番外編:黒翼は青空に舞う。
本日二本目の更新です。一個前の番外編から二百年位戻った辺り、カル君達のその後。カル君の一人称。
2話同時更新ですので、新着からの方はもう一本の方もご確認を。
ばさり、と、黒い翼が空を打つ。
青空は、今日も快適な広さだ。
いま思えば、なんで神罰の封印なんて厄介なものを抱えたまま、むやみに飛ぼうとしていたんだろうなぁ、この国に来た頃の俺。
若さ?あれが若さ?
いや、あんときの俺、三十代後半だろ?
一般人類的には充分おっさんでは?
って、あの時にはもう俺、一般人類じゃなかったね、聖獣格のひよっこだったわ。
時が随分と経った今も、齢三千年の相棒と比べれば、ヒヨコと大差ないけども。
サンファン国の神罰に巻き込まれていた期間は、今思えば本当に僅かなものだった。
当時の王、今は神格化に近い扱いを受けている『再成王』グレンマール王の最初の娘たちの成人祝いに神罰解除、とかいうふざけた真似をやらかした隣国の女神のせいで、俺達秘書室の仕事が一気に数倍に膨れ上がって悲鳴を上げたのも、今はもうずいぶんと前の思い出だ。
あれから三百年。
今のサンファン国は、押しも押されぬ農産大国だ。
ハルマナート国を、数年前に農産輸出額でついに上回ったのは、神罰解除の頃、銀狼の旦那が麒麟坊に拝み倒されて国神の座についてくれたお陰でもある。
ただ、輸出品目に関しては、案外と被るところは少ない。
サンファン国が国神を得、農産が安定しだしてから、ハルマナート国は嗜好品生産と、かつての魔の森の開発にその方向性を切り替えたからだ。
国神の居ない土地では、辛味を伴う香辛料の生産が捗る、とは嬢ちゃんの言だったか。
しかし、あの嬢ちゃん、まさか最後まで人間のままだとは思わなかったな。
享年、百八十五歳、といっていたか。
出会ってから百五十年目くらいに、流石にもう人外枠では?なんて話題にした途端に、連絡鳥で訃報が飛んできた時には、レンと二人で手紙を二度見した。
……俺より二歳上、とか……聞いてねえが、当時の態度には納得がいった。
幸い、この国での嬢ちゃん宛ての、国家予算クラスのツケはちゃんと払いきってたから、堂々と葬儀には参列できたけど。
その当時で既に、神罰解除からは随分と経っていたから、葬儀に相棒と二人で参列したら、幾ら異世界人だからって、俺ら以上に変化のない奴らが参列者に混ざっていて二度見したっけ。
いや、ちっこいのはちゃんとボンキュな美女に育ってたな、色気は絶無だったが。
その異世界人達、嬢ちゃんが常々三人組、と呼んでいた連中は、この世界に来て二十年もしないうちに、旧アスガイアの土地を開墾し、いっちょまえの開拓村を仕立てた。
異世界人や転生者なら誰でもどんとこい、という募集要項を掲げて、だ。
うちの警備部隊から警備長官にまで出世していた、転生者だという男がすっ飛んで行って、何故か面接に落ちて帰ってきたのに、めっちゃツヤツヤの笑顔だった、という怪現象が記憶にある。
秘書室副長と神殿の護法教育官を務める様になっていた、これも転生者だというテルモナイデ姉妹は、我々は農業には向いてませんし、と、留まってくれた。
……のはいいんだが、なんであいつら、いまだに此処で仕事をしているのか。
存命の女の年齢は如何なる場合も口にするな、とは言うが、流石に二百年越えたらノーカンでいいだろう。いいよな?
あいつらの大元の出自が旧ヴァルスンド家なのは業務上必要だったから知っているが、あの家、俺が知っている限りでは、異世界人や人外の血は一切入ってないはずだぞ?
