、言葉を発するハイウィンさん。不思議な響きだから、魔法の一種だろうか。
「はあ?海?!」
素っ頓狂な声を上げるカルセスト王子。
「海だと?西海側かね?」
こちらは落ち着いた様子のイードさん。
【うむ、西の海からじゃ。流石に東は真龍の島がある故なあ】
ハイウィンさんは浮かない顔だ。まあスタンピードではしゃぐグリフィンとかいたら、ちょっと怖いか。
「やっべ、本隊こっち寄りに配置しちまった。ハイウィンの情報なら間違いねえだろうし、ちょっと変更通達してくる。イードはハイと一緒に来てくれ」
早口でそうまくしたてると、カルセスト王子は駆けだしたとみるや、先ほどの黄金の龍に変化してすっ飛んで行ってしまった。
来た時の倍くらいの速度出てないあれ?
「まーたあいつは、カーラ殿を無視しおってからに……しかし、この城塞にカーラ殿だけ留守番させるというのも良くないな、どうしたものか」
イードさんが苦虫を嚙み潰したような顔。
【我が名をまた雑に略しおって、小僧め……まあ海の輩は我の在る空には余り影響せん故、嬢はお主と共に我に乗っておればよかろう。
お主を呼びつけるからには短期決戦の心づもりであろうし、問題あるまい。
……連れてくるな、とも言われておらぬでな】
ハイウィンさんがちょっと悪い顔で笑う。
そんなわけで、この世界初のおでかけは、スタンピード鎮圧の見学だそうです。どうしてこうなった。
と言う訳で、ついに城塞からお外へお出かけです。……お出かけとは?