627.堕ちる?
第一話と字が違う上にハテナ付です。
「……サーシャ……?なん、で?」
カナデ君の呆然としたような声ではっきりと、魔力枯渇でヘタレていた意識が覚醒しなおす。
そうか、この背後に回って、あたしにナイフを向けたのは、サーシャちゃんか。
厳密にいえば、多分、ズボラ憑きのサーシャちゃん、だ。
うん、技能がまだ完全に戻ってないから、判定が甘いけど。
ぱらぱらと、白い羽が散る。
それは、鶏の。御神鶏の。
(だい、じょうぶ)
少し弱弱しい声は、ココさんだ。
ロロさんも茶色い羽根の下にはふわふわの白い羽毛があるけれど、あたしを庇って怪我をしたのは、ココさん?
ほんの少しだけ、怖いけれど、振り向く。
ココさんの短い翼から、血が流れている。
とはいえその傷自体は、幸い、最悪には程遠い。
ロロさんの方はというと、カナデ君の前で頭を少し下げ、臨戦態勢で踏ん張る姿。
うん、元気そうです。
「……っく……クソ野郎がヒトの身体、奪う気かっ……ワカバ、俺を結界から外せ!」
唐突にサーシャちゃんの声が、そう叫ぶ。
その目の色は、青かったはずなのに。
今は、片方が、漆黒に染まっている。
「勝算は?」
「むしろ周囲の被害の心配しといて!」
ワカバちゃんの問いにそう叫ぶと、結界の外側に向かって走り出し、そのまま踏みとどまろうとする力が働いたようによろけ、それでも更に走り。
結界からするりと抜け出し、そこで立ち止まるサーシャちゃん。
(……足下から、一番魔法素養のない、レジストされにくそうな奴を狙ったか)
モルテット氏が冷静な解説。
魔王級魔力があっても、魔法素養がないとレジスト率が下がるのか。初めて知ったな……
「そういや足元から来る想定をしていた記憶がないな」
アスカ君が憮然としている。
確かに大地に同化している時点で考慮すべきではあったんだけど……
そもそも、ズボラが手を出してきたのは、恐らくは結界を張り巡らすよりも前の段階で、だ。
つまり、大地との同化に気付いた段階で、手遅れだった奴ね。
そう、改めて記憶を遡ると、ちょこちょこ、らしくない行動があるんですよね……
「いや、それだけじゃねえ。あいつは元々ガワこそヒトだが……」
アンダル氏がぼそりと呟く。
「俺の感覚に間違いがなけりゃ、今も現役の神、それも筋金入りの邪神だぞ」
あーうん、それは、知ってた。
「……姐さん、驚かねえなあ」
「知ってるから……結構初期に本人に告白されてるから……」
ただ、その時も別に怖くはなかったのよ。
むしろ、普通に身体に引き摺らた精神性の、本当の子供だな、って思ったくらいで。
「邪神?イメージが沸かなさすぎる」
ココさんに治癒魔法をかけながらカナデ君が首を傾げている。
「私は判らなくもないけど、そういえばUI辺りの繋がり、そのままだけど大丈夫なのかしら」
そしてワカバちゃんの方は、これはこれで落ち着き払って、自分達の便利機能の心配をしている。
「それは俺の管理下に入ってるから大丈夫だ。
元々俺の方がこういうのは得意だからな、基本管理は全部俺に移管済み。
フィルタリングもしてるから、お前らやペンギンに影響はないぞ」
アンダル氏が意外ともいえる言葉。
いや、このおにーさん、頭はいいんだよなあ……
恐らく、なんとなくで使っていたサーシャちゃんと違って、基礎理論から把握して運用している、そんな気配すらある。
結界の外、少し離れた場所で立ち止まり、片膝を付き、反対の手を地面に押し当てているサーシャちゃんの影が、大きく揺らぎ、影だけが立ち上がる。
そして影は形を変えてゆき、巨大な、二足で立つ獣の姿をかたちづくる。
頭頂部には途中で二股に分かれた角らしきもの。六本の腕。
「……もしかして:蚩尤?」
そういや饕餮で反応してたな、と思いつつ、同系統の名を呟いたら、ぐるりと影だけがこちらを振り向いた。
その目は、四つ。そこだけ切り取られたように穴が開き、向こう側が見えている。
湿度のなかったはずのこの場所に、霧が立ち込める。
これも確か蚩尤の特徴だったかしら。
元世界でも雑コピペデータだったのか、あんまり正確そうな情報がないな……
そして蚩尤らしき影は、霧の中、何かを地面から引きはがすと、そのまま口元に運び、ぼりぼりと噛み砕いた。
あ、あれ、ズボラの神核だ。そんなとこに隠れてたのかぁ。
噛み砕かれた瞬間に、討伐フラグが完了サイン。
創世神だったものの最期としては、随分とあっさりしたものね。
「わあ、悪食!」
「サーシャ、もうちょっと食べるものは選ばないとバカ舌になるわよ?」
一蓮托生組の言葉が、地味に酷い気がするんですが?仲間じゃないの君たち?