なお二人とも、未だに独身だ。俺もだが。
まあ百年もすれば、相手が人外であろう、と周知されたのか、一般民がコナかけに、なんてことはなくなったから、平穏ではある。
「あ、いたいたー。カル、もう時間だから戻ろう」
そこにばさりと翼の音と共に、レンが現われる。
俺同様、もう仮面は付けていない、濃灰色の髪と赤い瞳に、俺と同じ顔、同じ形の黒い翼。
俺の方は色合いにも変化はない。瞳も例の琥珀色のままだ。
新たな四聖が任命されたのち、こいつは『黒鳥』の通り名を廃し、普段は本名の一部を取ってレン、と呼んでくれ、と周囲に通知した。
俺の事を私的な場所では略称の呼び捨てにするようになったのも、その頃だ。
カレルレンのレン、だというが。
偶然なのか敢えて選んだのか、大昔に、嬢ちゃんが小さい化身姿だったこいつに押し付けた偽名と、同じ。
嬢ちゃん自身は完全に偶然!と言っていたが、どうなんだろうな。
あいつの技能、割と底知れなかったからなあ。
「おう、もうそんなにか、ってそうか、戻り時間問題だな」
考え事をしていたせいか、どうやら思ったより遠くまで飛んでしまったらしい。
今の俺たちは、聖獣種族とも、人とも違う。
現状の世界では、新種の翼人扱いであるらしい。
神罰の軛が無くなった段階で、レンも翼が出せるようになったし、俺共々自由に飛べるようになった。
離れていると調子が悪くなる、なんてことも、もはやない。
寿命はどうも聖獣格扱いであるらしく、存在しない、らしい。
現に、俺も、レンも、ずっと姿は変わらないままだ。
かといって、聖獣としての本体を持っている状態でもない。
それはもう、喪われた情報、となってしまっているらしい。
原因は嬢ちゃんがズボラ呼ばわりしていたアレ、だな。
かつての黒鶴族が、当時の黒鳥以外すべて奴に食われたという、その話自体は聞いている。
種族が食われ尽くした場合、データそのものが世界から消える仕様なのが判明したのは、レンの件があったお陰だそうだ。
確かに全く存在しなくなった場合だと、確認のしようがないよな。
くるりと行先を反転し、王都に向かって戻る。
地上はすっかり、森林と草原、それに畑や町がバランスよく配置された、美しい国に変じている。
かつての荒野の面影は、もはやどこにもない。
一番荒れていた北領は、過剰な水を砂漠の灌漑に使いたいというメリサイト国の要望に応じて解放し、両国の共同管理地として、今はメリサイト側の旧砂漠の三分の一程を統合した、穀倉地帯だ。
三人組や、一部の異世界人が熱望していたコメというものは、結局導入に失敗した。
世界側に、水田というもので食料を育てる、ということが禁止事項として刻まれていたからだそうだ。
陸稲、というものもあるよという話だったのに、何故かそいつも、上手くいかなかった。
こちらは原因は不明のままだ。
確か嬢ちゃんは、モチ食って喉に詰まらせたことでもあるんじゃないの、とすげない答えをしていた気がするが。モチ?とやらの説明を、聞きそびれた。
主語が例のズボラ呼ばわりされていた輩であろうってのは判ったんだが。
そうそう、俺も元の名、カルセストに戻している。
親しい仲のものは相変わらずカル呼びだが。
だって、龍の王族、そのものが喪われてしまったのだから。
義理立てする理由はもうないし、いいんじゃない?とは伝言をくれた嬢ちゃんだ。
元の家族を失ったわけではない。
皆、それぞれの寿命まで、きっちり生きたと聞いている。
子孫だっている。
マグナス伯父上が嬢ちゃんの婿になったのには、ちょっと引いたが、仲は良かったらしくて、二人はなかなかの子沢山だった。
ある時、龍に化身する力を、全員が突然失ったのだ。
その鱗の全てが消失する、という形で。
俺達十九人と妹三人、いやその前に兄貴二人と弟一人で四人死んでいるから、十五人の兄弟と三人の妹。
それから母と、それに母の、その時点で存命だった兄三人。
流石に母の伯父伯母たちは、既に皆、天に還っていて、更には、元から鱗のなかったサーラ叔母上がちょうど世を去った頃だった。
ある日突然、起きたら鱗が消えていたんだそうだ。
そして、ハルマナート国から、水晶龍様の気配が消失した、と。
魔の森は既に派手に魔物を溢れさせることはなくなっていたし、境界神の境界を定める力は普通に存在していたから、国そのものは、大きな混乱なく、その事態を受け入れることができたというが。
その件に関しては、嬢ちゃんもあまり詳しくは知らないと言いつつ、ただ、水晶龍様がこの世界を去ったのだ、とだけ教えてくれた。
龍の王族とは、彼女の血を引く子孫が、彼女自身の鱗を分け与えられる事によって、龍への化身を為すことができるだけの一族にすぎなかったのだ。
でも俺は知っている。
彼女は、水晶龍様は。
この衰退していく世界にとって、自らの存在そのものが負担となることを望まなかったが故に、全ての鱗を回収し、再び全き身の、異界の七色の龍として、旅立っていったのだと。
なんでさっさと龍の王族から抜けちまった俺にそんな話が流れてきたかって?
御本人が、叔母上……サクシュカ姉の姿を借りて、会いに来たのさ。
既に人の理から抜け出している俺なら、この世界が終わるまで、龍の王族の真実を覚えていてくれるだろう?ってね。
そして、サク姉も、行方不明になった、ことになった。
そうなった理由を知っているのは、俺と、多分結構最初の方から何かを知っていたっぽい、嬢ちゃんだけだ。
あれこれ思い返していたら、もう王都の姿が見えてきた。
王宮の裏山は、少しその形を変えたけれど、今や立派な森林で、国神たる銀狼の旦那は、そこにのんびりと居を構えている。
神殿は昔王宮だった建物をそのまま流用し、山のふもとの旧王都の端に、新たな、簡素ながらも旧王宮の初期のシンプルな様式を再現した新王宮が建っている。
これが、今の俺の帰る場所、だ。
今後も、まだ当分はそうだろう。
恐らくは、世界が今の形でなくなる、それまでは。
というわけで本編から三百年後でしたが、カル君も黒鳥も元気だし無事に空に戻りました。
ってテルモナイデ姉妹ぃ?!君たちどーなってんの?
あと龍の兄弟の人数が第一部当時と合ってないのは、仕様です。
明日も番外編が2本更新です。




