Side:??? 闇に集う者たち
狂った魂さん編が来ると思った?あれは僕には無理でござる。
二話同時更新なので、新着から来た方は一つ前からどうぞ。
「はぁ~。あの嬢ちゃんやってくれるぜ……予定がちいっと、いや、だいぶ狂うな?」
闇の中。
誰に聞かせるでもない独り言を呟くのは、まだ若い男の声。
とはいえ、ひょろりと背の高いその姿は黒装束に隠されていて、見えるのは鋭い、熾火のような紅い双眸だけだ。
ヘッセン国の王宮の内勤めの者が見れば、それがオラルディ国の商人を名乗ってイーライア王妃の元に出入りしていた者の眼に似ている、と思う可能性もあったかも、しれない。
だがここは既にヘッセン国からは遠く離れた場所。
かといってオラルディ国でもない。
そんな場所に、この男はそもそも居たことすら、ない。
ただ、今回に関しては、彼らの依頼で動いていたこと、それ自体は、確かなのだが。
とある邪悪なるものの最終処分。
それが仲介者を通して伝えられた彼らの依頼であったのだが。
別件がらみでついでに聖女周りの環境をかき乱し、あわよくば、という目的もあって、派手にあれこれ巻き込もうとして、それは半ばまでは、成功していたはずだったのだが……
気が付いたら、人の身で龍たる、などという面倒な連中の国から来た、なんだか良く判らない女に、全部持っていかれていた。
コレ、まともに報告したら報酬さっぴかれるよなあ、結果としてはあいつらの思い通りになっているにも関わらずさあ、と男はひとりごちる。
こっちの都合でちょっと欲をかいたのも確かだが、それにしたって、この件では酷い貧乏くじを引かされた気がするな、などと思ったところで、ぽやんと光る灯。
「あ、来たか」
【おう。シケたツラしやがって。まあ気持ちは判らなくもないがなあ。
何だよあの女、聖女より光属性が強い上に解呪も結界もお手の物ときやがった】
かしかしと、何か固く鋭いものが床を削るような音を立てながら灯片手に現れ、ざっくばらんな口調で話すのは、白地に朱を流したような模様を持つ大きな獣。
形状は、強いて言えば、虎に似ていなくもない。
ただ、首にあたる辺りから、筋肉隆々の、まあまあ若そうな男の肩から腕、そして鎖骨の辺りから上にあたる部分が生えている。
そしてその顔は、どうみても人のものでも、虎のそれでもない、どころか、むしろ、生き物の顔という風情ですら、ない。
仮面をつけたかのような、つるりとした白い表面の左側だけに、朱の文様がだらりと一筋。
眼も口も覆い隠されたかのように見えるのだが、声は聖獣たちが使うような、魔法を介したもので、実際に口から発せられているものではない。
「もういっそあいつを標的にするほうが効率いいんじゃねえか?坊ちゃまも今あの国に居るんだし」
若い男は目を眇めてそんなことを言い出す。
但し、できるなんて微塵も思っていないという口ぶりだ。
【あんなもの引き込んだら、それこそ収拾がつかんぞ?……まあ龍の連中の判断次第で、あっちから勝手に乗り込んできそうだがな……】
こちらはいかにも嫌そうに、獣が言って、溜息をつく。
「乗り込まれるのは困るなあ、俺たち『戻れなく』なってんだしさ」
若い男のほうは軽い調子でそうぼやく。
【まあなあ、だが、残りのあいつらじゃ、状況を抑えるのはもうとっくに限界だろうしなあ。
反転してなきゃいいんだが】
考えたくもねえな、と吐き捨てる獣。
「流石にそれはまだねえだろ。どうせ王族共はあの阿呆共々捨てっちまう予定なんだろ?
