593.メリサイト側から国境を望む。
お昼ごはんは予定通り屋台歩きでした。
普段は広い砂漠で分散していて、滅多にお互い遭遇もしないような、あちらこちらの氏族が、サボテンや砂トカゲ料理、はたまたそれ以外の野生動物を加工した食品を屋台で売っているのだそうで、ちょっとした屋台村みたいになっている。
氏族ごとに服装や装飾品の特徴がちょっとずつ違っているから、それを見比べるのも楽しかった。
勿論料理もそれぞれ調理法や切り方、はたまた素材がそれぞれ少しずつ違ってて、どれも美味しかったけど、全体的にやっぱり辛口ですね?
「ハルマナート国の唐辛子、こんなに使われてるなら確かに増産依頼も来るよなぁ」
再び車中の人となってから、サーシャちゃんが感嘆している。
「カラックモーレも半分以上この国が消費しているんだっけ?」
胡椒と山椒を合わせたようなピリリとした辛みの地元産香辛料も、半分かそれ以上を消費するのがこのメリサイト国だ。
唐辛子は勿論赤いし、カラックモーレもピンクペッパーみたいな見た目だから、この国の料理は基本的にだいたい赤みが強いのが特徴になるのは自然な事だろう。
そこに乳清飲料やヨーグルトの白、日持ちのいいハードチーズの黄色、乾燥気味の土地でも育てやすいモリンガや豆の緑、といったカラフルな具材が彩りを添える。
屋台でも定番の串焼きをはじめとして、北部で穫れる麦を使ったピタパンや胡麻をたっぷり練り込んだパン、クレープ類、はたまた具沢山スープなど、種類が豊富だった。
しいて言えば野菜がちょっと少ないかな?でもそれはこの国全体の傾向でもあるのよね。
「蕎麦が流通してないんだな」
「寒冷地は氷山近辺だけだし、あの辺はそもそも岩盤露出地帯で、氷山ができる前も耕作には向いてねえって話だからなあ。
うちでは義姉さんがたまに母国のオラルディから蕎麦粉を取り寄せてガレットとか作ってたから、俺は食べたことはあるが」
サーシャちゃんの疑問に、マレリアンデ氏がさらっと答えている。
「ああ、オラルディ人、ガレット好きだよな。あの国では蕎麦粉のも小麦粉のもあったが」
オラルディでは王宮調理人に指図するなんてこともしていたサーシャちゃんが、相槌を打っている。
「書物で見た統計上は蕎麦の多い地域って訳じゃなかったと思うんけどなあ」
「あそことヘッセンは山がちなんで、本場のマッサイト程じゃないとはいえ、案外と蕎麦の生産も多いんだよ。フラマリアでもヘッセンに近い山手では蕎麦、あるしな」
「ヘレックの蕎麦は焼酎用でしょ」
この世界の蕎麦はマッサイトが本場だ。あの国だと蕎麦掻きや切蕎麦が普通に食べられる。
フラマリアで蕎麦を多く作っているのはヘレック村とその隣村で、収穫された蕎麦はほぼ全て蒸留酒、つまり焼酎になるけどね!
「ヘレック……あの噂に名高い酒呑み村?行った事あるんだ??」
「アスカと聖獣組以外は行ってるなぁ、全員未成年だったから呑まずに終わったけど」
なんと、マレリアンデ氏、ヘレック村を知っていた。まさか飲兵衛なの?
《いえ、うちは酒は弱くはないですが、特に好んで飲む人はいないはず……あ、下のお義姉様がザルですね、確か》
まさかの:マレリアンデ氏の奥様が、酒豪。
「うちのが勿体ないって叫びそうだな……」
マレリアンデ氏が遠い目をしてそう呟いて、その時の会話は終わってしまった。あはは。
その日は違う街で一泊して、翌日も街を二つばかり経由して、夕方に国境の見える街、セクシェケルに到着する。
このセクシェケルという街が、防衛の最前線を支える最後の街だ。
この先には軍の駐屯地しか存在しない。
街全体には活気があるけど、軍人さんの制服を着た人が、やっぱり多い。
この国の人の服装は基本的に薄物を軽く纏う極薄着で露出度も高いけど、軍人だけはきっちり全身をしっかりとした素材の、他国とさほど変わりない制服で包んでいる。
これは神殿で耐暑護符を制服に縫い付けることで、暑さ対策を施している特注品だから着ていられるものらしい。
もっとも、この国境近くまで来ると、暑さは落ち着くので、護符部分が耐用年数を過ぎても、そのまま着てる人も結構いるそうな。
「耐暑護符って寒いとこだとどうなるの?」
「動かないだけね。耐暑は一定温度以上に上がった時にしか起動しないから」
ワカバちゃんの質問に、端的に答える。
耐寒護符も耐暑護符も、設定された温度から外れた時にしか動作しない事で、魔力消費を抑えるようになってるからね。
上振れしたら起動するのが耐暑で、下振れしたら起動するのが耐寒、製法的にはそれしか違いがなかったりもする。
但し、両方兼用には作れない。起動したときに温度を上げるか下げるかしか選べないのだ。
なので図柄を取り違えると、うんともすんとも言わないゴミが出来上がる。
「……そういや、シエラが子供の頃作ってくれた奴、見た目は殆どまともだったのに、動かなかったことあったな」
マレリアンデ氏が遠い目をしている。
「……多分耐寒護符とごっちゃになって、耐暑の図案でキー温度を下振れにしちゃったんでしょうね……」
《う、それ生まれて初めて作った奴!なんで!》
いやシエラ、そこで言い訳してても聞こえないわよ……お兄さんも判ってはいるようだし。
「……なんか言い訳してそうだなぁ」
こちらを見て、そんな見透かすようなことを言い出すマレリアンデ氏。
思わず頷いてしまったので、シエラが拗ねました。ごめんて。
「まぁそうだよなあ。
テンクがなんか謎技能発動させてた時さぁ、実は俺らにもシエラの姿がぼんやりとだけど見えててさ。
……ものすっげえドヤ顔でふんぞり返ってたからな……
正直あれで吹っ切れたというか、生きてなくても元気そうだなって思っちまって」
そしてマレリアンデ氏が予想外の告白。ってかシエラ貴方何やってたの?!