「……確かにクッソ不味い……」
だけど、立ち上がって膝の埃を払うサーシャちゃんの回答は、ほぼいつものサーシャちゃんのそれで。
「ねーちゃん、その名前、今後一切出すの禁止な?」
話を振られて気が付けば、霧も巨大な影も掻き消えて。
何時も通りの顔のサーシャちゃんが、こっちを見ていた。
「なんだよ、自力でなんとかしちまったのか」
アンダル氏がなぜか不満そうにそう述べる。
「いや、まだだな。
制圧はできたが、今度はこっちが反動で暴走しそう。
核食ったからちょっとはマシになったけどさあ、これがまたゲロ不味くって」
完全にいつもの口調と様子に戻ったように見えるサーシャちゃんなんだけど、本人的には問題アリアリであるらしい。
「そもそもお前らじゃ、そのまま神化は無理だろ。
ガキどもは人生経験が足りなすぎるし、お前は致命的に背と物理パワーが足りないし」
アンダル氏はそう言いながら、本体としての姿に戻る。
ってアンダル氏の本体、こんなんだったっけ???
顔はいつも通りのいかつい、鼻筋は通ってるけど顎もいかつく小鼻の張った、イケメンとはやや遠い感じの武人系お兄さんだ。
だけど、その肌は以前よりやや濃く。
サーシャちゃんを見据える顔とは別に、こっちを見ている顔も……いや、三面あるな?
以前、いや先日旅の途中でも見た本体姿では四本だった腕も、六本に増えている。
そのうち右の真ん中の腕には、モルテット氏の腕輪が付いている。
角がないな?髪の色も、深い淵のような色だったのに、今は赤銅色だ。
瞳が二つずつあるのは、これは前と同じね、金色っぽく見えるのも、変わらない。
「三面六臂は帝釈天じゃなくて阿修羅じゃなかったっけ?」
「どっちも俺そのものじゃねえなあ、なんか似たモノっぽい雰囲気は感じるから、関連はないこともなさそうだが」
ははは、と、カナデ君の疑問を笑い飛ばすアンダル氏。
……アンダル、という名は魔神としてのものだとサーシャちゃんが言っていた気がする。
でも、今の彼からは、魔神っぽさが、全然、足りない?
「お前、そっちの面出せたんだ」
「元々表裏一体って奴だからな、本気出せる環境ならこんなもんだぜ。
今までにしたところで、この世界に来る前に変なものを色々引っかけたせいで魔神としてしか行動できなかっただけだし。
最近になって、真っ当な神のあれこれを取り込んだから、こっちに寄せやすくなった、とも言うが」
つまりアンダル氏は元々、真っ当な神としての面も持っていたのだという。
それが、凶悪な怨霊やら何やらを漂流中に引っかけた結果、悪神、魔神としての面しか出せない状態だったのだと。
今の彼は、ディアロス神の残滓と、モルタ神の欠片の力を得ている。
これはもう、完全に権能をわがものにできていると既に申告されている。
なので、この世界においてなら、異界の神として現出することは余裕で可能、なのだそうな。
「無論魔神としての俺も俺だからな、なくなりはしないぞ」
「日本の神様でいう和魂と荒魂みたいなもんか」
「現状はそれが一番近いかな?元々は信仰集団同士の反目で分離しただけだし」
「あー!判った!比較言語学の方でちらっと出てたあれか!一般教養科目、役に立つことあるんだなぁ」
アスカ君とアンダル氏の間で、あたしの解釈しきれない会話が続いているけど、まあ言っていることは多分ここまでの解説とそう離れてはいなさそう。
「アンダル、御託は後でいいから、ちょっと付き合え。そのための本体なんだろ?」
ちょっとイラついた様子のサーシャちゃんに問われて、ああそうだった、と軽い調子で答えるアンダル氏。
え?なに?ここでタイマンすんの?
「じゃあちょっと結界準備するから待って。
アスカ君、我々だけ保護。私は生き残りに被害が及ばないよう周囲に結界を張り直すわ」
そしてワカバちゃんは、完全に二人のバトルを容認する体勢だ。
「いいのか?」
「ケジメってそういうもんでしょ。
そうしないとサーシャが変なとこでバーサーカーすっから、この更地になってもいい場所でバトルはアリだと思う」
戸惑うアスカ君に、カナデ君が容赦のない言葉。
確かに、この瘴気の大産生地のままのこの場所は、神の争いレベルのエネルギー解放しないとどうにもなんないし、それでいっかぁ……
というわけで堕ちない。
フラグ自体はあったんだけど、カナデとワカバがぷちっと潰しました。