……まあ、まだ生きてりゃ、だがな。
全く、召喚だ呪いだ遠征だなんだって、只管おれらの脚引っ張りやがって」
けっ、と、これも吐き捨てるように言った男が、足元の小石を蹴り飛ばす。
かつん、と音を立てて何かにぶつかる小石。
【おやおや、御大層な歓迎じゃのう】
現れた者は、一見すれば、長い髪の女の姿をしていた。
但し、顔はやはり獣と同様、仮面のように凹凸もないすべらかさで、こちらの色合いは、青磁色、とでもいうべき地の色に、全面を横に流れる青みの緑の流水紋。
だが、よく見れば下半身が、何やら長く、横に向かって伸びている、そんな気配。
「はあ?なんでお前がここに居んの?出入りできなくなってたんじゃ、ってああ、本体じゃねえのか」
若い男のほうが驚いた声もつかの間、先ほどの音が、近くの壁に小石がぶつかったそれであることにようやっと気づいたようで、言葉の調子を落とす。
そう、女の姿は、すうっと透けて、下半身に至っては、闇に紛れるように途中で消えている。それは実体ではない、何かだ。
【この程度の術なら、まだ使えるでのう。聖女の件は不首尾のようじゃが、ときに、下手人のほうはどうじゃ】
女の声は、その辺りを特に気にする様子もない。いつもの事、であるらしい。
「さっぱりだめ。場所はとっくに特定してるんだが、俺らじゃ入り込めねえ。僅かだが、神力の気配があるから、神殿か、最悪守護神が噛んでやがる」
言葉の調子は軽いが、男の眼はその軽さに反して、鋭い。
【神殿と呪詛?相性最悪じゃねえのかよ?】
獣が首を傾げる。
【ふん、結界・解呪と呪詛は元より表裏一体。
優秀な解呪者ほど、呪詛の式にも精通して居るものよ。
そして、人は我らなどより、余程容易に反転しおる、瘴気も碌に喰らいもせんうちにの】
女の声は平坦で、余り感情は感じられない。
ただ、それを事実として、述べるのみだ。
「ああ、今までの所はそうだな。
だが、今回は置いてきた仕込みもあらかた反故にされた割に、あの女、呪詛技能出てやがらねえ。
異界人っぽいからさっくりスキルにでもなるかと思ってたのに。身体が現地民のせいか?」
どこから情報を得たのか、そんなことまで把握している男。
【なんとまあ、正にあの王族神官どもが求めていたような娘ではないか。世の中はままならぬのう】
女が嘆息する。
【それは済んだことだからいいが、お主、なんぞ連絡があってきたんじゃねえのか】
獣が女に向きなおって首を傾げる。
【おお、そうであった。『上』から御下命での。
最後の一人がそろそろ限界が近づいておる故、最後の手段、ぬしらが今話題にしておる女を呼べと。
さもなくば呪詛が国全体に拡がるであろうとさ。思いのほか我らの時間も残されておらぬようじゃ】
女がやはり平坦な声で告げる。
「そういう大事なことは!最初に言って?!」
男が呆れた、そのくせ少し焦ったような声を発する。
表情、いや目の鋭さは一切変わっていないが。
【てめぇが石飛ばすなんて余計な事をしたせいだろうがよ。
まあ呼べというならしょうがない、潔く歓迎してやるしかねえだろう。連絡は任せるぞ?協力者がいるんだろう?】
獣はため息と共に男を窘める。
「まあしゃーないな。
あいつもあちこち飛び回ってるクチだから、そうすぐにとはいかねえかもだが、あっちも坊ちゃんの件は把握済みだそうだからな。
呼ぶの自体にはそんな時間はかからんだろう。そもそも聖女ちゃんが余計なことに気が付いてなきゃ、こっちが先だったそうだし」
男が肩をすくめてそう答える。
【その協力者とやら、信用できるのかえ?】
初耳だ、という様子の女。
「ん?ああ、互いの国益に絡まない限り情報は非公開、かつ感情抜きって条件で契約してっからな、問題ない。
今んとこ俺らの事も伏せてくれているしな。
それに、あいつらもあの嬢ちゃんは取りこめていない、というかアレ多分どこかにもう売約済みだろうってよ」
男は軽い調子でそう答えたが、他の二名が気配を変える。
【契約、じゃと?】
【なぜそんな真似ができる、我らは】
口々に言い募る者たちを手の動きで留める男。
「あんたらも、判ってねえとは言わせねえよ?
おれたちは、とっくにもう変質しちまってんだよ。
それでも、縛られてんのは、単に、おれたちの気の持ちようにすぎねえ、ってさ」
厳粛な声音でそう告げる男だが、その目は細められており、顔はどうやら笑みの形をしているようだ。
どうにも、隠された顔の表情と、声音が常々反転したような印象が強い。
【気の持ちよう、か。義理とすら言わねえのか】
獣が唸り声と共にそんな風に男を睨む。
「はっ、義理なんてここ百年ぽっちでとっくに使い果たしたろ?
あるとしたら、それはきっと、未練ってやつだぜ」
人間くさい言い方だがな、と付け加えて、男は人ならぬ者たちから背を向け、手をひらひらと振る。
「んじゃ連絡だけしとくから、後ヨロ」
その言葉を最後に、男の姿は音もなく掻き消えた。
遺されたひとりと一体は、顔らしきものを見合わせ、同時に溜息をつくと、これも音もなく、姿を消した。
後に残されたのは、屋根の抜けた廃屋の片隅の、暗闇。
これはこれでホラー風味がないでもない。