「ねーちゃんの背後、面白おかしすぎんか?」
「あたしのせいではない……はず……」
サーシャちゃんにまで突っ込まれて、あたしのライフが減りそうです。
夕方の街を通り抜けると、後は平坦な地形が続く草原だ。
遥か彼方、という程でもない距離に、ゆらりと揺らぐ境界線の神力が見える。
揺らぐ?メリエン様の力が?
思わず二度見したけど、やっぱり境界の力が、時折揺らいでいる。
「今まで見たことない揺らぎが見えるけど、これは何?」
カナデ君にも揺らぎは目に見えるようで、そんな質問が飛んで来る。
「ありゃあ向こうの連中が魔道具だか呪術具だかで攻撃している場所だな。
連中死体まで動員してやがるんで、四六時中攻勢をかけてくるのさ」
マレリアンデ氏が、苦々し気な表情でそう教えてくれる。
ただ、揺らぎがあるのは、わざとだそうだ。
揺らがせることで、一見防御が薄そうな場所を、こちら側の都合のいい位置に作って見せ、敵を誘導しているのだそうだ。
「面倒なのが、防衛しかしてはならんから、あっち側に越境して攻撃を加える訳にいかないってとこだね」
実際に軍務に就いているマレリアンデ氏も、時折歯がゆい思いをすることがあるようで、そんな風に説明してくれたところで、大体の様子も確認できたし日も暮れるし、ということで街に戻った。
街を通り抜ける時も、戻ってきた時も、マレリアンデ氏は結構な人数に気安い挨拶をされていた。人気あるんだなこの人。
「あんちゃん人気だな」
「この国の軍は基本的に部隊間の転属が多いんで顔見知りが多いだけさ」
サーシャちゃんの率直な感想に、事も無げに返すマレリアンデ氏だけど、街の他の軍人さん達を眺めていると、そんな訳でもないよなあ、と思う。
実家が神祇伯に格上げになったからといって、エンメルケル家は既に跡継ぎがきちんと定まっている家だから、次男以降にすり寄る人もないみたいなんだけどね。
うん、この人、猪武者とか兄に言われてたけど、間違いなくいい人なんだよ。それ以上の感想はないけども。
《猪呼ばわりなのは、他人が嫌がるアンデッド系への突撃役を率先してやるからなんですよ。本人の性格も割と突撃小僧ですけど》
あー、腐りかけの死体相手に先鋒切れるタイプか。それは人気出るだろうな。
泊まり先の宿にはちょっと早めに到着して時間に余裕があったので、余興で例のボドゲを持ちだしたら、マレリアンデ氏、あたしよりちょっと弱くてドンケツになっていた。
シエラがなんだかどやぁしてる気配がするけど、別に褒められた成績じゃないからね?ブービーだからねあたし?
「サーシャ殿……兄貴より強い……」
そして、トレルバイド氏が実はエンメルケル家での戦略ボドゲ最強であることが、完敗したマレリアンデ氏から発覚しました。
「ああ、あのあんちゃん嫌ったらしい手管使いそうだもんなあ!サンファンの王様辺りとも良い勝負しそう」
「なにその対戦相手。異世界人怖え」
サーシャちゃんとマレリアンデ氏はすっかり仲良くなっているなあ、いい事だ。
あたしとは程々ですね、程々。
ちゃんと知り合いの他人として扱ってくれるから、気楽でいいわね。
トレル氏もサーシャに勝てない腕なので王様の☆が増えるだけじゃねーかな。




